表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

32/34

救急車を追え――特別病棟から始まる“静かな疾走”

前回のお話はーー

アンダー東京で再会した大人たちの過去と想いを知り、少年カズマは自分の未熟さを痛感する。届かない背中を前に、それでも彼はハンドルを握り、夜明けへ走り出す。

 午後三時過ぎ。

 特別病棟の廊下は、ひっそりと静まり返っている。


 その廊下に、場違いな男がひとり立っていた。


 氷のように冷たい瞳。

 白衣に身を包んだ|翔夢(とむ)は、ナースステーションの前で、ゆっくりと唇を歪める。


「柊先生、午後からじゃなかったんですか?」

 ナースステーションの奥から、看護師が声をかける。


「予定が変わりましてね。これから……」


 柔らかく微笑む。

 その奥で、瞳がひときわ強く光を弾いた。


 幻覚が、静かに広がっていく。


 看護師たちは、夢を見ているかのように、素直に頷いた。


 搬送用の救急出入り口前。

 病院専用の救急車が、すでに待機している。


 ストレッチャーを押す看護師の足取りに、迷いはなかった。

『柊先生』が通ると、警備員もまた、当然のように敬礼した。

 疑う理由など、誰にもなかった。


「検査センターへ搬送します。書類はあとでまとめますので」

「はい、柊先生」

 ストレッチャーを乗せた看護師が深く頭を下げ、病院内に戻って行く。


 扉が閉まる瞬間――。


 男の笑みが消えた。

 髪を掻き上げ、ネクタイを乱暴に緩める。


「……バレてないね」

 光を跳ね返す冷たい瞳で、救急車の助手席のドアを開ける。


「さすが、バレてないね!」

 運転席でハンドルを握る(そう)は、救急車の運転手としては軽装すぎるパーカーで翔夢を迎える。


「ネコによると、柊先生って、けっこうイケメンらしいよ?」

「オレがブサイクに見られるとかありえない! 絶対イヤ!」


 その整った顔に、露骨な嫌悪を浮かべる翔夢。

 助手席に乗り込むと、奏はわずかに笑って答えた。


「幻影なんだからいいじゃない。翔夢は誰よりも美しいよ」

「当然でしょ! 次は?」


 軽口を交わす二人の間で、ホログラムが立ち上がる。

 奏の指先が光をなぞるたび、データの層が静かに切り替わっていく。


「ふふ、まかせて」


 穏やかな表情だが、その奥にどこか計算された余裕が見えた。

 その横顔は、まるで冷たいガラス越しの知性――。

 通信回線の隙間に入り込み、病院スタッフの声色を再現する。

 完璧に調律された、嘘の音声。


『三月さんが、いなくなりました』

 わずか一言で、車内モニターの地図上の点が動き出した。


 放課後の校門前。

 約束の時間になっても、五月は現れない。


 式典が近づくにつれて、会議や準備で中央に通う日々が続いている。

 放課後から始まり、夜遅くまで及ぶことも珍しくない。


「姫川君、遅いなぁ……?」


 やる気はなくても、五月は今まで一度も遅れたことがない。

 それだけに、胸の奥がざわついた。


 その時――。

 ジヲオォォォォォォォン、と空気を切り裂くようなエンジン音が近づく。

 と思った瞬間、横をバイクが駆け抜けていった。


「今のって……?」

「姫川君? カズマ君、追って!」


 言われるがまま、カズマはクラウンに飛び乗り走り出す。

「やっぱり、姫川くんのバイクよね?」

 前を走る五月のバイクは、車と車の間を滑り抜けていく。

 少しでも気を抜けば見失いそうな速さだ。

 信号を無視して突っ込むような走りに、ただ事ではないと悟る。

 さすがに同じことはできず、カズマは距離を取るが、バイクを見失ってしまう。


「どこ行ったんだ……」

 焦る気持ちを抑え、二人はバイクの進んだ方向をゆっくりと探していく。


「カズマ君! あれっ!」

 由真が指さした先。

 大きな建物の前に、五月のバイクが停まっていた。


「ここ……病院よ?」

 SSS中央病院。

 特区内で唯一の医療機関であり、大学病院並みの巨大施設だ。

 棟が分かれ、一般病棟と特別病棟は離れた位置に配置されている。


 嫌な予感が、静かに背筋を這い上がる。


 何かあったから病院なのか?

