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彩色の欠片  作者: 奇逆 白刃
2/22

緑色の転校生

「夏音っ!」

「……」

「な~つ~ねっ!」

「……ん?……およ」

「どーしたの?ぼーっとしちゃって」

「んに、何でも無い。よっす麗羅。おはよ」

「うん、おはよーぉ」

気が付けば、目の前の歩行者用信号は緑色。危ない危ない、麗羅がいなかったら渡り損ねる所だった。

てけてけてけ……と小刻みに横を歩く麗羅。あたしより身長でかいくせに。

信号が緑の内に無事横断歩道を渡り終えた、その時だった。

「なっつねぇぇ――――!!」

大声と、背中に衝撃。毎度の事なので、その正体は分かっている。あたしは振り返りざま叫んだ。

「こら、健司っ!!自転車で突っ込んで来るんじゃない!賠償金取るよ!」

「はい、エアー十億円札っ!……ぎゃははははっ!」

「低知能か、おまえはっ!十億円札なんて、今日び小学生でもやらんわ!」

「もぅ~、そんなに怒んないでよぉ。折角愛しい愛しい夏音ちゃんを見付けて追っかけて来たのにぃ」

「やかましいついでに気持ち悪いわ、ぼけ」

変態かおまえは。しかも、恋人でもないのに愛しいとか言われても全っ然嬉しくないし。

「あーもう分かった分かった。はいはい、おれっちの負け。完全敗北。……いやさ、ほんとはただ、夏音を見付けたから突進したくなったってだけで」

しかも猪なのか。猪突猛進なのかふざけるんじゃない。

……全く、なんでこんな奴が躍迅(やくじん)中なんかに行くんだろ。

さてここで、躍迅中学校に付いてのちょっとした説明。

[県最高峰の進学中学校。偏差値74]

以上!

「じゃ~な~!また逢う日まで~」

大きく手を振りながら、健司は学校の方にふらふらと自転車をこいでいく。本当に何がしたかったんだこいつは。

出来れば一生会いたくない。もしも人生がやり直せるならもう少しまともな奴と幼馴染になりたかった。

「面白いねぇ、健司君。うふふ、アキガミっていうあだ名なんでしょ?似合ってなさすぎ~」

良いよね、麗羅あんたは。そうやってのほほんと笑ってさえいれば全部思い通りなんだから。

ちなみに、麗羅は[白城グループ]のお嬢様だったりする。白城グループは世界のトップに名を連ねている一大企業。麗羅はその会長の孫にして社長の一人娘なのだ。

ついでに長身美脚超絶美人。

こんな友達、誇らしい以前に自分がみすぼらしい。

穴があったら入りたいどころか、無くても自ら掘って入るっての。

「……っとっと。あぶね」

校門の前を通り過ぎるところだった。いつも思うけど、なんでこんなに校門が狭いんだ。どっかの農家の裏口の鉄格子にしか見えん。

それなら何故あたしがこんな学校に通っているのかと言えば、その理由は校則が最強に緩い事にある。

[一、決められた制服を着用し、決められた鞄を持って、始業時間までに必ず登校する事]

生徒手帳も何も要らないからね。これだけ。ほんとに。紹介するのをサボってるとかじゃなく。

髪を染めようがピアスを空けようがカラコン入れようがどうぞご勝手にって事だ。決まってる制服でさえ、男子のネクタイや女子のリボンは色自由って事になってる。だってそもそも、先生からしてまともなのが居ないもん。

ピンクモヒカン居るし……

虹色リーゼント居るし……

金髪ソバージュ居るし……

先生なのに。

せ、先生なのにっ!!

この学校だと、あたしの髪や眼がつっこまれないんだよね。だから楽っていうか。

ただ、落ちこぼればかりかって言うとそうでもない。

そりゃもちろん救いようのない馬鹿もいるけどさ。

学校のトップは、なんと十歳だったりする。もっとマシな学校行けよって話なんだけど、何故かそういう神童に人気なのがうちの学校。

部活が多いってのもあるけどね。対して強いって訳でも無いけど、毎年それなりの成績を取ってるのも事実。平均したらそこらの強豪校と並ぶ位にはあるかも。

そんな不思議な学校が、我が[玄妖(げんよう)中学校]なのだ。

やけに細長い校庭(道?)を横切り、昇降口で靴を履きかえる。これまた靴が自由な物だから、あたしの白い革靴の隣の靴箱にどぎついピンク色のハイヒールが入ってたり、反対側には妖怪が好んで履きそうな草履が入ってたり。

