母と子と
「……ふぅ」
ため息、ため息、ため息。ひたすらため息。
この男の部屋からは先ほどから「あー」「うー」「ふぅ」というため息しか聞こえない。
この男――――桜庭颯介は現在母からの手紙をごろごろしながら読んでいるようだ。
「……『会いに来い』だと……?てゆーか、こいつどこに住んでるんだよ。俺知らねーぞ?」
颯介の独白。
手紙の中身を要約するとこうだ。
――――なんでもいいから、とにかく会いに来い、と。
いや、もっと内容のある物だった。
例えば、最近引っ越したとか(嘘だろ!?と颯介)、誰とかさんにあったとか、昔の思い出話とか。
が、重要部分を抜き出すとこれしか残らなかった。
「……いや、参った。『会いに来い』と来るとはな……」
別に会いに行こうとは思わない。会ったところで自分は向こうのことはほとんど覚えていないのだから。それに今更話すことなどない。死にそうだ、とかなら別だが。
しかし、会っておかなければならないような気がした。
どうしようかと迷っていると、そこに江奈が入ってきた。
「そーすけー……?どうしたの?」
「んあ?」
顔を上げる……江奈と目が合う。
すると彼女は顔を少し赤らめて、目を伏せた。
「……なんだよ?」
ふぅ、とため息を零す。
「これな、俺の母さん(仮)から送られた……?いや、じいさんに手渡された手紙だ」
「……あ、あそう……で、逆にこっちが訊きたいんだけど……なんなの?」
「いやさぁ……母さんが会いたいって言ってるんだけどよ、俺はどうしたらいいのかわからねぇんだ」
「ふぅん……」
江奈は実に深刻そうに、考える態勢に入った。
……い、いや、そこまで真剣に考える必要はないと思うぞ?
ひとり思う颯介。しかし自分がこのことを江奈に持ち出したのがそもそもの原因であり、思ってることを言う必要はないと思い、黙っていることにした。
そしてしばらくした後、慎重に江奈が話し始めた。
「颯介が会いたいと思うのなら……会った方がいいと思う。お母様だってそう願っていらっしゃるのだから。会いたくないと思うのなら……会わなくてもいいってことじゃないけど……でも私は会った方がいいと思うわ」
「どうして?」
きょとんとした表情で颯介を見上げる江奈。
そして再び目を伏せ、ごにょごにょと喋る。
「だって……私も颯介のお母様にお会いしたいし……過去の事を清算するにはうってつけだし……でもなぁ……颯介が嫌なら……嫌われたくないし」
「は?」
「い、いや、なんでもないの!!と、とにかく会った方がいいと思うわ!!」
焦った顔で、顔を真っ赤にしながらそう言った。
特に最後の方……何にどうされたくないのか……?
「ん、わかった。江奈がそう言うなら……会ってもいいと思う」
「そう、良かった……って、へ?」
「なんか変なこと言ったか?」
変なこと――――彼自身はそう思ってないらしく、江奈はちょっぴりドキドキしながら言葉を飲み込んだ。
「なぁ……俺は母さんに会ってみようと思う……そのときにさぁ……付いてきてくれるか?」
そう言って颯介は密かに江奈の指と自分の指を重ねる……ばれない程度に人差し指だけ。
「……う、うん……」
軽く承諾されたことにいささか驚いたが……そんなことはどうでもいい。
今この瞬間が愛おしく思われた。