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放課後に呼び出されて――SSS東京支部で語られる誘拐事件と“都市の鍵”

前回のお話はーー

霧が晴れた湾岸で、五月は救急車の中に“三月”の存在を見つける。

双子の秘密と眠り続ける五月の真実が明かされ、三月は初めて感情を解放した。

「さぁ! 今日も行くわよぉー!」


 いつも通りの放課後。

 いつもの調子で由真が気合を入れる。

 勢いよくクラウンEVの助手席に乗り込む姿は、どこか晴れやかだ。

 彼女の指定席はいつも運転席の後ろのはずなのに、今日はそこに座らない。


「東雲? そこ?」

「何か問題でも?」

「……別に!」


 助手席に誰かがいるだけで、ちょっと緊張する。

 嬉しいような、くすぐったいような、不思議な感覚。

 後部座席には、いつも通りの仏頂面――五月。

 窓の外に視線を向け、何も言わずに頬杖をついている。


 カズマが起動スイッチを押すと、静かな電子音が車内に満ちた。

 そのタイミングで、小さな声が聞こえた。


「あ、ありがとう」


 かすかでも、確かに聞こえた。

 スポーツカーみたいなエンジン音なら、かき消されてしまっただろう。

 けれど、クラウンEVは静かで逃げ場がない。

 カズマと由真は顔を見合わせ、そっと後ろをうかがう。


 何事もなかったように外を眺める五月。

 でも、耳が少し赤い気がする。

 きっと、傾きかけた夕日のせい――そういうことにしておこう。


 由真と目が合うと、彼女はトビキリの笑顔を見せた。

 カズマは、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じながら、クラウンEVを軽やかに走らせた。


 スカイ東京――そこは、選ばれた人間だけが暮らせる街。

 国の行政機関が優先されるため、一般人が確保できる住居は少ない。

 『市民権』を得るだけでも、目が飛び出るほどの税金が必要になる。

 地震バブルの頃に荒稼ぎした成金たちが次々と住み着き、『トーキョードリーム』なんて呼ばれているが――実際は、夢というより『階級』だ。

 この街に住むこと、それ自体が、富と成功の証。


 つまり、スカイ東京とは『勝者の街』である。


「ここが、東京支部?」

 カズマは見上げる。

 首が直角になっても全貌が見えない。

 ガラス張りの高層ビル群の中でも、ひときわ異様に光沢を放つ一棟。

 見上げているうちに、自分が『地上』にいることを忘れそうになる。


 由真は入り口の影から、そっと中を覗き込んだ。

 大理石の床が眩しく光を返す。

 白を基調としたロビーの中央で、八名の受付嬢が等間隔に並んでいた。


「うわぁ……みんな実在してる。かわいい。キレイ……メロンちゃん髪型変わってる。桃さん、リップ変えたよね? 大人気のブランドリップ、買う!」

 由真の声が、自然と漏れた。

 動けない。

 由真が憧れてやまない『SSS受付嬢総選挙』の上位陣だ。

 センターに夕張(ユウバリ)メロン。両サイドに福島桃(フクシマモモ)瀬戸田(セトダ)レモンに、その他五人。

 軽く一冊の写真集が作れる顔ぶれだ。


「東雲?」

 後ろでカズマが首をかしげる。

「……行くんじゃないのかよ。先、行くぞ」

「待って! あたしが先に行く!」

 由真は頬を染めながら一歩を踏み出した。

 その様子はまるで――憧れのアイドルに会うファンそのものだ。


 由真の姿に気づいた受付嬢たちは、ほぼ同時に軽やかな会釈をした。

 その動きは、息の合った一糸乱れぬ所作。

 そしてセンターの夕張メロンが、柔らかな声で微笑む。

「東雲由真様――ようこそ、SSS東京支部へ。お待ちしておりました」


「……っ」

 由真の肩が跳ねた。

 思わず顔を真っ赤にして硬直する。

 動きがロボットのようになっている由真に、メロンは完璧な笑顔でIDカードを手渡す。


「……やっぱ、こういうノリが苦手だわ」

 由真から少し離れた五月のつぶやきが、カズマの耳に入る。

「企業が『可愛い』を武装にする時点で、信用できない」

「……別に嫌いじゃないけどな」

 カズマがぽつりと漏らす。

「こういう趣味?」

「なんか……訓練された感じがする」

「カズマくん、見るところが違うなぁ」

 五月は笑いたいのを堪えながらエレベーターへと向かっていく。


 その背中を、受付嬢たちは一様に微笑みながら見送る。

 その笑顔は、完璧に計算された『プロの微笑み』だった。


 エレベーターのデジタル表示が、ひとつずつ階を上げていく。

 東京支部の最上階――そこが『プロフェッショナルジョーカー』専用フロアだ。


 スタッフ用のエレベーターも乗り始めは満員だった。

 SSSの職員や研究員たちでぎゅうぎゅう詰めだった箱も、三十階を過ぎるころには、もう三人だけになっていた。

 静まり返った空間に、エレベーターのモーター音が小さく響く。


 カズマは緊張して背筋に寒気を感じる。


 SSSトップチームからの呼び出し。

 朝からその言葉が頭をぐるぐる回っている。

 どう考えても、良い話じゃないよな……。

