生徒会長=ご令嬢=アイドル様?
険悪な雰囲気を一変させたのは、鈴を転がしたような澄んだ声。
高級感あふれる雰囲気をまとう少女は、一目で育ちの良さが窺える。
「し、東雲さん。まさか、車に乗るつもりですか?」
エリート様はいかにも優等生らしく、そのインテリ眼鏡を怪訝そうに押し上げる。
「こんな野蛮ことは、無能力な奴らにお任せください」
あっと言う間に優等生グループはその少女を囲んでしまう。
東雲由真。
SSS幹部の中でも有名な東雲一族の令嬢にしてSSランクの空間移動能力者。
長く美しい黒髪をポニーテールにした姫カットの横顔は、戦国時代の武将のような凛とした強さを放つ。イメージ的には姫。古風な和風美人。しかし、日常生活不向きな白いデザインが過剰すぎる制服を、日本人離れしたモデル体系で着こなしている。
家柄、能力、美貌と全てを兼ね備えた無敵のお嬢様は、誰もが認めるココの頂点に立つ者。
「あなたのような能力の高いSSクラスの能力者には必要ないですよ?」
由真の制服の腕についたワッペン――青い鳥が飛び立つマークが印象的なSSS社章には、星が刺繍されている。
クラスに一人しかいない星2つ。
「こんなスペシャリストランクが何だっていうのッッ!」
清純華憐な憧れの象徴のような由真が声を荒げることは珍しい。
能力測定出来るレベルをA、B、そしてCは無能力者という位置付けになっている。
大半はA、Bで、その上のS、SSランクの超能力者はまだまだ少ない。
ピラミッドの頂点である最高位『SSS』を与えられた能力者は数人しかいないのが現状。
入学してすぐの授業で、このような事ばかり繰り返された十代の頭は洗脳され、『能力こそが全て』になる者が多い。
「SSSとして、人を助けるということに能力の差など関係ありますの?」
その洗練された美しさで強く言い放たれた言葉に、誰も言い返すことはできない。
推しの言葉は絶対だ。
「後方支援をしてくれる方がいるから、超能力者が自由に動けるというものでしょう。同じSSSですもの! 能力なんて関係ないですわ、ね、小早川君?」
その空間のすべての人間がうっとりしながら聞いていたそれは、逃げるタイミングを失っていたカズマの何かに触れた。
能力なんて関係ない?
ここに来る前のカズマにとって、まわりにそういう連中がいることは珍しくなかった。
それが普通の日常。
能力を、自ら公言する者もいなかった。
何も言わないのに、なぜか後ろめたさみたいなものを抱える人たち。
その能力者たちは自分のことをあざ笑いながら言っていた――。
「……バケモノ」
感情の高ぶりは大きく、ポツリと言葉にしてしまった。
「お前ッツ!」
優等生の一人がカズマの胸倉を掴む。
その瞳は心底怒りに満ちている。
「はい、次、さっさと乗れ」
ナニ事もない、ナニも聞いていない、その素振りで簗瀬は中央に入る。
「分かっています? 俺たちは能力者なんですよ? 車の運転なんて、無能力者の仕事でしょ!」
「ヤル気ないヤツ、欠席な」
簗瀬は生徒名簿の出席欄に『休』の文字を書き入れていく。
「ああ、ココ、養成校だから? お前ら生徒だから? 学生生活も評価されんだけどなぁ」
「パワハラだ。無能力なくせにッ」
「車の運転は初歩の初歩。それくらい出来なくて恥ずかしいと思え」
いい加減こっちも言い飽きたとばかりに、簗瀬は相手にする気もない。
三十代後半、当然『超能力』など持ち合わせていない。
能力に溺れた反抗期の馬鹿に軽んじられていることくらい百も承知。
ここの教育システムは暗黙で能力差に偏っているものもある。
そんな教育に納得などしたくは無いが、教師であると同時にSSS実践メンバーである簗瀬は、現場での能力格差は経験から実感している。
だからこそ、胸糞悪い。
死と隣り合わせの現場もあることを知っているからこそ、初歩を疎かにさせる訳にはいかない。
怒りの矛先が簗瀬に移ったことで、自由になったカズマの目に由真の姿がはいる。
うつむき、立ち尽くしているソレは明らかに傷つけた姿だ……。
「やっなちゃーん!」
サーキット場の入り口から、ぶんぶん手を振って大声で叫ぶ人物と、その裏で軽く手を上げて挨拶する2人を確認すると生徒たちの動きが止る。
キラキラ輝く後光が見える美青年というだけで女子たちの黄色い歓声が飛ぶ。
それ以上に、男女問わず生徒たちを見動き出来なくしているのは、憧れの制服。
「え? え? えぇぇぇぇぇ!!!」
「ほ、本物、だよな……?」
2人が近づく程に生徒たちのテンションが上がるが、突然の乱入者は涼しい顔で嵐を巻き起こそうとしていることに気づいていない。
「おぉぉぉぉぉぉぉ! 幸太ぁ! なんていいタイミング」
誰よりも先に、イノシシのごとく突進したのは簗瀬教官。
「あ、授業中スミマセ……」
言いかけた挨拶は、簗瀬の腕に首を閉められ続けられない。
「幸太、アレやるぞ。アレ。付き合え。久々にお前の腕も見たいしなぁ。あぁ、陸、準備ヨロシク」
簗瀬は影山幸太の首を腕で絞めたまま、速足でサーキットを出て行く。
その後ろ姿に大きく手を振り見送ると、大原陸は心底楽しそうに騒然とする生徒たちに向き合った。
「みんなー、ちわっすー。あ、オレ様、有名人?」
その羨望の眼差しを受け、エラそうに赤縁眼鏡をかっこつけて押し上げる。
上機嫌な陸に、由真は一瞬で生徒会長優等生の仮面を被って最高の笑顔を向ける。
「お久しぶりです。お元気そうでなによりですわ。陸さん」
「由真っちぃ。相変わらず可愛いなぁー」
陸は人懐っこい笑顔全開で由真を抱きしめる。
クラス中から悲鳴のような歓喜のような声が上がる。
普通の女子なら失神しそうなこの状況だが、陸の行動に慣れている由真はするりと逃れると辺りを見回す。
「おね……あ、姉は一緒じゃないんですか?」
「今日はオレと幸太さんだけ……」
言いかけた陸は、まわりに聞こえないように声を潜めて由真に囁く。
「やっぱり由真っちもアイツのこと、心配してんの?」
「は? 心配なんてするわけないじゃないですか。姉はなんでも完璧なんですよ? 私の自慢なんですから」
頬を赤らめ誇らしげに胸をはる由真は恋する乙女のようだ。
陸は、あははと乾いた笑いを返しその相手であるチームメイトを思い出す。
なんでも完璧? そうか……妹にはそう見えているのか、あの姉は!
「陸さん?」
「あ、どーもー、大原陸、20歳。ただいま彼女募集中! カワイ子ちゃんたち、立候補してくれると嬉しいなぁ。ヨロシクね」
アイドルお得意の極上スマイル攻撃に、女子から黄色い歓声が飛ぶ。
同じメガネ属性でも、嫌味たっぷりの優等生メガネとは印象が違う。
「所属はプロフェッショナルジョーカー! もちろん! 知ってるよね?」
お読みいただき、ありがとうございます。
一応、ヒロイン(?)登場です。
そしてSSSトップチーム《プロフェッショナル・ジョーカー》も初顔出しです。
中二病横文字、今後も続きます…!
次回更新→明日(8/11) 21:00台に予定です。