桜と月
今日こそ最終回です……嘘。
プロローグがないのにエピローグがあるというなんとも不思議な小説です。
「準備が出来ました」
正徳に向かって尼僧が恭しくお辞儀をする。
それを見た、正徳は満足そうに笑顔で頷いた。
「さぁさぁ、わしが小さいころから育てた、亜里菜がどんなに綺麗になったか見て」
「いや、佐之助が先だと思うぞ、じいさん」
颯介がしれっとツッコミを入れる。
「なんじゃと!?颯介の分際でわしに命令するのかっ!」
「いやぁ……じいさん、諦めろ☆」
くぅ……っと唸って正徳は颯介を睨みつけた。
「まぁ、いいじゃないのさぁ。そこの坊さんはあたしを育ててくれたんだ。いわば……父さんみたいなもんさ。とくと見ておくれ、お父さん」
襖がすぅっと開く。
そこから白無垢姿の亜里菜が現れた。
おぉ……っと歓声が上がる。
真っ白に白粉を塗り、普段の亜里菜とはまた違った魅力があった。
はっきり、一言で言うと……「美しい」
気の利いたことを言おうったって、咄嗟には出てこないものである。
「どうだい」
亜里菜はにやっと不敵に笑ってみせた。
「むぅ……わしがあと40歳若けりゃなぁ……」
「おいおい……あんた自分が坊さんだって自覚ないだろ」
颯介がぼそっと呟くと正徳に思いっきり叩かれた。
ちぇっと舌打ちをすると、颯介は別室で着替えていた新郎、佐之助を呼びに行く。
「おい、佐之助!亜里菜の方は準備できたぞ!」
「わ、わかってるさ!」
「……今、言ったばかりなのになんでわかってるんだよ!」
「そ、颯介……!」
「とりあえず中入るぞ」
返事も待たずに颯介は中へ入る。
こちらは随分早く着替え終わっていたようだ。
佐之助は元がいいからか、きちっと正装した姿はなかなか美男子に見えた。
きっと亜里菜とはお似合いの夫婦になるに違いない。
そう思うと、なんだかホカホカとした温かい気持ちになった。
「な、なぁ……おかしくないか?」
少し顔を赤くしながら佐之助は小声で言う。
「何が?」
「お、俺が……」
ここで冗談を。
「え、お前が?少なくとも俺がお前に出会った時からお前はおかしかったぞ(笑)」
からからと笑う。だが、佐之助は全然笑っていなかった。
「そ、颯介……お前はいつもそうだったな……!人がかなり真剣なのに……!」
「冗談だよ、冗談!お前も変わらんなぁ。昔っから冗談が通じない固い奴だったよ。それが……あんな美人さんを貰うだなんて……!」
そう言うと佐之助はさっと顔を赤くする。
颯介はにっこり笑うと、
「大丈夫だよ。はっきり言うとめちゃくちゃ似合ってる。かっこいいぜ……亜里菜と幸せにな」
ぽんぽんっと佐之助の肩を叩いて、颯介は退室した。
「ねぇねぇ!佐之にぃ、どうだった?」
鈴がたたたっと走ってきた。
颯介は笑顔で、いい旦那さんになれるぜ、と言っておく。
すると鈴の顔に満面の笑みが広がった。
「よかったぁ……亜里菜ねぇも幸せになれるね」
うふふっと笑って、鈴は颯介の手を取って急に走り始めた。
もちろん、颯介も引きずられる形で走り出す。
「お、おい、鈴!どこ行くん……だ……?」
寺の入り口まで連れてこられる。
そこにいたのは……笑みを浮かべる江奈とあのフェリス神父だった。
「颯介サン、お久しぶりデス」
帽子を脱いで、軽く頭を下げる。
「さぁ、中に入って、フェリスさん」
江奈は彼を中へと誘導する。
……途中で颯介が止めた。
「な、な、なんでここにいんのっ!?」