 額に手をやるカズマの隣で、由真は楽しそうに壁の鏡に映る前髪を直していた。

「大丈夫。お姉ちゃんもいるし、怖くないって」

「いや……一番怖い気がするんだけど」

「それは否定できないね」

 苦笑する五月を由真が睨んだのと同時にチン、と軽い音がしてエレベーターが止まる。

 扉の向こうには、白い壁とグレーのカーペット。

 意外なほど普通のオフィスフロアだった。

 校長室のような重厚な赤絨毯や、威圧感のある木製扉ではない。

 その普通さに、カズマはほんの少しだけ肩の力を抜いた。


「失礼しまーす!」

 由真が一歩前に出て、勢いよくドアをノックした。

 もちろん、先頭を切るのは彼女だ。

 こういう場所では、やっぱり由真が一番頼りになる。

 カズマはそう思いながら、深呼吸を一つ。

 ドアの向こう――『プロフェッショナルジョーカー』の部屋が静かに開いた。


「おう、わざわざ呼びつけて、すまねぇな!」

 開口一番、怒鳴るように声を上げたのは――プロフェッショナルジョーカー大久保隊長。

 野外研修で軽くトラウマを植えつけられた、あの人である。

 五十代半ばにして、まだ現役自衛官と見まがうほどの筋肉量。

 声も態度も体もすべてが規格外の『隊長』だ。

 久々に見るその姿に、カズマは背筋が自然と伸びた。


「ささ、どーぞー」

 会議室まで案内してくれた女性の声に、カズマはハッと顔を上げる。


 ――どこかで見たことがある。

 そう思った瞬間、相手の方も気づいたように目を細め、やわらかく笑った。

 葵は以前、クラウンEVのナビ画面に突如現れた、あのオペレーターだ。


 由真は緊張半分、興奮半分の顔でキョロキョロしている。

 プロフェッショナルジョーカーのフロア、しかも本人たちと同じ空間――これがSSSオタクの聖地巡礼でなくて何だろう。


 円卓に座り、葵が出してくれたお茶を前に待っていると、次々と人が入ってくる。


「ちょっと、陸! ソレ食べながら会議出るつもり?」

「しょうがないじゃないっスか! お湯入れちゃったし! あ、新製品なんスよ。峰子さんも味見どうッスか?」


 カップラーメン片手に入ってきた陸に、呆れ顔の峰子が腕を組みながらも、チラッとカップに視線を落とす。


「な、何味?」

「期間限定! コーンポタージュ味ッス!」

「……すぐ消えるわね」

「今しか食べられないッスよ!」


 その『今しか』という誘惑に、峰子の表情がわずかに揺れる。

 期間限定と中華だか洋食だか分からないあたりが興味をそそられる。

 高カロリーと自身のイメージを気にして控えているが、ジャンクフード系は峰子の大好物だ。

 カズマたち三人の視線が気になり峰子は冷静を装う。


 そんなやりとりを横目に、カズマはボーっと目の前の白い制服軍団を眺めていた。

 白を基本カラーとし、それぞれデザインの違う通常の制服でも煌びやかなのに、式典用になると装飾品がプラスされこれ以上の迫力になるらしい。


 プロフェッショナルジョーカーはやっぱり四人。

 見たことはないが、隠密任務のA‘sをカズマは思い出していた。

 五人揃ったら、TV戦隊物のヒーローみたいになるのかもしれないと思うとワクワクする。

 そんなことを想像して、思わず口元がゆるむ。


 部屋の照明がふっと落ち、スクリーンに映し出されたのは――クラウンEVの車載カメラ映像。

 あの、ミツキが誘拐されたときの映像だ。


「解析は完了しました。しかし、改造車のため車種の特定は不可能。……それと、湾岸線のゲートを開けたIDは、いまだ――」

 淡々と報告していた薫の声が、途中で止まった。

 拳が、机の下でわずかに震える。

 それだけで、誰もが察する。

 彼女がどれほど自分を追い詰めているかを。


「すみません。まだ、特定出来ていません」


 謝罪の声に重なるように、隊長――大久保の低い声が響いた。


「セキュリティは組みなおしたんだろ? 特定はゆっくりでいい。ムリするな」

 慰めのつもりなのだろう。

 だが、その言い方は相変わらず軍隊口調で、全く柔らかくない。


「もう、隊長が言うとパワハラ口調ですわよ?」

 すかさず、葵が頬をふくらませ、甘くたしなめる。

「SSSのセキュリティは、マスターロックの自信作ですのよ? ね、薫ちゃん?」

 薫の隣で、パワハラを受けた部下を慰めるように微笑む葵。


「――この都市を閉ざす鍵は、すべてこの手の中にありますのよ? ねぇ、薫ちゃん?」

 その言葉に、まるで別の意味を含ませるように薫の手を取る。

 宝石のように扱うその仕草に、由真は思わず息をのんだ。


 これは、何かが始まる――そんな予感がした。

 鼻息荒く拳を握る由真と、「また始まった」と苦笑する会議室の面々。

 ただ一人、カズマだけが訳も分からず、きょとんとしていた。


 ――この都市の『鍵』をめぐる争いが、静かに動き出していた。


お読みいただきありがとうございました。

次回はプロッフェショナルジョーカーの普通過ぎる姿をお送りいたします。

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