今時天然記念物だろうな、こんな学校……。

ともあれ始業時間には余裕で間に合った。麗羅と並んで階段を上り、二階へ。教室の戸を開けると、そこからいつにも増して緊張感と興奮の漂った空気が流れ出て来た。

「あっ、よお!……おーい皆、レイラ姫と銀さんが来たぞ!!」

いち早くあたし達の存在に気付いた良輔(隣の席)がそう怒鳴り、ようやく皆があたし達に気付いた様だった。あたしは良輔の腕を引っ張って廊下に引きずり出す。

「ねぇ良輔、これは一体何の騒ぎなの?」

「おや?なんだ銀さん、知らないの」

「知らないよ。あたしはあんたみたいな最上級の情報屋じゃないんだから」

「へへ、どうもどうも」おどけた様にそう言った直後、良輔は急に声を潜めた。「あのな、実はな……」

「うんうん」あたしもつられて声のトーンを落とす。「実は……何?」

「それはだなぁ……何とぉ……我がクラスにぃ………転校生が来るのだっ!」

「おおっ!」あたしは取り敢えず大声を出す。「転校生!うちのクラスに!へぇ!」

「……おま、マジでびっくりしてる?すげぇ嘘っぽいけど」

うわぁ…鋭い。あたしは咳払いをしてその場をごまかした。

「いやぁ、それにしてもだね。この学校に転校して来るなんて、物好きだねぇ」

「へ?知らないのか、うちの学校は結構人気があるっていう事」

いや、知ってるよ?うん、知ってる。でも、物好きに人気なんじゃないのか、それは。

「変な奴……ってうわ、やべ!おい銀さん戻るぞ、虹色ヤンキーが来た!」

ここで言う[虹色ヤンキー]は、生徒の事ではない。二十センチはあろうかというリーゼントを虹色に染め上げた我が学校伝説の鬼教師、八純先生の事だ。

しかも担任!

遅刻発見命の覚悟!

あたしと良輔は教室に駆け込み、椅子を引き潰さんとする勢いで椅子に跳び乗った。その0,0023秒後、教室の戸が乱暴に開いて、人より先に髪の毛が顔を出す。

「知らせがある。どっかの悪ガキから流れ出た噂で知っているとは思うが」八純先生の鋭い眼が良輔を睨む。あたしは必死で他人のふり。いや、他人かそもそも。「このクラスに、転校生が来る事になった」

途端に広がるどよめき。八純先生が教卓を殴る事で、それは一瞬にして消える。

「おし、じゃあ入って来い」

数多の緊張感が見守る中、そして一人の男子が教室に足を踏み入れた。

何を使ったのか、髪の色は鮮やかな緑に染め上げられている。能面の様に無表情な顔の中で、同じく緑色の瞳が光った。

「運命恵人だ」男子が、口を開く。八純先生が、黒板に[運命恵人]と書き殴った。「宜しく頼む」

ああ、誰かに似ている。誰だろう。運命恵人と名乗ったその顔を見詰めていると、背後から肩をつつかれた。麗羅だ。

「夏音、またぼーっとしてるよ?また[王子様]の事でも考えてたの?」

「はい?[王子様]?」

「そ。六年前の王子様。分かんないかなぁ……ほらほら、黒雨君だよぉ」

あ、そうか。黒雨に似てるんだ。ちょうど成長したらこんな感じなんだろうな、って感じ。にしても、何で黒雨の事をこんなに覚えてるんだろう?あれだけの時間しか合ってないのに、姿も、服装も、声ですらも覚えている。

……って!

「麗羅!?なんで黒雨の事知ってんの?」

「健司君から聞いたけど。…あ、駄目だったらごめんね」

「いや、もう良いけどさ……」

あの野郎。……まだ覚えてたのか。

しかも、黒雨の事はともかく何だ[王子様]って。そんな言葉は万物に誓って一言も発してねぇ。

……勝手に改変したな、あいつ!


「なぁ、おまえ、名前は?」

朝の会が終わった後。急に見知らぬ声が背後から聞こえて来て、あたしの心臓が見事な後方宙返りを決めた。振り向くと、超至近距離に緑の眼。

「なぎゃあ!」

あたしは仰け反って椅子から落ちた。呆れた顔をした良輔に助け起こされ、改めてその顔と向き合う。どうやら空席になっていた麗羅の隣に席が決まった様だった。

「……あ、悪ぃ悪ぃ。近すぎたみてぇだな」

無表情のまま悪びれた風も無くそう言って、緑色の眼の主はあたしの束ねた髪を掴む。「染めた訳じゃなさそうだな……で、名前は?」

「躊躇いも無く掴むなよ……」そう呟いてからあたしは名乗った。「入海夏音。イリウミって書いてしおあまって読む」

「ふうん。じゃあ、夏音って呼んでも良いな」

「あ、うん。逆にそっちの方が有難いかも。改めて宜しく、や」

「ストップ」

目前に、右手が突き出された。その小指に、緑色の指輪がはまっているのをあたしは見逃さない。

「……何?」

「名字で呼ぶんじゃねぇ。絶対後で後悔するぜ」

「およ。何でだい?」

「俺に兄弟がいるからだ」一旦黙ってから、彼は[運命(恵)]と書かれた名札を指差す。「後、これを利用して神的なあだ名をつけでもしたら撃ち殺す」

恐っ!!

でも、日本には銃刀法という物がある筈なんだが。その脅しは効かないぞ、普通。

「―という訳で」あたしと麗羅、良輔に向かって彼は頭を下げた。「俺の事は恵人って呼んでくれ」

「了解」「うん、分かったよ」「宜しくな、恵人」

一時間目始業のチャイムが鳴り、教室に先生が入って来た。あたし達は話を打ち切り、授業の準備に取り掛かる。

とにかくこれが、あたしと恵人とのファーストコンタクトだった。

そして、これから六年の間あたしが体験する、不思議な出来事の始まりだった。

……いや。

もしかしたら……もしかすると、もっと昔に、既にその道は開けていたのかもしれない。

とにかく今、八色に彩られた運命の道、世を逆さにした様な奇なる道が、あたしの道と再び合流した。


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