表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

33/34

岩と植物が飛び交う湾岸追走戦――消えた異能と、霧の向こうに残された気配

前回のお話はーー

偽医師に扮した男たちが、特別病棟から三月を連れ去った。

異変に気づいた五月は救急車を追走し、巻き込まれたカズマと由真も湾岸線へ――静かな疾走が、事件の幕を開ける。

 容赦なく、暴走車たちが煽りや幅寄せを繰り返してくる。

 だが――攻撃してくるわけでもない。

 それが、逆に気持ち悪かった。


 逃げ続けるうちに、スピードはどんどん上がっていく。


 危険な嫌がらせの暴走行為。

 カズマはアクセルを踏み続け、ハンドルを切り、わずかな隙間を探った。


 由真は、初めて体験する速度の域に放り込まれていた。


 幅寄せされ、壁やスポーツカーが、真横すれすれまで迫る。


 息が詰まる。


 そのギリギリ感。

 その恐怖。


 ――これが、『現場』という世界。


 怖い。

 その感情が、自分のすべてを縛りつけようとしていた。


「ふざけるな!」

 視線を前に向けたまま、カズマが吐き捨てる。


 次の瞬間――

 路面が弾けた。

 コンクリートの裂け目から、岩の礫が弾丸のように飛び散る。


「くそっ!」

 五月は即座にハンドルを切った。

 バイクを滑らせ、跳ね上がる岩の隙間へと突っ込む。


 ――それを、楽しそうに眺めている者がいる。


 SUVの運転席で、雪兎(ユキト)はハンドルをくるりと回す。

「いい調子ですよー、野岩氏。さすが、土属性だけありますなぁ!」

 ピンクの髪が、フロントガラス越しにきらめいた。

 軽口とは裏腹に、その操作は正確だった。

 体を粒子のように散らせる彼は、車と一体化するような操縦を得意としている。


「当てないように調節って、難しいんだよぉ……」

 助手席の野岩(ヤガン)が、髪をくしゃっとかき上げる。

 声は弱々しく、額にはうっすら汗。


 それでも、その手は確かに地面を震わせていた。


「ていねいな攻撃! 土属性の得意とするところではないですか?」

「無理言うなよぉ。オレ、攻撃型じゃないんだってばぁ……」


 泣き言めいた野岩の声を、雪兎は笑って聞き流す。

 楽しそうに。

 まるで、ただのドライブでもしているかのように。


 次の瞬間、路面が跳ねた。

 土砂が盛り上がり、弾丸のようにクラウンへ飛ぶ。


「ほら、やればできるじゃないですかー!」

「できてるけど怖いんだよぉ!」


 左車線のスポーツカーの助手席で、

 夜の光を映したような黒髪の碧葉(アオバ)が小さくつぶやく。


「右」

 その声は、夜の静寂よりも静かだった。


「はいよ!」

 運転席には、彫刻のようなはっきりとした顔立ちに、金色の髪が輝くエル。

 二メートル近い長身がシートに収まらず、膝がつかえるほどだ。

 ハンドルを握ることはない。

 エルが顎を傾けるだけで、車体が応じて右へと滑る。


「動きが雑」

「その方が早いだろ?」

「いつか壊れる」

「そしたら次があるじゃん」


 軽口に、碧葉は何も返さない。

 代わりに、窓の外へ指先を伸ばした。


 風が逆巻き道路脇のツルが一斉にうねり出す。

 そのオッドアイだけが、静かに前方を捉えていた。


「ツルが動いてるわ!」

 由真の叫びと同時に、ツルが前方のバイクへと襲いかかった。


 植物が、バイクを狙う。

 信じがたい光景に、カズマも由真も言葉を失う。


 それでも――五月は、紙一重でかわした。


 無事だった。

 その事実に、息をつく間もなく。


 次の瞬間。

 炎のような排気音を響かせ、ハーレーがクラインに並走してくる。

 クラウンの目前で前輪を浮かせ、蛇行しながら、挑発するように走った。


 フルフェイスのヘルメットで顔は見えないが、岩のように厚い肩と腕。

 ハンドルを握るたび、筋肉が、バイクごと唸りを上げる。


「お、出た出た。(レツ)じゃん!」

 スポーツカーの運転席で、エルが楽しそうに笑った。

「やっぱアイツ、登場の仕方が爆発してんな!」


 助手席の碧葉が、ちらりと横目を送る。

「……派手すぎる」

 その言葉が終わるより早く。


 ハーレーの後輪が火花を散らし、アスファルトが破裂音を上げた。

 攻撃が止まらない。


 岩。

