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プリンセスの目覚めと、ノーザンクロスの朝

前回のお話はーー

温かな家族に迎えられた双子の記憶の奥で、父の死とSSSの真実が目を覚ます。崩れる五月の心、全てを終わらせるため三月はノーザンクロスに赴く。

 軽やかな声に、三月はハッとして顔を向けた。

 ラテン系の血を思わせる、陽気で人懐っこい笑みの青年。

 読んでいた本を閉じ、まるで舞台俳優のように微笑む。


「…………」

「おっと、そんな真っすぐ見つめられるとは光栄だねぇ。オレ、そんなにイイ男かい? お姫様!」


 からかうような調子に、三月は慌てて視線を逸らす。

 そしてようやく、ここがどんな場所なのかを見回した。


 ロココ調の高級家具に天蓋付きの大きなベッド。

 少し開けられている窓から風に揺れるカーテンには、レースが惜しげもなく施されている。

 白のレースをベースにピンクや花柄の暖色系のファブリックは、お姫様の部屋に相応しい。

 まるで絵本の世界。

 ここは、三月の憧れそのもの。


「あなたが、なぜ……?」

「時にはキッチンカーのケバブ屋、時にはSSSの生き字引。そして『ノーザンクロス』のロッキーとは俺様のコトよ!」


 胸を張って名乗るロッキーに、三月はくすりと笑う。


「ふふっ、その『正体』は秘密?」


 ロッキーは肩をすくめて笑い返した。


「ずいぶん立派な部屋ですね。ココに、宿泊施設はなかったでしょう?」

「捨てられた海の孤島だからな。昔は店だったトコをみんなで改装して部屋にしているのさ。ココは、王子様がお姫様のために用意した特別室でございます」

 わざとらしく頭を下げるロッキーに、三月は思わず笑みを返す。

 その表情は、どこか穏やかで――不思議と気高い。


 そんな二人のやり取りは部屋に入ろうとしていたA‘sの足を止めた。


「よっ、王子様!」

 軽口を叩いたロッキーの声に、部屋の空気がふっと変わる。


「ロナウド。プリンセスに余計なことは言わないでくれないか。僕は王子様じゃないよ?」


 白いシャツを纏い、花瓶を抱えたA’sが静かに入ってくる。

 光を反射する銀糸の髪。

 縁なし眼鏡の奥で、澄んだ瞳が柔らかく微笑んだ。


「おはようございます、プリンセス。よくお休みになれましたか? 皆から預かりました。あなたの『帰還』を祝う花束です」

「あの連中が花? ……ぷっ、想像しただけでヤバい!」


 ロッキーは腹を抱えて笑い転げる。

 A’sは呆れたように眉をひそめたが、三月が笑ったので何も言わない。


「あなたたちは……どうして、そんなに私を歓迎してくれるの?」

「お姫様に、八年前の抗争の説明が必要かい?」

「父が亡くなった時のことは……覚えています」


 ――けれど、思い出したくはなかった。


 他人の過去も、自分の過去も『視える』その力。

 能力に目覚めた七歳の頃の三月に、その高すぎた能力は制御できなかった。

 他人と自分の残酷な過去が混ざり、人格が破綻しかけていた。


 あの瞬間のショックで、体と心が切り離された。


 三月は『五月』の中でしか生きられない。


「姫川さんは、迫害された超能力者たちが生きられる世界を作ろうとした。その結果が……『国になる』ってだけの話さ」


 ロッキーが呆れたように苦笑いする。

 A’sは真っ直ぐに三月を見つめ、微笑んだ。


「あなたのお父様は、我々の王でした。その忘れ形見であるあなたこそ、意志を継ぐ者。皆、あなたを待っています。……ピンクのドレスは、お嫌いですか?」


 A’sが差し出したのは、三月がずっと憧れていたピンクのロリータドレス。

 すべてが夢に見た光景。

 でも、胸の奥が少しだけざらついた。

「黒い……」

 A’sの瞳が柔らかく細められる。

「イエス。マイ・プリンセス」

 その声は、夜明け前の祈りのように静かだった。


 ノーザンクロス――。

 それは、北の空を翔ける白鳥座の中心星の名。

 夏の夜、天の川に翼を広げて飛ぶその姿は、ベガとアルタイル、そしてデネブを結んだ『夏の大三角形』の一角を成す。


 『スター・ロスト・タナバタ』――あの震災以降に現れた超能力者たちを、七夕伝説においてベガ=織姫、アルタイル=彦星から、異質な存在として世間は『デネブ』と卑下した。

 異端の星……デネブ。


 ノーザンクロスという名には、その意味が込められている。

 異質であることを誇りに、そして呪いに変えて生きる者たち。

 彼らは国に牙を剥く。

 その翼が目指すのは、ただひとつ――。


 着替えた三月が部屋を出ると、香ばしいパンと炒めたベーコンの匂いが漂っていた。

 音のする方へ足を向けると、そこは──まるでカフェのような空間。


 そっと覗くと、想像していた『反政府組織のアジト』とはまるで違う光景があった。


 キッチンでは水月がエプロン姿で包丁を握り、碧葉は朝採りのレタスを洗っている。

 オーブンの前では野岩が焼き上がりのタイミングを真剣そのもので狙っている。

 雪兎が椅子の上に飛び乗って「できたーっ!」と叫び、烈が笑いながら軽く頭をはたいた。

「おい、暴れるなって何回言えばわかるんだ!」

「いいじゃん! プリンセスが来た記念日なんだから!」

 声が重なり、笑いが弾ける。


 エルが指先をクルクル動かすと小さなドローンが、髪を整えながら鏡を覗き込んでいる翔夢に向かっていく。


 奏がそんな彼らを横目に、湯気の立つコーヒーを注ぎながら、ふっと淡く笑った。

 ――その瞬間。

 ドアの隙間から、そっと覗く瞳と視線がぶつかった。

 カップから立ちのぼる香ばしい香りが、やけに鮮明に感じられた。

 奏はポットを置くと、迷いなくすたすたとドアへ向かう。


 逃げようか、どうしようか――三月の心は、足元でぐるぐると迷っていた。


 だが、その逡巡の間に、ドアが静かに――まるで時間を裂くように、開かれる。


 その瞬間、室内の空気が一気に動いた。


 誰もが、ドアの向こうの少女に視線を向ける。


「――プリンセス」

 奏の瞳はやわらかく、優しく、そしてどこか底の見えない光を宿していた。

 安心するはずなのに、胸の奥がざわめく微笑み。

 奏は、立ち尽くす三月の手を取りエスコートする。


「ようこそ、ノーザンクロスへ。――プリンセス」


お読みいただきありがとうございました。

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