雨
お久しぶりでございます、玖龍です。
今回は颯介の昔話を引っさげてきましたw
よろしくお願いしますm(--)m
しとしとと雨が降っている。昨日から止むことなく振り続けた雨はあちらこちらに水たまりを作っていた。
そこに一組の親子がいた。
どこへ行くのかはわからないが、まっすぐ道に沿って歩いている。
「母ちゃん」
母親に手を引かれ、歩いていた男の子が喘ぐように言った。多分疲れたのだろう。だっこ、というように手を母親に向かって伸ばしていた。
「なんだい……だっこ?……あぁそう。ほらおいで」
まだ幼い子供を女は抱きかかえ、また歩き始めた。
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「さぁ、着いたわよ」
「ここどこ?」
「仏様がいるところよ。母ちゃんとお祈りするのよ」
「こんにちは」
寺の大門前で2人が会話をしているところに、袈裟を着た住職が現れた。人の良さそうな笑みを浮かべている。
「こんにちは……ほら、挨拶しなっ」
「こ、こんにちは」
「いらっしゃい、ぼうや」
住職が手を差し伸べると、おずおずと男の子はその手を握った。そして母親の手をしっかりと握ったまま、3人は境内の方へと消えて行った。
「さぁさぁここに座って。お手々を合わせて」
住職は親子に座布団を用意し、まったく作法を知らない男の子に手取り足取り教える。
その後、お経を上げ始めた。
長く、(男の子にとっては)意味不明な経が読み終わるのをなんとか耐えた、男の子はすぐさま立ち上がった。
「母ちゃん、帰ろー。仏様にお祈り終わったよ。帰ろーよー」
「ダメダメ。母ちゃんは和尚さんにお話があるの」
「えーヤダヤダ!」
「それなら、この子たちと遊んで待っててな」
駄々をこねる男の子の手を引いて、住職はある部屋へとやってきた。
「さぁ、終わったら呼びにくるからね」
そこにはたくさんの子供たちがいた。
自分と同い年ぐらいの子供が一番多くて、大人に近いような人も何人かいた。
ここで遊んで待っている……母とこの住職の長そうなお話。
とてもではないが待っていられそうにない。
「ヤダヤダ!母ちゃんと一緒がいい」
「うるさいっ!!」
思わず彼はビクッとしてしまった。
なぜなら怒鳴られたことは初めてだし、和尚のそれでもない。
声の主はーー
「あんたなんなのよ。うるさいなぁ。騒ぐなら外でして」
それは自分と同い年ぐらいの女の子から発せられたものだった。
いろいろなショックで男の子は泣きだし始めた。
すると今度は平手打ちを喰らった。
「男の子が泣かないっ!!」
ますます涙が溢れ出す。
その様子を見て面倒くさそうにため息をついた。
「あんた名前何て言うのよ」
「ひっく……そ……ひっく……うっう」
咽び声でよくわからない。
結局女の子は彼を放置した。
「こらこら、泣かせちゃダメだろう……お仕置きだ」
「だってこいつが泣くんだもん」
「仏様に夕餉の前に一緒に手を合わせるぞ」
「嫌だ」
「あのねぇ……」
「和尚さん、どうかいたしましたか?」
男の子の母親が言った。
思いだしたように、慌てて答えた。
「いえいえ、大丈夫です……ほら、ぼうや。みんなと遊んでおいで」
そう言うと元来た道をひきかえして行った。
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「あんた、名前は?」
しばらくしてから、初対面の男の子にビンタを喰らわせた女の子がまた尋ねた。
「関係ないもん」
「なんで?ここに来っていうことは、あんたもあたしたちの仲間でしょ?」
「仲間……?」
小さい胸をどんと張って女の子は言った。
「あんたも今日からここで暮らすの!あたしの名前は亜里菜。はい、名前」
彼にとってはそれどころではなかった。
『今日からここで暮らす』?
なんだそれ?
僕はこれまで母ちゃんと暮らしてきたし、これからもそうだ。
何を言っているんだ、この子は。
「僕は帰る」
怖くなって男の子は立ち上がった。
それを不思議そうな目で彼女は見ていた。
「無理でしょ」
ぽつんと呟くと、一瞬寂しそうな目をした。
しかし意を決すると、男の子の腕を引っ張った。
「あんたもここで暮らすの!『いらない子』なんだから!」
「『いらない子』?そんなことないもん!!母ちゃんは……」
そうではない、と思った。が、それにも釈然としないものがあった。
なぜ、母は自分をこんなところまで連れてきたのか。
なぜ、あの和尚は自分に向けて可哀想なものを見る目をしたのか。
そうこう考えていると、ふいに前の襖が開かれた。
「まぁ、颯介。ダメじゃない、仲良くしなきゃ」
そう言うと、男の子ーー颯介は固まった。
目の前には母親がいた。
本当に母ちゃんは僕をいらない子だと思っているのだろうか?
そうでないと言ってほしい、そう願った。
しかしそれは儚く消え去った。
颯介の後ろにいた亜里菜に向かって、こう言った。
「これからもよろしくね」
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「はっ……ゆ、夢か」
ぐしゃっと前髪を掻き上げる。
「おはよう、颯介。うなされてたみたいだけど……大丈夫?」
目の前にいたのは江奈だった。
ふと窓の外を見る。
あの日と同じ、土砂降りの雨だった。