フェリス神父は、おやっという顔で颯介を見る。
「私デスカ?鈴サンと江奈サンに招待されたのです♪今日は亜里菜サンと佐之助サンの結婚式デスカラ」
「お、お前らか……!」
颯介は口をパクパクさせながら、得意満面の鈴と江奈を見る。
「まぁ、細かいことは気にしないの、颯さん♪」
鈴は江奈と共にフェリスを中へとひっぱっていった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「亜里菜ねぇ、佐之にぃ、結婚おめでとう!」
神前式を終えた2人は、さらにフェリス神父による西洋式の結婚の儀を受けた後、近所の人々にお祝いの会を開いてもらった。
「ありがとう、みんなぁ……」
亜里菜は感激して泣きだした。
佐之助はそれを微笑ましく見ている。
「まぁな、これから2人は支え合って生きていかなきゃならんのだよ。特に佐之助!お前は亜里菜を泣かしちゃダメなんだぞ!!」
「ねぇ、亜里菜ねぇもう泣いてるよ?」
「あ、ホントだ!!佐之助サイテー」
「そ、颯介……!お前、これが終わったら絞めてやる!」
「あら、嫌だ、佐之助さん。冗談はよして(笑)」
颯介がそう言うと、会場は笑いに包まれた。
夜通し行われた宴会。
みんな酒に酔って、時が経つにつれて大きな騒ぎとなっていった。
颯介はひとり、酒を手にふらふらとどこかへと歩いていく。
そして満開に咲く、桜の木の元へ腰を掛けた。
「ありがとね、颯さん」
「うわ、びっくりした!」
後ろから突然亜里菜が声をかける。
びっくりした颯介は立ち上がる。
くすくすっと亜里菜が笑い、颯介の手から酒の入った瓶を奪う。
「あっ!」
「呑みやしないよ……さぁ、どうぞ」
とくとくと颯介の持つ器に酒を注ぐ。
「ありがとよ……」
「颯さんこそ、ありがとね……おかげであたし、幸せだわ」
「そりゃそうかい、良かった良かった」
ごくっと一気に飲みほすと、颯介は続けた。
「佐之助は固い奴だが、いいやつだ。真面目だし、優しいし……きっとお前も幸せになれるよ」
「そうだといいんだけどねぇ」
あははっと亜里菜は笑うと、じゃあね、と立ち去ろうとした。
「ちょっと待て……これ、結婚祝いだ」
「まぁ!」
そこには大輪の美しい花があった。
「たまには、俺にも仕事がないとな」
そう言って、すっと亜里菜の髪に差してやる。
「そ、颯さ」
「あ、亜里菜ねぇ浮気だー」
さらにびっくり。
声がした方を見ると、鈴、沙耶、江奈、そしてフェリスがいた。
「びっくりさせんなよっ!!」
「あはは~」
笑いながら鈴が颯介の背中に乗る。
「みんな……ホントにありがとう!」
亜里菜はひとりひとりに抱きついていく。
「フェリスさんもよく来てくださいました」
「いえいえ、とんでもありまセン!亜里菜サンの幸せを願ってマス」
「ありがとう……ございます」
そうしているうちに佐之助もやってきた。
「お、美男子新郎のお出ましだ!」
颯介がそう言うとみんながあははっと笑う。
佐之助は肩で息をしながら、輪に加わる。
「颯介……ありがとう!」
「お、お前もかっ!!」
「は?」
「いや、こっちの話だ」
「はぁ……」
佐之助が不思議な顔をする。
「見ろ、桜もお前らを祝福してるぞ!良かったな、亜里菜、佐之助!!」
颯介が指さす方向を皆が見る――――今日は満月。満開の桜と金色の月に見守られ、7人は笑顔で今日という幸せな日を過ごした。
(またいつか……この仲間で旅をしたいな)
そう思いながら颯介は眼を閉じた。