第1話『ファースト・コンタクト』
※この物語の主人公は少しの間は名無しなので“彼”と明記しています。
ノソノソと僅かだが確かな歩みで“彼”は暗闇の森の中を一人静かに道なき道を歩く。
既に日は沈み、夜になった事で周囲の暗闇は更に色濃くなっているが彼は歩く事を止めない。
……とはいえ、自分の名前や自分が何者なのかすら判らない彼に端から目的地など在る訳も無く、ただただ前へ前へと足を伸ばす。
しかし、そんな状況にも関わらず彼には全く辟易とした様子は見受けられない。
何故ならば彼にとって独特の森の香りや踏み締める大地の感触、不意に吹き抜ける心地よい風が彼の好奇心を存分に満たしていたからだ。
「フシギ……イッパイ」
風や森や大地というモノの名称すら知らない彼の眼前に拡がる未知の物体に彼はただただ魅入られていた……。
――それから幾日かが経過した。
幾日もの昼と夜を繰り返しながらも相も変わらず彼は広大な森の中を一人さ迷いながら歩き続けていた。
その間、彼は睡眠はともかく食事を一度として摂ってはいない。
これが人間だったなら大問題だろう。
何故ならば人間は食事を定期的に摂らなければ生きられないからだ。
しかし彼は皮肉な事に人間ではない。
彼は知らない。
自分の肉体がファンタジアの大気中に微量に含まれる魔力を精製し吸収している事によって常にベストな状態に維持されている事を……。
「だ、誰か助けてくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」
それは不意に訪れた。
突然、彼の耳に自分以外の声が響いたのである。
「……コ、エ?」
声の主は彼の前方に居るらしく周囲の木々が邪魔で、その姿を確認する事が出来ない。
これを受けて彼の足幅は自然と大きくなり、草木を掻き分けて声のした方向へと向かう。
そして。
彼は未知の2体の生物に出会った。
それは、山菜を取りにきたとおぼしき腹の出た顔面蒼白な中年のオッサンと一匹の蠍の姿をした幻想獣のだった。
“幻想獣”……それはファンタジアに古くから生息する異形の生物。
元は何らかの形で突然変異した生物で地域によって多種多様かつ大小様々な姿形をしたモノも多く存在する。
そんな幻想獣たちの最大の特徴はその獰猛性にある。
大半の幻想獣は先天的に動物性が失われているのか格上の相手だろうが食す必要性の無い生き物であろうが出会ったならば関係無く攻撃を仕掛けてくる。
撃退するには戦いの心得のある人間が戦うか何らかの形で一時的に追い払うか格上の存在に対処して貰うしかない。
そんなややこしい相手と状況に無知な彼は自ら足を踏み入れる。
かくて彼の他の生物とのファースト・コンタクトは非常に難易度の高いものとならざるを得なかったのだった……。
我ながら字数の少ない小説ですが完結させる予定です。