黄金の狼
《―たった今、速報が入りました―》
速報か。大した事じゃないな。
あたしは目を閉じたまま、そんな事を考える。
よくある事だ。速報って、後でやっても別に良いと思うけど。
しかし、あたしの意識は瞬間、覚醒させられる。キャスターが発した話題が、耳に飛び込んで来たからだ。
《―えー、昨日から話題になっている黄金の狼について、最新情報が入りました―》
で……出たっ!
気が付くとあたしは半身を起こし、食い入る様に画面を見詰めていた。
《―昨晩狼が出没した玄妖岳の中腹に、本局の特派員がビデオカメラを持って潜入した所―》
げ、玄妖岳だって!?
玄妖岳というのは、我が玄妖中に寄り添う様にして鎮座している、なんとも大きな山である。その山頂には[緑樹帝]と呼ばれる一本の立派な古木が立っていて、そこには妖怪が現れるという都市伝説の基になっていた。
「へー、こんな身近な」
「あれれっ、知らなかったのっ?」
「だから話題になってるんだよ!」
知らねぇよ。そもそもこのニュース自体、知らなかったし。
「うるせぇよ。おまえらちょっと黙れ」
淡々と、恵人が呟く。途端、あたし達は水を打ったように静かになった。
《―のですが、我々は見事、黄金の狼が映った映像を入手し―》
「あっ……ったく。大事な所、聞き逃しちまった」
恵人が呟いた。あたしは首を傾げる。
「大事な所って、今の所じゃないの?」
「いや。現地特派員が、どうなったかだよ」
「……え?」
だから、と恵人はあたしの方を向いた。何の感情も浮かばない碧眼が、あたしを見る。
「狼の映像を撮ったんだろ。だったら、その特派員は死んでるか、あるいは頭がいかれちまってるかだ。もし無事なら、その狼は本物じゃない」
ああ、なるほどね。
「それより見ろ。狼が金色だ」
恵人に言われて、あたしはテレビに視線を戻した。見ると、画面にビデオカメラの映像が映っている。
しかしそこには、木々が映っているだけだった。
「何も無いじゃん。狼も見えないし」
「馬鹿野郎。これから来るんだよ。黙って見てろ」
あたしが口を閉ざし、辺りに聞こえる音はテレビから聞こえる足音だけになった。おそらく、ビデオカメラを持つ特派員の物だろう。
ザリッ……ザリッ……
ザリッ……ザリッ……
ザリッ……ザリッ……
「……ん?」
今、何か聞こえなかったか。画面の中から、足音以外の何かが。
それはまるで。
獣が、
獣が、静かに着地したかのような、
音、だった。
もしかすると。もしかすれば、この、音は。
黄金の、狼……
《ぎぃやあぁあ゛ああ゛あっ!!!》
画面の中から、突如悲鳴が響き渡った。カメラがぐるり(、、、)、と反転し、どさっと言う音と共に落下する。その画面に、おそらく特派員を襲ったのだろう、血に染まった牙と血の跳ねた黄金の毛、そしてぎらついた黄色の眼が大写しになった。
牙を剥く、その顔は、紛れも無く獰猛で。
また、金色だった。
「黄金の狼……!」
「……」
あたしは叫んだが、恵人は無言のままだった。菱口姉妹はきゃあきゃあと騒いでいて、もはや何を言っているのかも分からない。
その後直ぐに、黄金の狼はカメラのフレームから出て行った。特派員の立てる音など、もう存在しない。瞬時にして、失われてしまった。
画面に、再びキャスターの顔が映る。
《―今ご覧いただきましたのは、現地特派員が撮影した―》
プチ。
と、恵人がテレビを消した。そして部屋の隅に歩いて行く。不思議に思ったあたしは追い駆けて、恵人の顔を横から覗き込んだ。
「恵人、どうしたの?」
「……本物」
「……え?」
「本物の狼だ」
「何?どういう事?」
「あの牙に付いた血と返り血から見て、狼が付けた傷で特派員は死んでねえ。でも実際、フレームの隅に移ってた特派員の腕は、明らかに死んでる物だった。て事は、あの狼が本物だっつう事だ」
どういう事だ。どういう事なんだ。恵人はそう呟き、理解し難いように首をゆっくりと左右に振る。
つまりそれは、呪い、って事か。
でも、まさか、そんな物が。
そんな物が、存在するのか……?
「じゃっ、アタシ達帰るねっ!」
「ばいばーい!また何かあったら呼んでね☆」
その後直ぐ、菱口姉妹は帰って行った。[☆=呼ばれなくても行くからね]なので、わざわざ反論もしない。
「じゃあ、俺も帰る。麗羅と良輔に宜しく伝えといてくれ」
その後を追う様に、恵人が口を開いた。あたしは、机の上に広げっぱなしだった恵人の勉強道具を手渡す。
「あれ。恵人、荷物は?」
「これと、後これだけだが」
そう言って恵人が持ち上げて見せたのは、手渡したばかりの勉強道具と、後はやけに細長いケースだった。なんだか、銃でも入っていそうなケースだ。
「恵人、それは?」
「ああこれ……お守りみたいなもんだ。いつでも持ち歩くようにしてる」
そういやそれ、学校にも持って来てたんだっけな。絶対に中を見るなって念押ししてたっけ。
いやぁ、こうして間近で見るとでかいな。いや、長いな。そんなもん持って歩いてたら、マジであんた捕まるよ。見た目、猟銃入れに見えない事も無いしね。
うーん……それにしても、何が入ってるんだろう。気になる……
「それじゃあ。また明日、学校で」
そう言って、恵人は帰って行った。