表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

40/42

五月が消え、カズマが選ばれた日――静かに進み出す運命

前回のお話はーー

夢のような部屋で目覚めた三月は、A’sとノーザンクロスの仲間たちに“プリンセス”として迎えられる。優しさと違和感が交錯する中、彼女は新たな居場所へ足を踏み入れる。

 式典まで、あと五日。

 朝の校門で、カズマと由真は待ち構えていた簗瀬にあっさり捕まった。

 そのまま連れて行かれた先は、校長室。


 部屋の中には校長・教頭・簗瀬。

 ただならぬ空気。

 ふたりは思わず背筋を伸ばす。


「五月が、いなくなったわ」


 その言葉は、まるで時間を止めるように静かに響いた。

 冴子は、校長ではなく『母親』の顔でそう告げる。


「SSSの管理システムから、イツキのIDが消えたの。部屋にも帰っていないみたい」


 ――消えた?

 SSS管理システムが、追跡できない?


 世界最高精度の専用GPS。

 その『絶対』を信じていたからこそ、誰もすぐには言葉を返せなかった。


 そもそも五月が数日いないのはいつものことで、また任務かなにかだろうと二人は軽く考えていた。

 まさかこんな大事になっていたなんて。

 由真の不安は、そのまま顔に出てしまい言葉が出ない。


「ミツキは?」

 あっけらかんと口を開いたのはカズマだった。


「三月は病院にいるわ。いなくなったのは、五月だけ」

「それ、大丈夫でしょ?」


 あまりにも軽い言い方に、由真が思わず噛みつく。


「ちょっとカズマ君! 分かってる? SSSのシステムが『反応ゼロ』なのよ!?」

「うん。だからさ」


 カズマは少し考えるように、視線を落とした。


「姫川が、ミツキを置いていなくなるとか、絶対ない!」


 根拠はない。

 理屈もない。


 でも――それは、五月と一緒に過ごしてきた時間から出た言葉だった。


 由真は何も言えなくなり、

 張りつめていた空気が、ほんの少しだけ緩んだ。


「……そうね。五月のことはもう少し探すとして」

 冴子は一呼吸おいて、真剣な目で言葉を続けた。

「式典まではあと五日。もし、五月が戻らない場合――代役を立てるしかないわね」


 その瞬間、冴子・灯・簗瀬・由真の全員の視線がカズマに集中した。


「え、ちょ、オレ!?」

「これから新しく決めるより、会議にも出ていたカズマ君が一番適任です!」

 由真が胸を張る。自信満々の笑顔。


 ――その信頼に、応えたい。

 そう思った瞬間、カズマの中で何かが定まった。


「立派な代役なんて決めたら、アイツ『面倒くさい』って戻ってこないかもしれないしな!」


 誰もが、思わず笑った。

 根拠のない自信。

 けれど――なぜか信じてみたくなる。


 五月は、必ず戻ってくる。

 その根拠のない言葉が、なぜか誰も否定できなかった。


 三月がノーザンクロスに来て数日。

 朝食が終わると、それぞれ自由だ。

 三月は暇を持て余し、自分の部屋くらい掃除しようとしたが、

「姫、そのようなことはこの水月にお任せください」

 と割烹着に箒を持った水月に部屋から追い出されてしまった。


 良く晴れた海ほたるのデッキは、展望スポットとして有名だったのも頷けるほど気持ちがよかった。

 遠くに見える街並みが少しだけホームシックな気持ちにさせる。

 うつむいた下に広がる、海に反射する光に輝いた緑。


 階段を下りた瞬間、ふわりと潮風と土の香りが混じった。

 海しかないはずの場所で、三月は思わず足を止めた。


 そこに広がっていたのは、海ではなく、鮮やかな緑――碧葉の菜園だった。

