父が守った町で、英雄の忘れ形見は過去の記憶を視る――
前回のお話はーー
ロッキーに連れられ、三月はキッチンカーで初めての“お仕事”へ。ケバブと商店街の温もりに包まれ、英雄の忘れ形見として迎えられる中、三月は久しぶりの幸せを噛みしめる。
『西島自動車整備工場』
ロッキーは古びた看板の前でぴたりと足を止め、残ったコロッケを口に押し込んだ。
その様子を見た三月も、慌てて同じようにコロッケをもぐもぐと頬張る。
「ういっスー」
「お、ロッキー。……って、スゴイ荷物だな?」
工場で整備中だった裕一が顔を上げる。
三月とロッキーの、両手いっぱいの袋を見て、思わず目を丸くした。
その後ろから、ぴょこんと顔を出した小夏が――。
「ロッキーさんいらっしゃ……って、きゃーー!! 何そのコ! お人形さんみたい! かわいい!!」
完全に三月へロックオンした。
「商店街でずっとこの調子でさ。お姫サマへの貢ぎ物の山ってワケ! さすが英雄の忘れ形見、人気がエグい!」
ロッキーは両手の袋を掲げ、どや顔でアピールする。
「英雄の……忘れ形見?」
裕一の目が大きく見開かれた。
そして、三月の顔をじっと見つめる。
小夏に『キャーキャー』言われて戸惑う面影が似ている。
そうか、こんなに大きくなったのか。
「君は……三月ちゃん、かな?」
「!」
三月は息を呑む。
名前を呼ばれた驚きよりも、別の感情が先に胸を突く。
……知ってる。
みんなの過去に必ずいたのに、ある日を境に誰の中からも消えた『あの人』。
死んだのかもしれない。
怖くて、聞けなかった。
その人が――今、目の前にいる。
三月は一度、ぎゅっと唇を噛みしめた。
胸の奥で渦巻く混乱を押さえ込み、ゆっくり息を整える。
「……どうして、皆さんは私を知っているのですか?」
「ここはスカイ東京の下にある、もう一つの東京。『アンダー東京』。君のお父さんが……守った場所だよ」
「父が……?」
理解が追いつかない。
その時――。
「お腹すいたぁー! はい、話はあとあと! 材料こんなにあるんだし、鍋でよくない? みんなで食べよ!」
小夏が袋の中を覗き込み、満面の笑みで割り込んでくる。
季節は初夏。
鍋に向かない時期なのに、なぜか『鍋を囲む空気』になった。
「ほんと……面影が似てるなぁ」
善次郎も加わり、ちゃぶ台を囲む。
湯気の立つ鍋を囲み、三月は初めて聞く『父の話』に耳を傾ける。
知らなかった。
けれど、懐かしいような、不思議な気持ちが胸を満たしていく。
やがて善次郎が酒を煽って豪快に寝落ちし、小夏はテキパキと鍋の片付けに入り、裕一は酒で頬を赤くして上機嫌。
運転があるからとロッキーは酒を我慢したが、その腹いせに食べまくり動けなくなっている。
……いまがチャンス。
全員がぐだぐだになったほんの隙間に、三月は静かに工場の奥へ足を忍ばせた。
鍋で火照った頬に、初夏の夜風がすっと触れる。
不思議と懐かしい匂いのする工場。
ここは、本当に――父が守った町なのだろうか?
意を決した三月は、そっとブレスレット――リミッターに指を添えた。
これを外せば、建物の『記憶』が流れ込んでくる。
カチリ、と小さな音がして、封じていた力が静かに息を吹き返した。
初めて、自分の意思で『視たい』と願った。
裕一は縁側に腰を下ろし、工場を眺めながら、缶ビールをあおる。
夜風に混じる、どこか懐かしい匂い。
ほろ酔いの気分で、昔の言葉を思い出す。
『自分で考えて、望んで、選んだ未来を――誰もが人として生きられる世界を』
姫川は、毎日のように同じ話を熱っぽく語っていた。
政府は、アンダーに暮らす人々を「不法占拠」として排除しようとしている。
ずっとここで暮らし、税金を納めてきた人たちから、土地は国のものだと追い出そうとしている。
そして――同じように異質だとして、超能力者たちも排除しようとしている。
どちらが悪人か、分からない。
だが、酒が入ると、英雄も上機嫌でよく笑う。
国の話はさておき、地震で亡くなった奥さんとのなれそめ話や、双子の子供たちの自慢話に花が咲く。
裕一は、その話を聞くのが好きだった。
幸せな家庭の象徴のような姫川の話は、緊迫した現状を一瞬でも和らげてくれる。
『そっくりな双子でな。三月のほうが活発で、弟の五月は存在感が薄いんだよ!』
『あんまり五月がいじけるから、三月が突然カワイイ格好をするんだって! リボンやピンクが似合うんだよ。もぅカワイイ、カワイイ! 奥さんそっくりで美人だからなぁ』
『五月はよく泣くし女々しいけど……優しいコなんだよ。奥さん似だから美人だしな!』
何度も同じ話をするのに、誰も飽きることはなかった。
その家族像は、共に戦う仲間たちの希望だった。
『超能力者も普通の人間も関係ない。一人ひとりが自由に、幸せに生きられる世界を政府が作れないなら……俺たちが国になるしかないんだ!』
『国民がいて、国がある。国が成立するために国民がいるわけじゃない!』
『みんなが、自分として生きられる国を――あのコたちが、生きられる場所を――』
押し寄せる記憶は、三月を苦しめるものではなかった。
「……パパ……。パパぁ……」
父の真意は、暖かくて、胸が痛くなるほどに優しかった。
涙が、ぽろぽろと零れる。
暗い工場で肩を震わせる三月の背中は、あまりにも小さくて、儚かった。
工場の入り口でその背中を見る、裕一はぎゅっと拳を握る。
――もし、もっと早く動いていたら。守れたかもしれないのに。
友を失った悲しみはまだ癒えていない。
父親を奪ってしまったことに変わりはない
悔しさは今も消えていない。
けれど、一番辛いのは、自分ではない。
裕一は、ゆっくりと一歩を踏み出した。
「……ココは、姫川さんの望んだ世界になったよ。誰もが、自分として生きられる場所だ」
裕一はそっと三月の後ろに立ち、ぽん、と優しく頭に手を置いた。
「……ゴメンな。助けられなくて」
三月は首を振る。
泣きながら、必死に否定する。
違う。
誰も悪くない。
父の願った世界が、こうして続いていること――それが嬉しかった。
「……ココは、絶対に俺たちが守るから」
「……はい……」
工場の影から、ふたりを見守る影があった。
ロッキーだ。
犠牲の上に成り立った世界。
だからこそ、その意志を受け継ぐことが、残された者の務めなのだ。
ロッキーは静かに決意を刻み、何も言わずに踵を返した。
帰りのキッチンカー。
助手席で外を見たまま、三月はぽつりとつぶやいた。
「ロッキーさん……ありがとう」
ロッキーは、わざと軽口を叩いて誤魔化す。
「ケバブ、そんなに美味かったか?」
「うん! 毎日でも食べたい!」
「お姫サマの仰せのままに!」
月明かりに照らされて、キッチンカーは静かに走る。
道路はまるで、未来へ続く一本の道のように、どこまでも真っ直ぐ伸びていた。
お読みいただきありがとうございました。
次回更新→来週更新予定です。




