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届かない背中、それでもカズマは走り出す!

前回のお話はーー

首都高での激走の果て、簗瀬は裕一と決着をつける。夜明けの工場で小夏と再会し、失われた時間が静かに繋がる中、カズマにも温かな安堵が戻っていく。

「完全にエンジン、逝ってるなぁ……乗せ替えだな。セッティングも古い! ココの連中だって、こいつより新しいぞ? 芹華がいるだろ、芹華が!」

 シルビアのボンネットに頭を突っ込みながら、裕一はあちこち文句をつける。

 エンジンの匂いもセッティングも、あの頃と何一つ変わっていなかった

 ひとつひとつ確認しながら、胸の奥がじんわりと熱くなる。


「芹華ちゃんに頼んだら、どんな化け物にされるか分かんねぇぞ!」


 顔を見合わせた二人が、真顔で止まる。

 同じことを、想像したのだろう。


「それにコイツは、ずっとお前だけに任せてんだ!」


 言ってから、簗瀬は気づいた。

 急に、胸の奥がむず痒くなる。


 ……やべ。


 裕一は、何も言わずに視線を外した。

 気を取り直すように、再びボンネットに頭を突っ込む。


「……ココだけ、時間が止まったみたいだな」


 ぽつり、と零れた独り言。

 気持ちが緩むと、口も勝手に緩んでしまう。


「お前が止めたんだろが! いいから直せ! 造り替えろ! パワーアップしろ!」


 簗瀬の要求に、裕一は小さく息を吐く。

 子供の頃から、何も変わっていない。


「――そのために、お前をずっと探してたんだからなッ!」


 まっすぐな本音を、悪態で塗り潰す。

 何一つ成長していない幼馴染み。

 ……まったく。

 相変わらず、素直じゃない。


 久しぶりの再会。

 懐かしいはずなのに、どこか居心地が悪い。

 裕一のエンジンをいじる音が静かな工場に響く。

 簗瀬はまだ寝ているカズマに、そっとタオルケットを掛けなおす。

 そして、ふらりと工場を見回した。


 少しは変わった……のか?