 人の丈を越えた緑がざわりと揺れ、午前の清々しい光に照らされた葉脈が宝石みたいに光る。


「プリンセス?」


 振り返ると、碧葉が静かに立っていた。

 手にはカラフルな野菜でいっぱいのバスケット。


「うわぁ……キレイっ。色が、全部キラキラしてる!」


 三月のテンションに、碧葉の顔が優しくほころぶ。


「これ、朝ご飯の野菜だよね? すっごく美味しかった! 碧葉が作ってるの?」

「僕の能力は植物の成長を操れるからね。……水月は『絶対無農薬で』ってウルサイんだよ。使わなくても大丈夫なのにね」

 苦笑する碧葉の声は優しいけれど、どこか疲れている。


「碧葉、収穫終わった……ってクロが言ってる」

 緑の奥から静かに、影ごと滑るように 一人の青年が現れた。


 長い前髪で目元を隠し、背は猫のように丸い。

 腕の中のカゴには、真っ赤なミニトマトがぎっしり。


「ミニトマト! 三月だいすき!」

 勢いよく駆け寄る三月に、青年――ネコが一歩引いた。


「ありがとう、ネコ。クロも」

「にゃーん!」

 黒い影がひらりと跳ねて、碧葉の足元にしなだれかかる。

 ツヤツヤの黒猫、その瞳は宝石みたいに賢そう。


「猫ちゃん!!」

「あたしはネコじゃなくてクロよ。こっちがネコ!……ってクロが言ってる」


 前半は高い女性風の声、後半だけ男性の低い声――。

 まるで一つの身体に、二人が宿っているみたいだった。


「初めましてプリンセス! 朝はね、ネコが起きられないから、いつも食べ損ねるのよ。あ、あたしはクロ。こっちの暗いのが、ネコ。……ってクロが言ってる」

「えっと……人がネコで、猫がクロ……?」

「にゃーん!」

「そうよ。よろしくね、プリンセス!……ってクロが言ってる」


 クロが三月の足元にすり寄り、くるんと尻尾で挨拶した。

 たまらず抱き上げると、クロは全力で脱出して碧葉の腕に逃げ込む。


「クロちゃん、ごめん〜〜!」

 ネコと碧葉が、少しだけ笑みを漏らした。


「これ、キッチンに持っていくよ。お茶淹れて来る。座ってて」


 海が見える菜園のガーデンテーブルは、カフェそのもの。


「ねぇ、二人は友達なの?」

「にゃーん」

「仲間……相棒……そうね。ネコは弟、みたいなものかしら。あたしがいないと何もできないんだから!ってクロが言ってる」

「三月にもいるよ、弟! 五月も、ミツキがいないとほんっと何もできないんだから!」


 クロと三月は『ねー!』と顔を寄せ合い、なぜか一瞬で意気投合してしまう。


「プリンセスには友達、いるの?……ってクロが言ってる」

「いるよ! 由真はね、すっごく頼れるの。カズマは……すっごく優しいんだよ!」

「カズマ、優しい……」


 ――あれ?

 三月は違和感に気づく。

 クロはテーブルの上で毛づくろい中。

 今、語尾に「クロが言ってる」が……なかった?


「カズマ、好き……?」


 それが、どちらの声だったのか。

 三月には、はっきりしなかった。


「うん、大好き!」

「カズマ……大好き……」

 噛みしめるようにつぶやいたネコの瞳が、ふいにゆるむ。

 まるで――忘れていた記憶が、ひょいと戻ってきたように。


 ――遠い昔。

 木に登って降りられなくなったクロに差し伸べられた一つの手。

 『大丈夫だからな! すぐ助けるから……』

 まだ小さかったカズマの、あの真っ直ぐで温かい声。

 暗闇の中で、その手だけが光だった。


 ネコのライラック色の瞳が細くなる。

 三月にその理由はわからなかったが、不思議と胸の奥が温かくなる。

 その優しいまなざしは三月まで優しい気持ちにさせた。


お読みいただきありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