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救急車の中の“三月”――霧が晴れた湾岸で明かされる双子の秘密と、解き放たれた感情

前回のお話はーー

湾岸で始まった異能者たちの追走戦。岩や植物の攻撃が飛び交う中、触れたはずの力が“消える”異常が発生する。混乱の末、霧の中に謎の青年の気配だけが残された。

 霧が一瞬で晴れた瞬間、五月の前に救急車の姿が見えた。


 五月の瞳が、その姿をとらえると、エンジンが吠えた。

 バイクが跳ねるように加速し、救急車の横へと並びつく。

 ブレーキが悲鳴を上げると同時に、五月は迷いなく飛び降りた。

 ヘルメットを放り投げ、足が勝手に走り出す。


「……三月!」


 震える声で名を呼びながら、救急車の扉へ手を伸ばす。

 勢いのまま、扉を――開けた。


 その中を見た瞬間。

 張り詰めていた糸が、ぷつりと切れた。


「み、三月……」


 声がかすれる。

 力が抜けたように、その場に膝をついた。

 もう、立っていられなかった。


「カズマくん、あそこ!」

 由真が指さした前方には、道の真ん中に救急車が停まっていた。


 道路にぽつんと停まった救急車と投げ捨てられたような五月のバイク。

 その異様な光景に、カズマと由真は息をのんだ。


 警戒しながらクラウンを降りた二人は、救急車に近付く。

 中に見えたのは、ストレッチャーの前に座り込む五月の後ろ姿。

 安心しているようにも、絶望しているようにも見える。

 どちらなのか――二人には分からなかった。


「はいはーい! お疲れ様でしたぁー!」

 突然、救急車の中から明るい声。

 五月が勢いよく立ち上がる。

 だが、その口調は、明らかに『五月』じゃなかった。


「はじめましてってカンジ? あれ? 違うな? んー……ま、いっか! 体ははじめましてだよ? ミツキでーす! イツキとは双子なの!」


 ――三月、降臨。


 あまりの展開に、カズマも由真も頭が追いつかない。

 思考が止まりかけたその時、遠くからエンジン音が轟いた。


 青の180SXが猛スピードで近づいてくる。

 ドリフトでタイヤが悲鳴を上げ、砂煙を上げて停まる。


「無事かっ!?」

 運転席から転がるように簗瀬が飛び出す。


「よ、簗瀬ぇ! ご苦労っ!」

 満面の笑みで手を振るミツキに、簗瀬は一瞬、言葉を失う。

 状況を察した彼は、カズマと由真の視線を受け止めて静かに頷いた。


「ま、ミツキ、生きてる、って思うよ? 多分ね」

 簗瀬は三月の頭をぽんっと軽く叩くと、そのまま救急車の中へ。


 カズマと由真は、なぜか足が動かなかった。

 中に入ってはいけない――本能的にそう感じた。


「二人とも、大丈夫?」

「てか、なんでこんなとこ来ちゃったワケ?」


 後方から幸太と陸が駆け寄る。

 二人の呆然とした様子を見て、状況説明は無理だと悟る。


「幸太! 俺、救急車運転してく。こいつら、頼めるか?」

「三月は?」

「大丈夫だよ。コイツは一緒に乗せてくから!」


 簗瀬に襟首をつかまれた三月は、子猫のようにバタバタ暴れる。

 その元気な様子に、幸太も陸も思わず笑った。


「うわぁぁぁぁぁぁぁ! 病院やだぁぁぁぁぁぁぁ! 離せぇぇぇぇぇぇ!」

 元気そのもののミツキを助手席に押し込んで、簗瀬の救急車は走り去る。


 そのテールランプが遠ざかり、やがて見えなくなった頃――

 ようやく、カズマと由真が再起動する。


「……あ、あの……幸太さん?」

「帰ろっか!」

 由真の問いを、幸太は穏やかな笑みで遮った。


 でも、なぜだろう。

 このまま黙っていたら、何かを見失いそうな気がした。


「教えてくれよ!」

 カズマが一歩踏み出す。

「姫川と――ミツキのこと。オレ、ちゃんと知りたい。お願いします!」


 夕日のオレンジが水平線に落ちる。

 光に照らされたカズマの表情は、真っ直ぐで強い。


 その顔を見て、幸太は悟る――もう、うやむやにはできない、と。


 夜の病院の待合室は誰もいない。

 白い光に包まれた静かな空間で、カズマと由真は幸太に事情を聞かれていた。


 分からないことばかりで、今話せることはほとんどない。

 それでも幸太は焦らず、二人の混乱を少しずつ解きほぐすように言葉をかけてくる。


 今回の事件は――公にはできない。

「ガッツリここは任せてください!」

 自信満々に笑った陸に後処理を任せたが、少しだけ不安が残る。