 二人は病院前で不安募らせながら迷っていた。

 闇雲に探すより、ここで五月を待つべきなのか?


 その時、救急車が猛スピードで通り過ぎる。

 けれど、どこかがおかしい。

 二人は顔を見合わせて首を傾げる。


 サイレンが――鳴っていない。


「音だ!」


 二人は同時に気づいた。

 緊急車両のスピードなのに、音がない。

 その違和感を飲み込む間もなく――。

 五月が、血相を変えて走ってきた。


「あ、ちょっと、姫川君! 会議おく――」

「うるせぇッ!」

 怒鳴りつけるように叫ぶと、由真を押しのけてバイクに跨がりそのまま走り去った。


 何かが起きている。

 カズマは直感でそう確信した。


「な、なんなのよ! あれっ!」

 由真が悔しそうに唇を噛む。

 お嬢様らしからぬ怒りが、その顔に宿る。


「カズマ君! 行くわよ! 文句言ってやる!」

 いつもは後部座席に座る由真が、この時ばかりは助手席に乗り込んだ。

 慌ててカズマも運転席に乗り込み、クラウンEVは走り出した。


 単調に続く直線道路の先、イツキのバイクはすぐに見つかった。

 その前を、赤色灯もサイレンも鳴らさず、異様な速度で走る救急車が走る。


「あの救急車、やっぱり変よ!」


 五月が追っているのは、間違いなくあの救急車だ。

 特区SSSを横断する高速湾岸線は、非常時以外では閉鎖されている。

 外部と繋がる道路は厳重に扉で封鎖し、他の進入を防ぐのがSSSの自己防衛だ。

 通行は完全に遮断しているはずだった。


 それなのに――。

 本来なら、特区の端にある東八潮ゲートで止められるはずだったのに、救急車は有明ジャンクションから湾岸線に入った。

 その後を、バイクとクラウンEVが迷いなく追いかけていく。


 緊急時以外には開かないはずの扉が開いていた。


 胸の奥に、ひやりとした違和感が広がる。

 静かに、不安だけが形を持ちはじめていた。


 トンネルを抜けると、静かな三車線が広がった。

 他に車のいない道は、かえって落ち着かない。

 耳の奥で、何かがざわめく。


 その瞬間――。

 聞き覚えのあるエンジン音に、カズマの意識が鋭く跳ねた。

 SUVとスポーツカーが後方から迫ってくる。


「あれって……SSSの? やっぱり事件とか?」


 この時代、スポーツカーを堂々と走らせるのはSSS関係者くらいだ。

 だが、そこから伝わるのは明確な敵意。

 視線をロックオンされた獲物のような、圧迫感が車内を満たす。


 本来なら、SSS所有車には社章のマークがあるはず。

 それなのに、窓はスモークで覆われ、内部がまったく見えない。

 どちらも車種の分からないような改造車。

 カズマは露骨な敵意を感じる。


「少し運転、荒くなる。捕まってろ」

 乾いたエンジン音が、電動車ばかりの時代に異様なほど響いた。

 カズマのハンドルを握る手に力がこもる。


「もー、ナニがどうなっているのよー。ワケ分かんない!」

 由真が叫ぶように、相手の目的が分からなければ手出しが出来ない。


 五月も後方の車に気づき、バイクは唸りながらスピードを加速させた。


お読みいただきありがとうございました。

次回は車と超能力バトルが始まります。

更新→来週更新予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