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時買い(ときかい)

作者: 本栖川かおる

 ある男が問うた。

 その男の腰は八十度くらいに折れ曲がり、そして杖をつき、服は継ぎはぎでどこからやって来たのかもわからない。のっそり、のっそりと冷たいコンクリートジャングルの中で道行く人々を呼びとめては何やら話をしている。


「お嬢さん。貴女に私のお金をあげたら、何を買うのじゃ?」

 なんとも不思議な問いかけだ。

 男に問われたのは、派手な身なりで厚めに塗られた真っ赤な口紅が印象的な女だった。

「えー。んっとねー、ブランド品のバッグ!」

 女は、早くお金をくれと言わんばかりに手を出している。

「そうかいそうかい。じゃが、そんな高価な物を買うほどのお金は持っていないんじゃ。残念じゃが他の人にするよ」

 男はまた、のっそり、のっそりと歩きだす。男の後ろで“ケチ”と言った女の言葉など聞こえていないように。


 次は若い男に声をかけた。

「お兄さん。貴方に私のお金をあげたら、何を買うのじゃ?」

 金色の髪の毛で、鼻には銀色のものが重そうにいくつも付いている。

「はあ!? 逝ってんの? マジ死んでからまた来な」

 そう言うと、若い男はジーパンの狭いポケットに両手をつっこみ、膝を広げて男の後へと歩いていってしまった。

 その後ろ姿を目で追っていた男が歩き出そうと向き直った時だ。誰かとぶつかりよろけて倒れてしまう。


「ご、ごめんなさい。大丈夫ですか?」

 ぶつかって来た人は、心配そうに男の手と肩を抱きゆっくりと起こす。

「少し急いでいたもので――怪我などしていませんか?」

 心配そうに覗き込みながら、男についてしまった砂や埃を叩く。

 今更、砂や埃がついてしまっても、さして変わらないというのに。


 男は問うた。

「優しい人よ。あなたに私のお金をあげたら、何を買うのじゃ?」

 問われた人は、少しキョトンとして男を見ていたが、こう答えた。

「そうですね……。タクシーに乗りたいですね」

 それを聞いた男は、更に問わずにはいられない。

「何を買うかを問うておるのに、なぜ“タクシーに乗る”なんじゃ?」

「そんなことはありませんよ。ちゃんと自分の欲しいものを買っていますよ」

 躊躇することなく答えたことに対して、更に男は問う。

「タクシーに乗って、何を買ったというのじゃ?」

 その人は、男の問いにまた躊躇することなく答える。

「時間です。歩いたら三十分ですがタクシーだと十分ですから、二十分買うことができます。何もしなくても時間って流れていきますから、なんとなく勿体なくって。時間を買って少しでも色々楽しみたいんです」

 男に対してそう言って笑った。

 その顔をみた男は、とても暖かい笑みを浮かべてみせた。


 その人は頭をさげ再度お詫びをし背を向けて去っていく。

 その後ろにいたはずの男の姿が、音もなく忽然と消えていることにも気づかずに……。

ネットで良く目にするような、昔ではあまり使わなかった言の葉。

色々な意味を込めて久しぶりに書きました。

最後に会った人を、男とも女とも出さずに“ぶつかって来た人”、“問われた人”、“優しい人”、“その人”と表したのは、読まれた方に好きに想像してもらおうと、あえてそうしました。

読みにくいかもしれません。時間を大切に。

他サイトでも公開しております。

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