第2話『幻想種』
更新がすこしばかり空いてしまい申し訳ありませんでした。
「だ、誰か……誰か助けてくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」
ルーデンスの森へ山菜を採りに来た小太りの男はこの日、自らの不運を呪っていた。
この男は近隣の村に住む只の農夫の次男坊だった。
今日はたまたま畑仕事が予定より早めに終わり、時間を持て余した男はこの森にある山菜を採って夕飯のオカズに一品添えようと考えた。
そしてルーデンスの森に入り山菜採りに夢中になってしまい自分でも気付かぬ内に危険な幻想獣が生息する地域に足を踏み入れてしまっていたのだ。
結果、男の目の前には近年ルーデンスの森の奥で度々、目撃されている危険な蠍型の幻想獣に遭遇してしまった。
(よよよ、よりにもよって“シザースコーピオン”に鉢合わせするなんてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!)
男は涙と鼻水を垂らしながら心の中で後悔し続ける。
“シザースコーピオン”……それは幻想獣に属する昆虫で2mを越える躰を持つ巨大なサソリだ。
特徴としては神経系を麻痺させる毒を内包した尾に細い木ならば一撃で切り落とせる程の鋭利なハサミを持つ。
加えて口には骨まで砕く大きな牙まで付いている。
そんな化け物相手に農夫の次男坊如きが適う筈も無い。
「ヒィィィィ!!!」
絶望的な状況に男はただただ怯え竦むしかなかった。
刹那。
ガサガサと周囲の木々が揺れる。
何かがコチラに向かってきているのだ。
(こ……今度は何なんだよぉ!?)
半ばパニック状態に陥りながらも男は新たに現れる何かの出現を見定めようと木々が一番揺れている場所に視線を移す。
そして。
「…………あっ…………」
男は見た。
人間にとって畏怖と恐怖の権化の様な姿をした“彼”の姿を。
「う、うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
その姿を目の当たりにした男は逃げ出した。
自分のすぐ側にシザースコーピオンが居たにも関わらず男は脇目も降らず自分の住んでいる村へと走り去った。
“彼”を目の当たりにした瞬間、人間や動物の持つ本能がこの男にかつて無い程の危険を訴えた。
だから男は逃げた。
しかし殺戮本能しか無い幻想獣は本能と呼べるものが希薄であった為に逃げるという選択肢は無かった。
何故ならシザースコーピオンにとって逃げ出した小太りな男も突然、自分の狩場に姿を現した“彼”も殺戮の対象でしかなかったのだ。
そしてシザースコーピオンは逃げ出した小太りな男よりも殺しがいのありそうな“彼”を殺害対象として優先した。
「キミ……ダレ……?」
対して“彼”は小首を傾げながらもシザースコーピオンに話し掛ける。
話し掛けた所で殺戮本能を基本原理としている幻想獣には会話する知性すらないのだが彼は無知であるが故にシザースコーピオンに対話を求めた。
「キシャァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!」
対して彼が隙だらけな状態にあったのを好機と見たのかシザースコーピオンは毒が染み込んだ尾をしならせて彼の右胸……人間でいう所の心臓部に鋭い毒針を刺す。
しかし。
「???」
シザースコーピオンの毒針は彼を貫けなかった。
何故なら毒針は彼の重厚な漆黒の躰の表面でピタリと静止しているからだ。
その光景にシザースコーピオンは驚愕していた。
今まで、どんな獲物もこの毒針を刺し貫けなかった事は一度として無かった。
だが、自分の目の前に居る存在は攻撃を受けた自覚すら無いのか小首を傾げたまま微動だにしない。
この時、殺戮本能のみを基本原理としている筈のシザースコーピオンに生まれて初めて恐怖とも言うべき感情が生まれた。
そんなシザースコーピオンとは対象的に彼は困惑していた。
(……ナニ?)
攻撃という概念を未だに知らない彼はシザースコーピオンの突然の行動にどうすればいいのか判らないでいるのだ。
ちなみに今のシザースコーピオンの攻撃は“彼”にとっては小さな砂粒が自分の手に当たった程度の感覚しかない。
(…………)
とりあえずどうすれば良いのかと彼が考えている最中、シザースコーピオンは動きが止まっている彼に対して自分の持つ両手の巨大なハサミを彼の胴体と首に滑り込ませる。
勝った。
シザースコーピオンはそう確信しただろう。
彼の首と胴体を掴んだシザースコーピオンの巨大なハサミは彼を徐々にキツク締め上げていく。
現に彼は身動き一つ取れてはいない。
「キシャァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!」
自分の勝利を確信したシザースコーピオンは喜びにも似た声を挙げる。
……だが次の瞬間。
突如、彼の赤い瞳が妖しく光った。
それと同時に彼の体内で膨大な量の魔力が迸る。
その光景を目の当たりにしたシザースコーピオンは確信した。
己の死を。
「……アレッ?」
数分後、彼は小さなクレーターの中心に立っていた。
いったい何が起こったのか判らないのか彼は周囲をキョロキョロと見渡すが先程の生き物達は何処にも居なかった。
「マタ、ヒトリ……」
また一人になったのが心細いのか彼はしょんぼりした様子で前を向く。
「……アッ」
その時、彼は見つけた。
森の先にある小さな村を。
彼はルーデンスの森の奥から入り口付近まで標識すらないのにも関わらず一直線に向かっていたのだ。
「アレ、ナニ?」
好奇心旺盛な彼は村に興味を示し、目的地と定めて歩を踏み出す。
運命の出逢いまであと僅か……。
ここでプロローグは終了です。
次回からようやく本編となります。