ご武運を、といいましたのに
「――リリアン、貴様との婚約は破棄する!」
華やかな舞踏会の場で、王太子ウィリアムの声が響いた。
会場にざわめきが広がり、私に向けられる視線は嘲笑と好奇心に満ちている。
「理由は簡単だ。お前には貴族であれば使えるはずの魔法が使えない。そんな無能なお前より、聖女の力を持つエレナの方が国母としてふさわしい!」
「私はずっと貴様のようなできそこないと結婚しなくてはならなかったのが嫌だった。だがしかし! 今日でついにお前から解放されるのだ!」
……なるほど。
私はそれを聞き、静かに微笑んだ。
視界の端には、夜空のように煌めく結界が見える。やっぱり、とても綺麗。
――そう。この国を覆う結界は私の魔法。
代々、私の一族だけが受け継ぐ「国を守る力」。
けれど結界を張っている間は、他の魔法が一切使えない。
そのことを知る王家の者が、なぜ忘れてしまったのか。私たち一族をこの国に繋ぎ止めるはずの婚約なのになぜ破棄をしたのか。滑稽としか言いようがない。まあ、私はもうこの国に捨てられた。あとのことは知らない。
「……では、ご自由に。エンシアン王国のご武運をお祈りいたしますわ」
ドレスの裾を翻した瞬間、空気が震えた。
長年張り続けていた結界が消え、遠くから魔物の咆哮が響き渡る。あと小一時間もしないうちに、魔物が王都まで攻め入ってくるだろう。
「な、なにが起きている!? 魔物だと……!?」
「防壁が崩れていく! 国境が……っ!」
会場は悲鳴と混乱に包まれた。
ウィリアムもエレナも蒼白な顔で立ち尽くしている。やっと自分たちがやってしまったことの重大さに気づいたようだ。
――私はもう知らない。私を捨てたのはこの国自身。
背を向け、転移陣を発動しようとした時、
「リリアンお嬢様!」
凛とした声に足を止める。
振り返れば、月明かりの中に立つ人影――隣国の第一王子、幼馴染のカイル。私の愛しいお方。
「カイル……どうしてここに? 待っているように伝えたはずよ」
「あなた様を一人で行かせるなんてできるはずがありません。危険に身を晒すくらいなら……私はこの身を盾にしましょう」
真剣な眼差しに、胸が熱くなる。
思えば、私を「無能」と罵った者ばかりの中で。
唯一、私の力を「尊い」と言ってくれたのは彼だけだった。
孤独に泣いた夜も、諦めかけた朝も――必ずそばにいてくれた。
まさか、隣国の王太子が私の執事だったと知ってとても驚いたが…
「……カイル。あなたが来てくれるだけで、私はもう強くなれるの」
「リリアンお嬢様。私は貴方を守りたいのです。国も、立場も関係ない。私にとって大切なのは……貴方だけだ」
差し伸べられた手に、自分の手を重ねる。
温かくて、力強い。もう離すものですか。
二人で手を取り合い、夜の闇を抜け、自由な未来へと歩き出す。
私の大事な執事兼婚約者様。貴方がいるだけで私は嬉しいのです。
◇◇◇
数日後。
エンシアン王国は壊滅寸前。
魔物に襲われ、王太子と聖女は逃げ惑うばかりで何もできなかったと隣国まで噂が広まっていた。
「ご武運を祈りましたのに……足りなかったみたいね」
小さく笑うと、カイルが私を抱き寄せて囁く。
「……リリアン。君さえいれば、どんな未来も恐れることはない」
その声や前と変わった話し方に頬が熱く染まる。
母国を失った。けれど私の隣には大切な人が残ってくれた。
そして今度こそ、私は彼と共に“幸せな国”を築いていくのだ。
――終わり。