別れ
本題はすごく短いです。。
「おい、なんで俺の部屋いるんだよ?」
うぅー……というか左之助いねぇ。確かあいつと一緒の部屋だったような気がするんだけど。
うぅー……頭痛ぇー……変な夢見たな。うん。くそぅ……ったっく……んだよ……はっ!さっきから同じこと言ってる!
で、本題。
目の前の江奈はなんだ?
なんでこの部屋にいる?
「ま、まさか……お前、よ」
「違うわ、ドアホ」
「痛ー!!」
思いっきり脇腹を蹴られる。ぐはっ……寝起きにこれはないだろ……。
江奈はふんっと小さく鼻を鳴らして、すっと横に膝をついた。
「もう朝だし、颯介起きないし、左之助さんが『颯介、死にそうなんだけど』とか言い出すし。……で、あたしが来てやったわけよ!感謝しなさい!!」
「別に頼んでね……い、いや、すみませんでした……ご迷惑お掛けしました……」
お願いだから睨まないで。
お兄さん、泣いちゃうかもしれない。
ね、女の子は怖い顔しちゃダメなんだよ?
え?なんだって??そんな顔してないよ?そう見えるのは、俺の心理を反映しているから?
……じゃなくて
「ていうか、なんで左之助が来ないんだよ」
すると江奈が挙動不審に陥った。
顔が赤くなったり、青くなったり。「えぇーっとぉ……」とか口ごもり始めたし。
「と、とにかく!は、早く起きて」
「おう……いてっ」
あぁ、あの夢の後遺症。頭痛。
起き上がろうとしたら、ひどい頭痛が襲ってきた。
それを察したのか、江奈が心配そうに顔を覗き込む。
「颯介……?大丈夫?顔色が悪いわ……今気づいたけど」
「今かよっ!遅いな……じゃなくて、平気だよ。これぐらい」
嘘だけど
まぁ、男がこんなことでどうするよ。
あんな嫌な昔話ぐらいで。バカじゃねぇの?俺には何にも関係ねぇ。昔の話だ……あ?
突然冷たいものが額に当てられた。
ひんやりしていて気持ちよかった。
……って、これ江奈の手じゃねぇか……
「うぅーん……熱はないと思うけど……薬師呼ぼうか?」
「なんで薬師なんだよ。……というか何してんだよ」
「ふえ?……い、あ、あのぉ……ご、ごめん」
いや、全然大丈夫だよ。全く問題ない。
「なんで謝んだよ?ありがとな。おかげで頭がすっきりした」
はははっと笑って、江奈の艶々とした長い黒髪をくしゃくしゃっとしてやる。
あ?折角梳いたのに何してんだよ?
……そんなの関係ねぇや。また梳けばいい話だろ?
「失礼……しました」
『颯介がいつまでも起きてこない&江奈が戻ってこない』ということで偵察に来たのであろう亜里菜が襖を開けて、閉めた。即効で。
「もしもーし、亜里菜さーん?なんでしょうか」
廊下の方に声をかける。
しかし、無視された。
「颯介……ちょっと」
「あ?」
俺(達)にしたら別に普通の光景でも、端から見たらこれは結構危なげなものなのだろう。
(自発的に)膝に乗っている江奈と、その髪を撫でてる俺。
江奈は顔赤いし、俺は笑ってるし。
ここ……寝室だし。
「何やってんだ、俺はっ!!……というか江奈!部屋帰れっ!!」
「あ、亜里菜さんっ!!これは違うのですっ!!全部あいつが悪いのです〜!!」
「何言ってやがんだよぉぉぉぉ!!」
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「では、お暇させていただきます」
正徳じいさんは、ここの城主である、江奈の父親に言った。
どうせ俺たちも行く先ないわけだし、一回育った寺に帰ってもいいかな?と思ったり思わなかったり。
じいさんの後ろについてぶらぶら帰るわけだよ。
「お、お父様……」
「なんだ、江奈」
もじもじとしながら出てきた江奈は、多分最後になる、別れの言葉を言おうとしている。
そして上目遣いに父親を見て……
「お体に気をつけて、お元気で」
「言われずともそうするわ」
バツの悪そうな顔で引き下がろうとする江奈を彼は止めた。
「江奈。お前こそ元気でな……だが、二度とここには帰ってくるなよ」
うわ、なんだそれ
とどの詰りにフェリス神父があの『ナントカ教』の『ナントカ』のお話を始める。
「江奈サン。聖書にはこんな一節があります……『心を尽くして父を敬え、母の産みの苦しみを忘れるな』『生きている間に彼を悲しませてはならない』……つまり『父と母を敬え』ということデス。これは『最初の掟』と呼ばれマス。子供としての責務デス。そうすれば天に居られる我らが父が、あなたを祝福されて幸福になることができるのデス」
そんなんで幸せになれるんだったら、俺だってとっくの昔にやってるよ
……おい、江奈。泣くな
「ふっ、その『ナントカ』というやつもいいこと言うんだな、はっはっは」
芳明の笑い。
いやぁ、親にしたらいいことしかないですからね、はい。
「デモデスネ、お父様にも役目があるのデスヨ」
「うん?」
「『子供たちを怒らせてはなりません。主がしつけ諭されるように育てなさい』……江奈サンはとてもいい子ですから、お父様はこの責務を果たされたのデス」
「そうか、そうか、はっはっは」
さっきから笑ってばかりだな、おい。
「では、これにて……僧侶としては違う宗教の話を聞くのは辛いですからな。はっはっは」
「そうですな。ではまたいずれ」
「江奈!!元気でね」
いやぁ、江奈って幸せものだよ。
風井家に仕える、あんなにたくさんの武士やら侍女やらに見送られ、たまたま家に帰っていた姉さんに幸せを願われて……そしてあんなに反目していた親父殿に泣かれて……
「よかったな」
ぽんっと江奈の頭を叩いてやる颯介だった。