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首都高バトル決着――小夏との再会。失われた時間が動き出す

前回のお話は――

強制送還されたカズマは、小夏から十年前の地震とアンダーの真実を知る。夜の工場で裕一は封じていた赤いシルビアをカズマに示す。

 ――その頃。


 特区SSSの東側に位置する『東雲』は、一族の土地らしく静かな区域だ。

 湾岸線はゲートで閉ざされ、その先は途切れている。

 その断ち切られた一角に、ひっそりと『それ』はあった。


 暗闇に紛れる無機質な小さな扉。

 冴子にもらったIDキーをかざし、簗瀬はゲートを開けた。


 久しぶりの首都高。

 街灯ひとつない闇の道を、かつての記憶と重ねながら走る。

 深海のような静寂。

 ハンドルの先には『あの頃の道』があった。

 それなのに、胸の奥だけがざわついていた。


 環状線に入った瞬間、視界の端を、何かが光の尾を引いて通り過ぎた。

 速い。信じられない速度。

「……抜かれた?」

 遠ざかるテールランプに、心臓が跳ねる。


 前にはスポーツカーが何台も走っていた。

 まるで、あの夜の首都高が蘇ったみたいだ。


 懐かしさが込み上げる。

 バイトして、稼いだ金は全部車につぎ込んだ。

 馬鹿みたいに走って、それでも笑ってた。

 どんな夜にも、あいつがいた。


 ――あの日までは。

 そう、思っていた。


 だが今、目の前にある。


 赤い閃光。

 あれは……!


 炎の赤。

 対をなす、氷の青。


 『女神の比翼』。


 胸の奥に沈んでいた名が、強く引きずり出される。


 簗瀬の青いシルビアが、鼓動するように唸った。

 幻じゃない。

 ――本物だ!!


「今のって……!」

 視界に入ったのは一瞬。

 カズマは息を飲んだ。


 ハンドルを握る裕一の顔に、光が走る。


 次の瞬間、青いシルビアが赤い光を追う。


「教官?!」

「カズマ! 本気の勝負、見せてやるよ!」


 エンジンが咆哮する。

 空気が裂ける。

 カズマの身体はシートに押し付けられ、視界が流れる。

 恐怖よりも――見たいという衝動のほうが強かった。


 首都高速道路。

 中央にある環状線は円ではなく、四角のように歪な輪。

 直線とコーナーが交互に襲い、橋脚がトンネルを支える。


 二台のシルビアが、光そのものになって駆け抜けた。


 コーナーすれすれのドリフトは、互いのラインが絡み合う

 ぶつからない。絶対に。

 それはもう、戦いというより『会話』だった。


 前と後ろが、何度も入れ替わる。

 どちらも譲らない。


 カズマは揺れを感じない。

 景色だけが狂ったみたいに流れていく。

 横目に見えた裕一の顔。

 あの穏やかな男が――獣みたいに笑っていた。


「アイツ……もう駄目だな。馬鹿に引導、渡してやるよ!」


 ダメ? 引導?

 ちょ、待て。こいつら親友じゃなかったのかよ?!


 青が加速する。

 赤が追う。

 轟音が夜を裂く。


 どれだけ首都高を回ったのか、簗瀬にはもう分からない。

 唸るエンジン。

 弾ける排気。

 ギリギリのコーナー。


 全部――たまらなく好きだった。


 忘れたフリしてただけだ。

 本当は、走りたかった。

 あの頃みたいに。アイツと一緒に。


 鼓動が理性を抜き去る。

 追い詰められ、さらに踏み込む。

 その瞬間――。


 ボンッ!


 爆音。

 シルビアの制御が吹き飛んだ。


 エンジンブロー。

 理解した時には遅かった。

 暴れるハンドル。

 滑る車体。

 スピン。

 速すぎて、抑えきれない。


 バックミラーに映る赤いシルビア。

 このままじゃ――ぶつかる!


