帰省したら、食の拷問が待っていた
『西島自動車整備工場』
プレハブの工場は大きくはないが、駐車場は広い。
クラウンEVを停めて、車から降りたカズマの足取りは重い。
敷地の奥に、古びたボロアパートと一軒家。
見慣れた玄関の前で動けなくなった。
勢いで来てしまったものの……どうしよう。
追い出された身で、今さら帰ってくるとかありえないだろ?
拒否、されるかもしれない――。
家の中にいる『あの人たち』を想像すると、怖い。
「何、つたってんだ、邪魔くせぇ」
カズマは迫力ある声にびっくりして反射的に振り向く。
「じ、じいちゃんッ!」
ココのトップ、西島善次郎は下町気質で強面とくれば、その筋の人と恐れられる事も度々ある。
「もたもたすんな、ほら!」
グイっとカズマを押しのけると、玄関の引き戸をガラリ開ける。
その瞬間、一歩下がるカズマの尻をポンと叩き、
「おかえり」
振り返りもしない。顔すら見ない。
ただ一言だけ置いて、善次郎は家の奥へと消えていった。
な、なんだよ?
「あ、じいちゃん、お帰り。どこ行って……」
奥から出てきた月島ヤマトは玄関で立ち尽くすカズマに気づくと声を上げる。
「カズマ! なんだよ、帰ってきたの? 元気だったか? ちゃんと飯食ってたか!」
カズマの頭を、大型犬を撫でるみたいにガシガシと撫でまわす。
「んだよ! やめろよ馬鹿力!」
大きな体でがっつり抑え込まれたカズマは逃れようともがくが、幼馴染みは手加減を知らない。
「小夏ちゃん! 小夏ちゃーんッ!」
「どうした……」
ヤマトの声に驚きながらも、小早川小夏はゆっくりと歩いてくる。
腰には、歩行支援のロボットスーツ。
震災で体が不自由になった者が多く、義肢装具の技術は急速に進化した。
「え、えぇぇ! かかかカズ……! きゃ、わっ!!」
「ねぇちゃん!」
ヤマトの体からすり抜けたカズマは躓く小夏の体を支える。
両足が動かなくても、腰から下を支え、脳からの神経伝達で歩行を可能にする夢のような義肢が開発されても、気持ちの高ぶりには付いていけない。
「ね、ねぇちゃん……」
撫で繰り回されてボサボサになった髪のカズマの頬が両手に挟まれた。
「カズマ! カズマなの? え? 本物? あ、夢って痛くないのよね?」
「いででででで、イタイ、痛い、いたいー」
小夏の容赦ない顔面マッサージにカズマの悲鳴が家中に響いた。
茶の間の真ん中には、大きな丸ちゃぶ台がデンと置かれている。
小夏とヤマトは昼食の支度をすると台所に行ってしまった。
カズマはいつもの定位置に無意識に正座で座る。
善次郎はいつも通り、新聞を広げてるだけなのに……なんだ、この気まずさ。
丸ちゃぶ台と同じ飴色の茶箪笥の中には整頓されたた急須や茶わん。
壁の時計はもうすぐ12時。
部屋はレトロなのに、壁の時計は一般的な掛け時計。
幼いころのカズマが、振り子時計の音が怖いと泣き出したため替えられた。
縁側越しにプレハブの工場が見える。
……仕事、してるのかな。
どんな顔するか……ここにいない『アイツ』を思うと、カズマは無意識に拳を握る。
「学校、どうだ?」
ボソっと聞こえた善次郎の声に、カズマは困惑する。
「進学だかなんだか知らねぇが、俺に一言の挨拶も無しに出て行きやがって! 筋は通せッ!」
「はい! ごめんなさい!」
カズマは思わず声を上ずらせた。
祖父の目は、八十を超えた人間のそれとは思えないほど鋭い。
ドスの効いた声がさらに圧をかけてくる。
怒っているわけじゃない。
でも、あの迫力は昔から変わらない。
下町育ちの江戸っ子――それが祖父だ。
「おじいちゃん! カズマは私たちの顔を見ると辛いからって。決意が揺るがないように黙って行ったのよ! ココのためにって。その心意気を汲んでやるのも大人の筋ってモンじゃないの!」
麦茶ポット片手に善次郎に食いつく孫娘の勢いに、強面の祖父は新聞で隠れる。
何かを言えば数倍になって帰ってくる相手だ!
進学?
「学校はどう? 虐められてない? 寮は? 洗濯物出来る? ご飯美味しい?」
小夏に一気に迫られても、答える隙がない。
「ハイハイ、小夏ちゃん。鍋、煮立ってるけど?」
「あ、ヤバ!」
慌てて台所に向かう小夏を見送り、ヤマトは大きなサラダを中央にドンと置く。
一人分のサラダしか見てなかったカズマはその大きさにホッとする。
「お前さぁ、いくら寂しいからって、誰にも言わずに上の学校行くとかあんまりじゃね? 寂しがりやのカズマちゃん」
「そ、そんなんじゃ……」
「分かるよ! 言えねぇよな、ココじゃ……。だから、言わなくていい!」
ガシッとカズマの頭を掴んで、ヤマトは気のいい笑顔を見せる。
言わなくていい。
ヤマトの芝居がかった言い方にハッとする。
――言える訳ない!
ここはスカイ東京の真下にある、旧東京の生き残りが創った町。
そして、超能力者として一度はSSSに入るが出てきた者たちの住む町。
アンダー東京。
誰に教わる訳ではないが、幼いころから『上の話』はタブー視されていることは感じていた。
カズマの思考がフル回転している間に着々と昼食の用意はされていた。
「小夏ちゃん、これで全部だよねッ?」
台所と茶の間を何往復もさせられたヤマトは、小夏に確認しながら最後に運んできたのはカレーライス。
「お前も手伝えよ! 小夏ちゃん、冷蔵庫のモノ全部出しちゃったじゃねぇか」
「ごめんね、カズマ。せっかく帰って来たのに、昨日のカレーとかありえないよね」
「大丈夫だよ、カズマは2日目が好きなんだよ。なッ?」
ヤマトの目がギラリと光った。
……完全に『言え』の圧だ。
「う、うん。ねぇちゃんのご飯で嫌いなモノないから!」
「え、ニンジン食べれるようになったの? ニンジンラぺあったよね。ヤマト!」
なにも変わらない二人と、恨みがましくカズマを睨むヤマトの視線。
その視線を正面から浴びながら、カズマは噴出した。
あんなに悩んでいたのは何だったんだろう。
「えー、笑うトコあった? あ、カズマ、お兄ちゃん帰って来たよ」
玄関の閉まる音に、カズマの体がビクッと固まった。
無言で入ってきたのは――小早川裕一。
ツナギ姿にオイルの匂いをまとったまま、堂々と現れる。
「……」
視線すら寄こさないまま、彼は丸ちゃぶ台の前に腰を下ろす。
そして何事もなかったかのように、置かれたカレーを黙々と食べ始めた。
……やっぱり。
怒ってる、よな。
勢いで勝手に帰って来ちゃったけど……。
無視かよ。
カズマは必死に平然を装った。
どうしよう……どうすればいい? 考えろ、オレ!
追い出されたのに、勝手に帰ってきた身だ。
どんな顔していいかも分からない。
緊張で張りつめた空気を、小夏の一声が切り裂いた。
「お兄ちゃん!」
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