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咲かせ屋  作者: 玖龍
江奈姫の運命
23/37

母の望み

今回は江奈姫視点です

 江奈は一人廊下を歩いていた。

 その可憐な頬は涙で濡れていた。しかしそれを拭おうともせずただひたすら歩いていた。

 「あら、江奈さま。どうかいたしま」

 「ほっといてっ!!」

 心配して声をかけてきた侍女にぶっきらぼうに返す。

 そして彼女は突き当たりにある部屋に入るとぴしゃっと襖を勢いよく閉めてしまった。



 「お父様なんて大っ嫌いよ!嫌い嫌い大っ嫌い!!」

 そう言いながら江奈は自室でわんわん泣いていた。




 「江奈?」

 突然外から声が掛かる。優しい声の主は――

 「ね、姉さま?」

 「どうしたの?泣いているなんて、あなたらしくないわね……入るわよ?」

 うん、と答える前に彼女は部屋へ入ってきた。

 「久しぶりね。元気にしてた?」

 長い黒髪を後ろへと払いながら、笑顔で言った。

 江奈はそれに頷くのみに留めた。

 「(れん)姉さまも帰っていらしたの?」

 「うん……ちょっと休養に」

 そう廉は言うと、大きく膨らんだお腹を愛おしそうに撫でた。

 「姉さま……それって……」

 「ええ、嬰児(ややこ)よ」

 お腹を撫でながら、にっこりと笑った。

 「もうすぐ……生まれるの?」

 「うーん……多分ね。どうして?」

 「……嬰児を見たことがないの」

 江奈は5人兄弟だが、彼女が末っ子。だから見たことがないのだ。

 「じゃあ、楽しみなのね?」

 「う、うん……」

 それを聞いて、廉はくすくすっと笑った。

 



 江奈は不意に思った。

 ()も父の意に従い、嫁がされた身。

 嫁ぐ日、彼女はなんにも言わなかった。自分のように逃げ出したり、反抗したりすることは決してなかった。

 しかも今、懐妊して幸せそうな笑顔を浮かべている。


 ……どうして?



 そんな江奈の思いが分かったのか、廉はゆっくりと口を開いた。

 「私だって顔も見たこともない、声も聞いたことがない知らない人の奥さんになるなんて正直嫌だったわ。お父様はちっとも私のこと考えてない。いっそのこと江奈みたいに逃げちゃおうかと思ったよ」

 「なんで逃げなかったの?」

 「さぁ、なんでだろうねぇ……でも相手の人はすごくいい人だった。優しくて、臣下にも慕われていて……上にも目を掛けてもらってるの。すごいでしょ?だから、かな」

 「いい人、かぁ……」

 勇猛で知られる織田家。そこに嫁ぐはずだったあたし。

 

 信包はいい人だったのかもしれない。でも、もはやそれを確かめる術はない。

 

 ちょっと姉さまを尊敬。



 さらに廉が続ける。

 「江奈には言っちゃダメと言われてたけど……」

 「何を?」

 「母様の言葉」

 母様--江奈が物心をつくころには既にここにはいなかった。

 だから彼女のことは何一つ覚えていない。

 寂しくもあったが、乳母やたくさんの侍女、暴君()に仕える臣下たちが優しくしてくれたから我慢できたのかもしれない。

 「ある日ね、江奈を見て母様は言われたわ……あの子には幸せになってほしいって。体が弱かった母様は心配なされてたのよ。兄弟のなかで江奈が1番風邪とか引きやすかったから。その様子を子供の頃の自分に重ねたのでしょう。元気になって欲しい。この子には好きなように生きていってほしいって。女は歴史の中で道具として扱われることも多い。けれどもそれは必ずしも女の幸せではない。私も結局はそうなってしまったけど、この子だけは……って泣かれていたわ。……私はもうそのとき10を過ぎていたからね。もう遅いって話」

 突然廉は江奈の肩をがしっと掴んだ。

 「これが母様の望みよ。あなたには幸せになってほしい。自由に、美しく生きる--私もそう望むわ。今回のこと、私はあなたが正しいと思う。それを恥ずべきではないわ。寧ろ自信を持って、胸を張りなさい」

 「で、でも……」

 「お父様の事なら私に任せなさい……ああ見えて、お父様はお母様の名前を出すと縮んじゃうのよ」

 廉がにやっと笑う。

 江奈は嬉しくなって、また涙が零れた。そして廉に笑顔を見せた。



******************************


 「姉さま……元気な嬰児を産んでちょうだいね……」

 退室しようと立ち上がった廉に声をかける。

 「ええ、江奈もしっかりやるのよ……時に江奈」

 「何?」

 「あの男--なかなかいい男じゃない……誰なの?」

 あの男すらわかんないので、江奈も立ち上がって姉の指さす方向にいる男を見る。

 「そ、颯介……」

 なぜか顔が熱くなるのがわかった。

 「颯介、っていうの……何、知り合い?」

 「あたしを助けてくれたの……」

 「じゃあ、ちゃんとお礼をしなくちゃね!もちろんあなたが、よ」

 「分かってる」

 俯いたまま言うと、廉はじゃあね、と肩を叩いて出て行った。

 

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