灰狼襲来
その日は、突然にしてやって来た。
七月二十日、一学期終業式。
一か月前の時の様に。
それは、突然にしてやって来た。
「くぉら、てめぇら!!チャイム鳴ってんのに何で座ってねぇんだぁ?ああ゛ん??」
八純先生の怒号が飛ぶ。怒号というよりは、いや、どうみてもヤンキーのカツアゲだ。
さすが、虹色ヤンキー。感嘆感嘆。
「とにかく!てめぇら今から校内三十五週全力疾走!免除されたきゃ指一本と引き換えだ!始め!!」
ドタバタと、怒られた男子達が走って行くのが見えた。
まぁな。走りたくないが為に指を切って渡す人はいないわな。
ドアからお馴染みの髪の毛が見え、そして怒りに身体を揺らすその姿が現れた。
先生はあたし達を一瞥し、腕を組んで黒板に寄りかかる。
「とっとと全校集会に行け、と言いたい所だが」その言葉に、早くも席を立った数人の男子(良輔もその内の一人だ)が、すごすごと席に戻る。「転入生だ」
……!?
転入生!?この時期に?
しかも、夏休みの前日に?
「時間が無い、入れ」
朝っぱらから(可哀想な事に)先生に怒鳴られて入って来たのは、またしても男子だった。
髪は黒く、整った顔立ちをして僅かに微笑んでいる。一見、どこにでもいそうな中学生だ。
だが、特徴的なのはその眼。
その色は、艶めいた灰色だった。
恵人の様に、カラコンを入れている訳じゃ無い。これは、地の色だ。
そして、全身から妙な気配を放っている。
これは……獣の様な。
偶然山で出会ってしまった、飢えた野犬の様な。
あるいは……つい数日前に見た、黄金の狼の様な。
獣、だった。
「狼灰爪輔、です」
先生が書き殴った字と共に、その少年は名乗った。
「おれの事は呼び捨ててくれていいです。皆、宜しくお願いしますね」
笑って開けた口から見える犬歯は、異様に鋭い。
朝の会、そして全校集会終了後。んで、休み時間。
あたしの前に座った(何故かあたしの周りだけ空席が異様に多い)爪輔の肩を突く。
「ねーねー」
「えっ?……ああ。どうしたの、夏音……ちゃん?」
「夏音で良いよ、夏音で」
「あっ、ああ。それで、何?」
「家で、犬かなんか飼ってるの?」
唐突なこの質問に、爪輔は一瞬動きを止めた。たぶん、考えているのだろう。
「あー、うんまぁ、飼ってる……かな?悪い、臭ったか?」
うわ、怪しいー。何だこの曖昧さは。
いや少しだから、とあたしは首を振り、今度は後ろを向いた。爪輔に聞こえないよう、声を潜める。
「恵人、あんたはどう思う?」
「何がだよ」
「爪輔の臭いについて。てか、気配に付いて。獣みたいじゃない?」
「ああ。……それと俺な」
「うん」
「この臭い、どっかで嗅いだ」
嗅いだ?いや……まぁ犬を飼ってるんならこれ位の臭いはあってもおかしくないか。放し飼いなのかも、うん。きっとそうだ。
いや、そうなのか?
さっき、明らかに嘘っぽい口調だったじゃん。
「犬にしても微妙とはいえ、全部の個体が違う臭いを持ってるんだよな。それに、人間の体臭と混ざれば臭いだって変わる。……だったら、どこで嗅いだんだ?……おかしい、会った事は無い筈なのに」
あ、恵人が思考モードに入った。
うーん。まだ答えを聞いて無いのにな。
て事は爪輔、前に一度恵人と会った事があるのか?
……いやいや。会った事は無いって恵人自分で言ってたじゃん。
じゃあ何で?
本当に犬を飼ってるのか……いや違う。だったら爪輔のあの答えはおかしい。
というより恵人、どうやら本当に爪輔の臭いを嗅いだ事があるらしい。
あいつの嗅覚は馬鹿にならんからな。