 それでも、幸太は二人を安全な場所へ連れてきた。


「ついて来い」

 落ち着いたころ、呼びに来た簗瀬の背を追う。

 案内されたのは、一般病棟とは違う静まり返った特別病室だった。


 ドアが開く。

 中に入るよう促され、二人は足を踏み入れる。


 薄暗い部屋。

 無機質な白に包まれた空間には、最低限のものしかない。

 ベッドに横たわる人物と、横に椅子に座る小さな背中。


 ――五月か、それとも三月か。

 後ろ姿では、区別がつかない。


「……眠ってるだけ、なんだって……」


 かすれた声。

 その話し方で、三月だと分かった。

 けれど、何を言えばいいのか分からず、カズマも由真も黙り込む。


 三月は、ベッドの上の眠る顔を見つめたまま、小さく息を吸い込んだ。

「いつ目が覚めるかわからないんだって……」

 かすれる声。

「明日かもしれないし、ずっと起きないかもしれないって……」


 握った手が、震えている。

 その指先が、シーツの上で何度も小さく動いた。


「ミツキとイツキはね……双子なの」

 一拍、言葉が止まる。

「地震でママが死んで、ミツキだけが能力者になっちゃった」

 それでも、言わなきゃというように、唇が震える。


「ミツキが、施設に送られて……パパとイツキが迎えに来てくれた。嬉しかったのに……パパが撃たれた。そこからは覚えていない――目が覚めたら、イツキの中だった」

 淡々と告げたその言葉のあと、短い沈黙。


「……先生にも、どうにもできないって」


 その横顔には、涙の気配すらなかった。

 けれど、言葉よりもずっと冷たく、痛みが滲んでいた。


 ガタン――。


 椅子が転がる音。

 三月が立ち上がり、そのままカズマと由真に抱きつく。


「ありがとう。ミツキを助けてくれて。……死んじゃったら、イツキが悲しむから」


 その言葉が、カズマの胸を逆なでした。

 押さえていた感情が、一気にあふれ出す。


「それじゃ……姫川以外は悲しまないみたいだな!」

 声にした瞬間、もう止まらなかった。

 悲しみ、悔しさ、情けなさ――いろんな感情が、渦になって暴れ出す。


「みんな、ミツキのこと……! 姫川だけじゃないだろ!? いるだろ、ミツキがいなくなったら悲しいヤツ!」

 一度表に出てしまった感情は止まらない。

「なんで、分かんないんだよッ!」

「三月は、私の親友だもの! 悲しいに決まってるじゃない!」

 由真は泣きそうな顔で、それでも真っすぐに三月を見つめた。


「カズマ、由真……?」

 自分に向けられた感情が、三月には分からなかった。


「誰かのための『ありがとう』じゃない。三月の『ありがとう』が聞きたい。だから、そんな悲しいこと言わないで。ね?」


 由真の優しい言葉に、三月は言葉を失う。

 困ったようにカズマを見ると、カズマは照れながらもうなずいた。


 二人の顔を交互に見て――また、見て。

 目が合うたび、胸の奥が熱くなる。


 気づけば、世界がかすんで見えていた。

 絶望の奥に押し込めていた『願い』が、ゆっくりと溶け出していく。


 もう一度……もう一度だけ。


「カズマぁ……ゆまぁ……うわぁぁぁぁぁん!」


 子どものように、三月は大声で泣き出した。

 由真も一緒に泣きながら、その背中を優しく抱きしめる。


 カズマは唇を噛みしめた。

 泣きたかったけど、泣けなかった。

 年頃の男としてのプライドが、ほんの少し邪魔をした。


 ――静かな特別病室の廊下に、三月の泣き声が響き渡る。


 その声を、廊下の外で簗瀬と幸太が聞いていた。

 目が合ったが、すぐにそらす。


 あの日から今日まで、長い時間を一緒に過ごしてきたのに、二人が三月の『泣き声』を聞いたのはこれが初めてだった。


 幼い頃の五月は泣いていたのに、三月はどんな時も泣かなかった。

 小さな身体で、どんな痛みも笑ってごまかしてきた。


 それが痛々しくて――大人たちは、見て見ぬふりをした。


 簗瀬はいたたまれず、火をつけない煙草をくわえて天井を仰ぐ。

 幸太はただ黙って、その泣き声を聞いていた。


 それは、悲しみの涙じゃない。

 まるで――新しい命の『産声』のようだった。


 二人の大人は、言葉にできないほどの幸福感を、胸の奥で噛みしめていた。


お読みいただきありがとうございました。

次回はプロッフェショナルジョーカーからの東京支部に呼び出しされます。

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