 いや、ほとんど変わってないな。

 地震なんてなかったかのように、そこには『昔のまま』があった。


「変わったのは看板か? 『西島自動車工場』って、じいちゃん?」

「そう、じいちゃんがトップ! 現役バリバリだぞ」


 裕一の祖父――元メカニックの職人。

 アンダーに沈んでからは、車の修理工場としてココを支えてきた。


「なるほどな。こいつの運転、ソックリだよ。……どうりで腹立つわけだ」

「勘はいいし、教えたことをすぐ超えてくる。たいしたヤツだよ」

「……お前、親バカになってんじゃねぇか」


 簗瀬は、すやすや眠るカズマを見下ろした。

 理由は分からないが、ムカついて……ソファの足を軽く蹴ってやる。


 その様子を目撃した裕一が、にやりと笑った。

 簗瀬は慌てて咳払いし、話題を変える。


「……ところで、あれ。首都高。俺たちの全盛期と同じ光景だった。……アレもお前の仕込みか?」


 裕一は答えず、積み上げたタイヤに腰を下ろした。

 しばしの沈黙。

 何から話すべきか、迷っているようだった。


「ココには娯楽が少ない。若い連中ばかりだし……走るしか、捌け口がねぇんだよ」

「……」

「お前、生徒の辞めた『その後』……考えたことあるか?」

「ッ……!」


 その言葉が、胸を抉った。

 簗瀬は、息を呑む。

 滅茶苦茶になった世界で、ただ前を向くことしかできなかった。

 そんな余裕なんて、なかった。


「責めているわけじゃない。お前は正しいよ。俺だって、同じ立場ならそうしていた」


 震災孤児や、能力を持つ子どもたち。

 最初は数十人の学校が、今や大所帯になった。

 人が増えれば、仕事も増える。

 ――気づけば、取りこぼしていたものがあった。


「養成校に来るのは、希望者ばかりじゃない。力のせいで故郷を追い出された奴らも多い。……ここは、そういう『居場所を失った子』の受け入れ先でもある」


 二人の間の、空気が重くなった。


「俺……教師、失格だな……」

 うなだれた簗瀬の背中を、裕一の蹴りが直撃した。


「いてぇっ! 何すんだよ!」

「だから、お前に『上』を任せたんだよ。突っ走って引っ張るお前だから、生徒も真っすぐ育つ」


 褒めているのか、貶しているのか分からない言い方。

 けれど、不思議と胸の中が軽くなる。


「こぼれたモノは、俺が拾う。お前は上、俺は下。場所が違っても、やっていることは同じだろ?」


 簗瀬の胸にあった『棘』が、ストンと落ちた。

 やっぱり――この男には敵わない。


「上に来る気はねぇのか? みんな、会いたがってる。幸太も、ずっと探してる」

「……幸太、今じゃトップチームのリーダーだってな?」

「ああ。お前の弟子、すげぇよ」


 その名前に、カズマの意識がふっと浮上した。

 寝たふりをしているが、二人の声は耳に届いている。


「俺の居場所が分かったら、幸太はココに来るだろうな」


 寂しそうにそう言うと、裕一は煙草に火を点ける。

 その火を横から奪うように、簗瀬も煙草を銜える。

 二人分の煙が、ゆっくりと上に昇っていく。

 その先には、『上』の世界がある。

 届かない距離が、白い煙の線で静かに浮かび上がった。


「ま、言うだろうな。アイツ、お前に憧れてるし」


 裕一は思い出す。

 八歳の幸太と、少しだけ一緒に過ごした日々。

 そして震災後、成長した幸太に180SXを託したあの日。

 自分の手で突き放したことを、今でも間違ってはいないと思う。


「アイツには、こんな暗闇じゃなくて……光の中で、ヒーローでいてほしいんだ」


 その言葉を、カズマは聞いている。

 幸太が語っていた『憧れの人』。

 ――やっぱりな。

 なんとなく、そう思っていた。

 小さく息を吐いたその瞬間。


 バサッ。


 掛けられていたタオルケットが、乱暴に剥がされた。


「起きてるよなぁ? カズマ」

「うるせぇな! 起きてるよ!」


 ビクリと体を起こし、顔をしかめる。

 ニタニタ笑う二人が、並んでいた。

 気持ち悪いくらい、そっくりだ!


 ――それから、数時間。

 シルビアを前にした裕一と簗瀬はまるで子供だ。


「そこ違ぇって!」

「うるせぇ、お前より詳しいわ!」


 夢中になって言い合う二人を、カズマはぼんやり眺めていた。

 大人なんだか、子供なんだか……。


 そんな光景を見ているうちに、外の風が変わっていく。

 シャッターの隙間から差し込む光が傾き、床を長い影が横切った。


 昼の静けさが、夜のざわめきへと変わっていく。


 小夏が張り切って用意した再会の席は、明るい笑い声で満ちていた。

 炭の匂いが漂う庭で、肉が焼ける音が弾む。

 懐かしい話が次々と飛び出し、馬鹿みたいに笑って、泣いて、肩を叩き合って。


 泣きながら笑い合う簗瀬とアンダーの仲間たち。


 それを見て、カズマは少しだけ不思議な気持ちになる。

 そこには、昨日今日の仲じゃない。

 積み重ねてきた時間が、確かに、そこにある気がした


「いい? あんたの倍生きてる人間と、同じになろうとすんじゃないわよ」

 カズマの顔を覗きこみ、でこピンをかますチェリー。


「いってぇな! 少しは手加減しろよ!」

「ペラペラだって、いつか図太くなるの。生きてりゃ、勝手にそうなるもんなのよ」


 言葉の意味を噛みしめるように、カズマは静かに頷いた。


 わかってる。

 わかってるけど――。

 自分にはまだ……届かない背中がある。


 夜風に少し酔いを冷まされながら、アンダーを後にした。

 飲みすぎた簗瀬は助手席に沈み、カズマがハンドルを握る。


「……で、結局オレが運転かよ」

「当たり前だろ。飲んじまったんだから。俺はシルビア以外乗らねぇの」

 エンジンブローしたシルビアは裕一が直すことになっている。

 古い代車は上では目立ちそうだ……。


「教官、オレの運転嫌いじゃなかったっけ?」

「嫌いだよ。でも、他にいねぇから我慢してやるよ」

 軽口のはずなのに、胸の奥が少し温かい。


 ハンドルを握る手が、いつもより落ち着いていた。

 簗瀬の寝息が、エンジン音に混ざって静かに響いている。


 闇のようだったアンダーを抜け東雲ゲートを抜けると、東の空が茜色に染まる。

 その色がゆっくりと広がって都市の輪郭が見えてくる。

 胸の中のモヤモヤも、少しずつ薄れていく気がした。


 オレ、まだまだ……だなぁ。

 誰かの背中を見て、焦って、悔しくて。

 それでも、目を逸らせない。


 夜が明ける。


 ……ま、いっか!

 小さく笑い、アクセルを踏み込む。


 闇の中で見失いかけた自分を、ほんの少しだけ取り戻した気がした。


お読みいただきありがとうございました。

次回から三月誘拐編が始まります!

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