 簗瀬は歯を食いしばり、目を閉じた。


 だが、


 衝撃は来ない。

 赤いシルビアが、紙一重で横を抜けた。

 ガードレールを擦りながら失速する青いシルビア。


 ――ぶつからなかった。


「……だよな。……はは、敵わねぇなぁ」


 シートにふんぞり返って、簗瀬は腕で顔を覆った。

 不思議と気分がいい。

 あの頃みたいに、心が熱かった。


 ……少しは余韻に浸りたかったのに。


「シルビアぁぁぁぁぁぁ!!」


 エンジンから白煙が上がる中、うるさい声が近づいてくる。

 どいつもコイツも、ほんと人の気持ちをわかっちゃいねぇ。


「うるせー! なんだよ! 俺じゃねーのかよ!」

「あ、教官も!」


 勢いよくドアを開けて、簗瀬が降りてくる。

 ふざけた態度も、悪態も、いつも通りだ。

 カズマは気づかれないよう、小さく息を吐いた。


「丈夫だねぇ、簗瀬!」

「あーもー! お前、だいっ嫌い!!」


 余裕綽々の裕一が気に入らない。

 ムカついた勢いで、簗瀬は裕一の首に腕を回し、プロレス技をかける。

 少しくらい手加減なしでも、バチは当たらないだろう。

 気が付くと、カズマの姿が見えなくなっていた。

 笑い声が、ふっと途切れる。


「シルビア……」


 しゃがみ込んだカズマが、静かに車体を見つめていた。

 事故後の車は、どうしてこうも寂しく見えるのか。

 その背中に、裕一と簗瀬は顔を見合わせ、カズマを挟んで腰を下ろす。


「壊れたら、また直せばいいんだよ」


 裕一が、ぽんっとカズマの頭に手を置く。


「車は直せる。でも、人の命はそうはいかねぇ。その恐怖を、体張って教えてやったんだ。感謝しろよ」


 簗瀬が笑いながら、裕一の手の上に自分の手を重ねた。


 三人の背中は、月の光に照らされていた。

 少しだけ寂しくて、だけど確かな達成感がそこにあった。



 天気がよさそうな朝。

 なんとなく外に出た小夏は、ふと気づく。


 ――工場のシャッターが、開いている?


 昔はいつも開いていた。

 学生時代、朝の日課は、そこで寝ている裕一を起こすことだった。

 でも最近は、ずっと閉じたままだった。

 閉め忘れ? それとも……。


 胸の奥がざわめきながら、小夏はそっと中を覗く。


 ソファの下の床。

 裕一は床に座ったまま、器用に眠っている。

 その膝を枕にして、カズマが転がるように眠っていた。

 敷かれているのは、申し訳程度のダンボールだけだ。


「おにぃ……」


 思わず声を上げかけて、足が止まる。


 ――ソファの上。

 雑誌を顔に乗せたまま寝ている男が、ひとり。

 見間違えるはずがない。


 息を呑んだ。

 目の奥がじんわり熱くなる。


「ん……んん、小夏?」


 逆光の中に人影を感じて簗瀬は、目を覚ました。

 この時間に、ここに仁王立ちする人物は一人しかいない。

 裕一を気遣う様子はまったくなく、ソファから起き出して小夏の前に立つ。


「ひ、久しぶり……だなぁ?」

 ぎこちない声。

 何を言えばいいのか、わからない。


「し、んじ……お、にぃ……ちゃん……!」


 夢じゃない。

 本物の簗瀬が、そこにいた。

 小夏の頬を、一筋の涙が伝う。

 気持ちが溢れて、足が動く。

 けれど、焦るあまりバランスを崩し――


「小夏っ!」


 簗瀬が駆け寄り、抱きとめた。

 その腕の中に、小さな体がすっぽり収まる。


「あいたかった……あいたかったよ……。もぅ、逢えないと……思ってたのに……」


 泣きじゃくる小夏の背中を、簗瀬は優しく撫でる。

 指先が震えていた。


「……ごめんな……」


 朝日が差し込む工場の中。

 ふたりの影が、ゆっくりとひとつになる。


 裕一は、久しぶりに聞く妹の泣き声に懐かしさを感じていた。

 泣き虫だった妹は、もう何年も人前で泣いていない。

 泣きたい時もあったかもしれないのに、どれ程の我慢をしていたのだろう。


 兄には出来ない事を、他の男が出来るのは……少し悔しい。

 それが幼馴染みとなれば癪に触る!

 それでも、今は寝たフリをしといてやる。


 その膝の上で眠るカズマの耳にも、小夏の泣き声が届く。

 うっすらと目を開けかけた瞬間――、

 手のひらで視界をふさがれた。


「いいから寝てろ」って、意味なのか?


 微かに、簗瀬と小夏の声が聞こえる。


 ――逢えたんだな。


 胸の奥がじんわり温かくなって、

 カズマは再び、穏やかな夢の中へと戻っていった。


お読みいただきありがとうございました。

次回で、軽くカズマ闇落ちアンダー編? 最後となります。

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