黒白の邂逅
先天性白皮症。あなたは、それがどんな病気か知ってる?
簡単に言えば、髪とか、肌の色素が元からほとんど無い……って、簡単に言えてるよね!?
……とにかく、あたしはそういう病気だった。だから、髪も目も薄い銀色。肌は真っ白。
でもただ一つだけ、あたしが他の皆と違う所があったの。それは、[太陽にあたっても平気]という事。
あ、本当はね、この病気にかかった人は、太陽にあたったら駄目なんだ。皮膚が弱いから。
でもあたしは、何故か平気だったの。だから、学校にも普通に行けたし、真夏に外で遊ぶ事も出来た。
で、これは、あたしが七歳の時の話。
「おーい、お婆ちゃん!」「縁側で猫を抱いてなくてもいーの?」
「もう、しつこいよぉ!」
家に向かって走る。後ろを振り向くと、男子はまだ付いて来ていた。
子供は、弱者と嘘吐きを虐待し、異端を疎外するものだ、と本で読んだ事がある。
本当だった。
小学校に上がった瞬間、異端のあたしは皆から疎外され、苛められている。真っ向から立ち向かう勇気は、生憎持ち合わせていなかった。
「あぁっ!」道の窪みに足を取られて転ぶ。「うぅ……痛い、よぉ」
「ほらもう、お婆ちゃんたらぁ。気を付けないと、骨が折れちゃうよ?」
ここぞとばかりに男子がはやし立てた。あたしを囲んで声の限りに嘲笑う。涙がこぼれそうになった。
と、その時。
「おい、あんた達。何を、やってるんだ……?」
そんな台詞と共に、その少年はあたしの前に現われた。
漆黒の髪と眼。対照的に、肌は白い。どう見ても、あたしと同い年だ。
なのに、そこに幼稚さや無邪気さは微塵も感じられない。二桁にも満たない年月の中で、既にこの世のあらゆる闇を知り尽くしてしまったような、そんなどす黒さ(、、、、)を、その身体は纏っていた。
「だっ、誰だよ、おまえ!」「どかないと、ぼこぼこに、するぞぉっ!」
あたしを庇う様に割り込んだ少年を見て、男子達はそれでも虚勢を張っている。現れた少年は薄く笑って、両腕を広げて見せた。
「はん。……やれるものなら、やってみろよ」その声にあからさまな怒りがこもる。「知ってるか……?嘘吐きは、俺、嫌いなんだぜ……?」
「ひっ!……う……うぅ、あぁぁあああ!」「うあぁ、だぁぁああ!」
後に引けないとでも思ったのだろうか、その表情に明らかな恐怖を浮かべて男子達は少年に跳び掛かる。
止めればよかったのに。土下座でもして謝って、そのまま踵を返して一直線に逃げてしまえば良かったのに。
今から起こる事を予想していながら、あたしは冷静にそんな事を考える。涙はいつの間にか跡形も無く消えていた。
少年は、微動だにしなかった。
ただ男子達の手がその身体に触れる、その瞬間だけ、広げた腕の先に付いたその指先が僅かに動いた気がした、それだけだった。
それだけだった。
なのに。
男子が左右に吹っ飛ばされる。道の端に座り込んだ二人の頬には、短い切り傷があった。
「……それだけか?」少年が、片方の男子に歩み寄る。もう片方の男子はその隙に逃げた。歩み寄られた男子はそれに気付いたが、まるで磔にされたかの様に動かない。「俺を、ぼこぼこにしてくれるんじゃ、無かったのか?」
少年が片腕を上げる。その指先には、小さな針が挟まれていた。僅かだが、その先端に血が付着している。
「あ、あぁあ……ひ、ううぅ……」
「は……口だけの奴が。暴力をふるうのがどんな事か、人を痛め付けるのがどんな事か、知りもしないくせに」
嘲る様にそう言って、少年はあたしの所に歩いて来た。男子は、転がる様に逃げていく。少年は、怒った様な表情のまま、あたしに右手を差し出した。
「ん。取れよ、手。……早く」
さっきあんな事をしていたというのに、あたしは迷う事無くその手を取った。強い力で引き起こされる。あたしの手を掴んだ少年の右手、その中指に、漆黒の指輪が嵌まっていた。
「えっと、あの、有難う、助けてくれて」
「人が苛められてるのを、見殺しに出来るか。……名前は」
「……え?」
「あんたの名前。ぼけっとしてるんじゃない」
「あたしの……。えっと、あたしは夏音。入海…夏音」
「ふうん。じゃあ、ナツ。家はどこだ」
いきなりあだ名呼び!?しかも普通、住所とか訊くの?それも平然と。
あたしは少年の前を歩いて家の方に向かう。その途中、あたしはまだ少年の名前を訊いていなかった事に気が付いた。慌てて訊く。
「ねぇ、あなたの名前、教えてくれない?」
「は……俺の、名前?あんた、俺の名前を訊いたのか?」
「そうだけど……えと、駄目、だった?」
「……いや。訊かれたのは久しぶりだったからな」
訊かれたのは久しぶりって……今までちゃんと、人と接してきたのかな?
それにしても……そのぶすっとした受け答えは止めて欲しい。正直、凄く怖い。
「奇逆黒雨。……俺の名前だ」
しばらく沈黙した後、少年=黒雨は名乗った。あたしは思わず吹き出してしまう。
「黒雨って……変な名前」
「悪かったな」
角を曲がると、あたしの家が見えてきた。こじんまりとした結構古めのアパート。その前で、あたしと黒雨は立ち止まる。
「黒雨、なんで送ってくれたの?」
「さっきみたいな奴らがまたいたら面倒だろうが」
「そりゃまあ、そうだけど。……ふふ、ありがとね、ほんとに」
「何で笑うんだよ。気持ち悪い」
「笑わないよりはましだと思うんだけどなぁ」
「知った事か、そんなの」
ふい、と黒雨はそっぽを向いた。あたしの方を見ないまま、口を開く。
「……あんたは絶対に、人を殺すんじゃないぞ」
「え?……そんなの、当たり前じゃない」
「だったら良いさ。……あんたは折角どこもかしこも白いんだから、潔白なままでいろよ」
「それ、どういう意味なの」
「俺みたいになるなよ、って意味さ」
黒雨は、そのまま会話を打ち切る。あたしは納得出来ないまま、他の沢山の質問をした。その全てに黒雨は答えてくれる。結構律儀な人だった。
「じゃあな」三十分程経っただろうか。黒雨は不意にそう言ってあたしに背を向けた。「俺、もう行くから」
「あ、待ってよ。……ねぇ、また逢える?もっと話がしたいな」
「……俺は知らん。けど、運命の道が重なれば、きっと逢えるだろうよ」
そう言い残して元来た道を戻って行く黒雨。その背中を見送りながらあたしは呟いた。
「黒雨……結局、笑わなかったな、一度も」