第一印象最悪! その時フラグが立った!
エレベーターの扉が開いた瞬間、簗瀬は帰ったはずの3人がいることに驚く。
「初任務をお受けしたんですもの。自己紹介していましたの。今後のためにも、コミュニケーションは必要ですわ」
たった一言で、由真の雰囲気が切り替わった。
さっきまでの挑発的な笑みは消え、完璧な『生徒会長』になっている。
同じ人物のハズなのに、『同じ』を感じない。
そんな由真に、カズマは違和感を覚える。
「今、姫川君が、ママには弱いのねって話してたんです」
「マ、ママ?」
校長の正体を知る簗瀬の顔色が変わる。
傍若無人。気分のままに人を振り回す我儘さ!
簗瀬の脳内に数々の苦い記憶が再生させる。
あ、飲み屋のやり手ママか! 妙に納得した簗瀬の気分は晴れやかだ。
「親離れ出来てない子供っぽいとこあるなんて! 意外でしたわぁ」
天敵の弱みを見つけるほど嬉しいものはない。
軽く笑ってみせるが、その目の奥は軽い満足感だけが漂っていた。
上機嫌の由真に対して、五月は笑顔を貼り付けながら拳を握る
悔しいよりも、不快感が上がっていくのが気持ち悪い。
「いや、まぁ、なんだぁ、ゆ、由真? そういうことは、だなぁ」
簗瀬がどうにか収めようとするが言葉が見つからない。
語彙力のない不良教師には言葉が続かない。
これ以上は障らぬ神に祟りなしの領域……。
「お前ら、そっくりだな!」
何気なく放たれたカズマの一言に、場の空気が凍り付く。
似てる? 誰と、誰が?
五月の気持ち悪さが何かに変わろうとしている。
「な、に言ってんの? カズマ!」
「似てないですわよ! 一緒にしないでいただけます?」
簗瀬と由真の声色は似ているようで、そのベクトルはまるで違う。
簗瀬は必死に事態を収めようとし、由真はただ嫌いなヤツと一緒にされたくない幼さだけ。
そうだよ……こんな、生まれながらに令嬢で、何不自由なく育ってきたヤツと一緒にされてたまるか!
怒りの奥で、五月は驚くほど冷えた笑みを浮かべていた。
偽物の笑顔と握りしめられた拳を簗瀬は見逃さない。
「二重人格っぽいとこ、ソックリ!」
無意識だった。
「五月!」
簗瀬の声で、ようやく状況を理解する。
気づけばカズマの視界いっぱいに五月の顔。
胸倉をがっちり掴まれ、息が詰まるほど近い。
「なんだよ! イキナリッ」
目線はわずかに上向きで睨み返す。
見下ろす五月の眼光には、言葉より鋭いものがあった。
空気がひと息で冷え、二人の距離は一触即発だった。
睨み合う2人。
その瞬間……意識が揺らぐ感覚。
五月の中に、確かに流れるドラマのワンシーンのような光景。
リビングではない。
畳の部屋、タンスか食器棚か分からない家具は使い込まれた飴色。
家具は古そうなのに、壁の時計はそんなに古さを感じない。
丸いちゃぶ台の上には、湯気の立つ味噌汁と炊きたてのご飯。
色とりどりのおかずがいくつも並んでいる。
笑い声?
「いただきます」が響いた。
「おかわり」が聞こえる。
何気ない日常ってヤツなんだと思う。
懐かしい想いで満たされていくのを感じる。
温かい、優しい時間
こんなの、知らない!
「そっか……」
静かにつぶやいた五月の一言でカズマは我に返った。
何だったんだよ?
一瞬の記憶が飛んでる恐怖にカズマの背筋に冷たさを感じる。
睨み合っていたハズの五月の目は、露骨にそらされる。
「お前にはあるんだな……」
苦しそうにつぶやくと同時に、胸倉を掴む手が力を失う。
手が離れると、五月は何も言わず背を向けた。
その背中は、さっきまでの威圧感と違い、どこか遠くにあるようだった。
カズマは、胸の奥にひっかかる何かを思い出そうとする。
「ひ、姫川くん?」
その背中を追いかけようとした由真の肩が捕まれる。
ほっといてやってくれ、そう言っているような簗瀬の顔に由真は動けなくなる。
「な、なんなんだよ!」
カズマの震えるみたいな声に、ただ事じゃない何かは感じるが……
「そりゃ、あんなこと言われたら怒りますわよ? 私のどこが二重人格ですの?」
カワイイ子のフリをして、由真は少し怒ったような芝居をかける。
空気を変えて、この場を動かす。
由真の一言は、いつだって思い通りにその場をコントロール出来る。
「カズマ、言い過ぎ!」
ガツンと、簗瀬の拳がカズマの頭に落とされる。
「ってぇッ! 俺は思ったこと……」
言っただけ……その言葉が続かない。
罪悪感がじわじわとカズマを蝕む。
どうにもいたたまれなくなって、カズマもその場から走り出した。
「……食べる気がしねぇ」
一晩寝ても、スッキリはしなかった。
自分の無神経な言葉は認めるけど、あんなに怒ること言ったか?
休日の朝は、ショッピングモールのフードコートのような食堂にも人が少ない。
全寮制のSSS養成校の寮はちょっとレベル高めのワンルームマンション。
1階に食堂やコミュニティルーム、自習室が完備されている。
真っ白な食器に、美しく盛り付けられた朝食。
まるでホテルの朝食みたいだ。
なんだか無性にムカつく!
昨日! そう、昨日。
いろいろあって忘れていたアレ!
思い出したカズマは、ホテルのような朝食を優雅とは真逆な勢いで口に詰め込むと駆け出した。
休日の学内サーキット場はもちろん施錠されている。
カズマがIDカードをかざすと、
「認証コードを確認いたしました。開錠いたします」
機械の音声は遠慮なく職務を全うする――デカい声は出さないでほしい。
カズマは焦って辺りを見回し、人がいないことを確認する。
校長の「24時間乗り放題」ってマジだったんだ。
悪いことは、していない!……と思う。
だが、休日に誰の許可も無しに無断使用はマズい気がする。
多少の後ろめたさはあるが、クラウンEVに乗り込みスイッチを押す。
気遣うように控えめな音で電源が入る。
サーキット場のコース通りに、決められた速度を保つ。
昨日、無意識に入り込んできたアレは何だったんだろう?
霧の向こうに見えた光
コーナーの曲がり方、ブレーキの掛け方、常に同乗者を意識して振動を少なく。
大切な人を乗せる時って、ちょっと意識するんだよな。
霧の向こうに人影が見える気がする。
笑い声と、喧嘩の声、怒鳴り声……おいしそうな匂い。
「いただきます」、「おかわり!」
ああ、あれは――。
……知ってる!
あの光景を、俺は知っている。
……俺は……。
振り払うように大きく頭を振り、カズマは集中しようとする。
「VIP送迎の基本は、急ハンドル、急加速、急ブレーキを避ける!」
ゆっくりと、忠実に周っていたカズマが突然アクセルを踏み込む。
「知るか! ボケッ!」
タイヤが悲鳴を上げ、視界の壁が一瞬で迫る。
ギリギリの距離でクラウンEVは真横に滑り、ドリフトで壁を回避――そのままサーキットを飛び出した。
お読みいただきありがとうございました。
次回更新→来週8/19(火) 21:00台に更新予定です。