TOKYO DRIFT:ドリフトショー、開幕!
「プロフェッショナルジョーカーに憧れてSSSに入りました!」
黄色い歓声が飛び、生徒たちは興奮そのままの陸を取り囲む。
「あたし、陸様の大ファンで……」
プロフェショナルジョーカー――すべての都道府県にチームはあるが、その頂点に立つエリートチームだ。
実力はもちろんNo1。各支店で手に負えない事件など非常時に出動する。
「幸太様も素敵だし、峰子様は超絶美人で薫様はクールなカンジが、もう!」
「やっぱり箱押しだよねー」
普段は、メディア出演やイベント出演など広報活動中心。アイドル的存在として全国にファンがいる。
「はいはーい、みんなスタンド上がれー。キミたちの鬼教官がスペシャルなモノ見せてくれるよ? あ、ココに残るのもアリかな? 最高の特等席だよ。耐えられれば、のハナシだけど」
陸は口角を上げ、スタンド中央の実況席に向かう。慣れた手つきでマイクを構え、インカムを装着した。
「あー、えー、マイクテスト……OK! Are you ready? Everybody! ラッキーだよ? マジでコレってプラチナチケットのショーだからね」
スタンドに座る生徒たちの耳に、聞き慣れない、なんとも不思議な音。
グォォォォォオ。
低く唸るような音は近づくにつれ大きくなる。
「It‘s Show Time!」
陸の叫びと同時に、スタジアムに飛び込んでくるブルーメタリックのスポーツカー。
「先行は、プロフェッショナルジョーカー・我らがキング! 影山幸太の180SX」
エンジン音の爆音に、寝ころんでいたカズマは目を開けた。
心臓に響くエンジン音の低音に懐かしさを感じる。
入学してまだ1ヵ月足らず。懐かしいと感じるのはちょっと不思議な感覚だ。
4月にココに強制的に入学させられ、全寮制。もちろん家には帰っていない。
反発心からクラスの誰とも馴染まず、ふて腐れた一匹狼を貫いている。
「後追い、鬼教官・簗瀬信二。クールなブルーのボディとは対照的に燃える闘魂。アラフォーでもやんちゃ盛りは愛車シルビアS15でバレバレだよ」
簗瀬は運転席で、そのアナウンスをインカムで聞きながら「うるせー馬鹿」と憎まれ口を叩く。
前を走るのは青い180SX。
本能的に上機嫌でテンションが上がっている。
サーキットに飛び込んできたスピードを落とすことなく、コーナーに向かう180SXに生徒たちは釘付けになる。
あのスピードで曲がれる訳がない……と。
「最初のコーナー、スピードと角度を持ってくる! 進入キター。横滑りー。さすがキング! 芸術的ドリフトだぁー!」
その差数秒遅れて、シルビアもまったく同じ動きでドリフトを決める。
「シルビア攻める! 攻める! ベタベタにくっ付いちゃってぇ。やなっちゃん、幸太さん大好きだねぇ」
チラリと見た生徒の呆然とする顔が、陸には面白くてたまらない。
腹抱えて笑いたいのを我慢しながらも満足した顔は隠せない。
「もちろん。これで終わりじゃないよね? お二人さん」
陸の問いに答えるように、2台の青いスポーツカーは車とは思えない動きを繰り返す。
自動運転の車はまっすぐ走る姿しか見たことない生徒たちにとって、その動きは初めて見る動き。
国内は慢性的な電力不足でエネルギー使用制限が定められ、個人が所有するマイカーには多額な税金が課せられている。
電気自動車が主流で、ガソリンで走るスポーツカーを所有しているのは、物好きな成金かSSSくらいだ。
見慣れないスポーツカーがぶつかる勢いに悲鳴を上げ、息を呑む。
2台の車の間はスレスレだが、絶対にぶつからない。
白煙と埃で少し曇った空間はどこか現実味が薄い。
余裕で接近しての横滑りや、クルクルとダンスのように回る動きに生徒たちは魅了され悲鳴は歓声に変わる。
「角度! 速度! ぴったりのツインドリきたぁ! これぞスピードと角度の応戦だぁ」
180SXとシルビアS15。
姉妹車と言われるだけにそっくりな車体。
どちらも同じ青いカラーリングは、高速で走られると区別がつかない。
2台の動きにカズマは釘付けになっていた。
目で追いながら、ギアを入れる、アクセルブレーキを細かく動かすヒールアンドトゥの感覚を生々しく思い出す。
物心ついた頃から生きてきた場所で、車は日常だ。
エンジンの爆音を聞きながらハンドルを握り、アクセルを踏み込む高速の世界。
車窓の景色は線となる。
その世界とココは真逆だ。
明るく、綺麗に整えられた世界はカズマには眩しすぎる。
無音で走る車は、その違いを叩き込んでくる。
物足らなく、退屈な日々。
ぼっかりと心に空いた穴のような部分に、2台のエンジン音はすっと入ってくる。
体が疼き全身が熱くなる。
『キーン、コーン、カーン、コーン』
爆音の中で、微かに授業の終わりを告げる鐘の音が聞こえる。
「あ、授業終わり?」
ノリノリでDJ気取りを楽しんでいた陸が残念そうに由真に尋ねる。
困ったように頷く由真にがっかりとオーバーリアクションを見せる。
「もう少し遊びたかったのになぁー。由真っち、終わろう」
その言葉を待っていたように由真は号令をかける。
サーキットで走り続ける2台に向かって、
「起立」
「礼」
「ありがとうございました」
陸も一緒にクラス全員で頭を下げる。
授業終了の合図と同時に、ぞろぞろとスタンドから出口へ向かう。
残ったのは、数人のアイドルファン。
だが、生徒会長の柔らかな笑みひとつで、しぶしぶと教室へ消えていった。
人の波が引いていく中、カズマはひとり逆方向へ。
階段を一段飛ばしで駆け下り、サーキットとスタンドを隔てる手すりのぎりぎりまで身を乗り出す。
「スゲェだろ? 少年」
突然自分に向かって掛けられた声に、カズマは答えない。
「えー、無視とか寂しなぁ!」
大げさな陸の嘆きもカズマには届かない。
「……何なんだよ!」
カズマは2台の動きを目で追いながら、手すりを握りしめる。
怒りのような寂しさのようなモノが突然混ぜられた気持ちは、自分でも抑えることが出来ない。
焼けたゴムとガソリンの匂いが鼻を刺し、喉の奥をひりつかせる。
その刺激が、胸のざわめきをさらにかき立てた。
苦痛のように漏れた言葉を聞いてしまった陸は何かを察する。
「ちなみに、あの助手席はオレ様専用」
わざと悪戯っ子の自慢のように陸は胸を張ってみるが、カズマの耳には入っていない。
「だよねー、やっぱり」
カズマの気持ちは置いといて、その真剣な横顔が陸はなんだか嬉しくなる。
あれだけいた生徒は授業終了と同時に出て行ってしまったのに、一人だけこの少年はショーに惹きつけられている。
カズマの隣で手すりに頬杖を付いた陸は、楽しそうに戯れる2台を見ながら独り言のようにつぶやいた。
「あの車は、伝説の車だから……ねぇ」
お読みいただきありがとうございました。
えぇ、ドリフト大好きです! D1最高です!!
次回更新→明日(8/12) 21:00台に更新予定です。