 植物。


 まるで、生き物の中を突っ走っているようだった。


 カズマの額に、汗がにじむ。


 ハーレーの横をすり抜けた五月のバイクを追って、ツタが伸びた。

 五月は身体をひねる。


 紙一重。

 ギリギリでかわす。

 だが、ツタは止まらない。

 そのまま勢いを保ち、後方へと流れていく。


 進路の先には――クラウン。


「――っ!」


 ブレーキを踏む暇もない。

 ツタが、運転席へ迫る。


「止まれッ!」

 ツタに向けた、碧葉の命令。

 だが、この速度だ。

 急には止まれない。


 迫るツタを、カズマはただ見つめることしかできなかった。


 次の瞬間。

 視界を、光が裂いた。


 ――消えた。


 フロントガラスの手前で、

 ツタが粒子のようにほどけていく。


 渦に吸い込まれるように、跡形もなく。


 まるで、『存在ごと削り取られた』かのように。


 風が止む。

 世界が一瞬、息を潜めた気がした。


「な、なに……これ……?」


 由真の声が、震えた。

 カズマはハンドルを握ったまま、動けない。


 気づけば、車はかろうじて直進を保っていた。


 何が起きたのか。

 分からない。


 説明できる言葉も、浮かばない。

 ただ――ありえない何かが、たしかに、そこにあった。


 ノーザンクロスのSUV。

 野岩が、目を見開いた。

「……消えた?」


 隣で、雪兎も息を呑む。

 ハンドルが重くなり、車体がわずかにぶれた。


「消えたな! な、消えたよな!」


 後方のスポーツカーから、エルの弾んだ声が飛ぶ。


 碧葉が、露骨に顔をしかめた。

「……うるさい」

「何が起きてるんだー! ってカンジ?」

 茶化すエルに、碧葉は答えない。


 誰も、理解できなかった。


 張りつめた空気の中、道路の上を車だけが静かに流れていた。

 追う者と追われる者。

 距離を保ったまま、車列は走り続けていた。


 やがて――視界の先に、アクアラインの入口が現れる。


 全車が、そのまま吸い込まれるようにカーブへ入っていった。


 海の上を通るアクアライン。

 かつては、神奈川と千葉を結ぶ海上道路だった。

 その途中には、東京湾に浮かぶパーキングエリア――『海ほたる』がある。

 展望景色やレストランを備え、地震前は観光施設としても賑わっていた場所だ。


 しかし――大地震によって崩壊。

 現在は、安全性を理由に閉鎖され、人の立ち入らない場所となっている。


 大きなカーブを抜けると、海上道路は一直線になった。


 SUVとスポーツカーが、カズマのクラウンの横を通り過ぎる。

 二台はそのまま、五月のバイクさえ追い抜いた。

 そして――ハーレーと合流し、壁のように横一列に並ぶ。


 しばらく、前方を塞ぐように走っていたが、次の瞬間、急に速度を上げた。


 外が、白く染まる。


 霧だ。


 視界が、急速に奪われていく。

 音が消えた。

 風も、エンジン音も、すべてが薄い膜の向こうへ沈んでいく。


「この霧じゃ……何も見えない……」


 由真は平気なふりをしようとした。

 だが、声は揺れて不安は隠しきれない。


 海上道路とはいえ、一瞬で視界を奪うほどの濃霧は異常だ。


 危険だ――

 そう判断し、カズマはクラウンを停止させる。


 だが。

 すぐ前にいたはずのバイクの音が、消えていた。


 何も聞こえない。


 風もない。

 波の音さえ、しない。


 不気味な静寂が、

 胸の奥をざわつかせた。


「……どうにもなんないのかよッ!」


 叫んだ、その瞬間。


 霧が――破裂するように、晴れた。


 突風が吹いたかのように、霧は一瞬で引いていく。


 その残滓の中。

 海上の非常帯に、ひとりの男が立っていた。

 白い霧をまとったまま、黒髪は水に濡れたように艶やかに光る。

 長い睫毛の奥。

 その瞳は、深い湖のように静かだった。

 指先には、まだ水の粒が踊っている。


「……消された?」


 雅な声が、風に溶ける。

 水月(スイゲツ)は自分の手を見つめ、残った霧の香りを、指で静かに払った。


お読みいただきありがとうございました。

次回は三月の真実が明らかになります。

更新→来週更新予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