優しさが辛い時もある――暴かれるアンダー隠蔽、簗瀬が掴んだ“鍵”
前回のお話はーー
賑やかなケーキビュッフェの裏で、由真と三月の強さに圧倒されるカズマ。なごやかな笑顔の時間、大切な約束を交わす。しかし、カズマだけが自分の未熟を強く感じ、心にひびが入る。
退院から数日。
病院の白い廊下を歩くカズマの足取りは、誰が見ても普段通りだった。
けれど内心では、幸太や由真、三月の姿を思い出すたびに、小さな棘が胸の奥に刺さっていた。
みんな、すごいな。
オレは……何やってんのかな?
そんなことばかりが日に日に重くのしかかり、眠れていない。
診察室に入ると、柊先生が柔らかく微笑んだ。
三十代半ばにして落ち着いた雰囲気を纏い、治癒系の能力者である彼は、この病院でも特に信頼の厚い医師だ。
小夏の主治医としても長年つきあいがあり、カズマにとっても『昔からいる大人』の一人だった。
「調子はどうだい、カズマ君」
「……普通」
先生は否定も追及もせず、ただ静かに受けとめる。
けれど、その瞳はすべてを見抜いているようだった。
「普通だよなー」
いつも通りの柊先生。
胸の奥に張りつめていた何かがふっと緩んだ。
次の瞬間、視界が揺らいだ。
「カズマ君ッ!」
力が抜け、倒れ込むカズマを、柊先生は即座に支えると慣れた手つきで呼吸と脈を確かめた。
「ゆっくり休むといい」
その声に包まれるような感覚だけを残して、カズマの意識は途切れた。
「カズマッッ!」
カズマの朝は小夏の怒鳴り声から始まる。
姉ちゃん……オレ、もう少し寝たいんだよ……。
「カズマ死んじゃう! ねぇ、チェリーちゃん、どうしよう、カズマ、かずまぁ」
「病院で死ぬわけないでしょ?」
え? なんでチェリー?
ああ、夢か、夢。
眠いんだよ、ウルサイなぁ……。
「カズマぁぁぁぁ」
カズマが目を開けると、病室の天井がぐわんぐわん揺れている。
全力で上半身が揺すられ、寝起きにこの振動はキツイ。
「小夏、いい加減に辞めないとホントに死ぬわよ?」
「え、あ、ごめん。そ、だよね?」
パタリと急に止めるのもやめて欲しい。
「あら、おはよ。目覚めはいかが? カズマ?」
「……最悪」
「よかったぁ……っ! 生きてたぁ。もう、心臓止まるかと思ったんだから!」
どうやら倒れたカズマのために、小夏が病院まで呼ばれたらしい。
そして、その横で仁王立ちしていたのはやっぱりチェリーだった。
「アンタねぇ、子供じゃないんだから。心配かけさせるんじゃないの」
「なんでもないって、こんなの」
「はぁ? 柊先生困らせんじゃないわよ!」
入り口に立つ柊を、カズマは睨んだ。
柊は、笑顔で満足そうに頷く。
余計な事しやがって!
「ホントに大丈夫だって」
意地で突っぱねたつもりだった。
だが次の瞬間、チェリーはため息ひとつでカズマをひょいと担ぎ上げる。
「倒れて大丈夫な訳ないでしょ。柊センセ、お世話になりましたぁ」
「ちょ、離せっ! 大丈夫だって!」
「はいはい、いいから大人しくしな。アンタが思ってるほど、周りは冷たくないのよ」
カズマは、担ぎ上げられたままジタバタと暴れる。
けれど――チェリーの隠れた剛腕はびくともしない。
母親みたいな強引さと優しさに、カズマは逆らうことを辞めた。
朝の始業前。
校長室の前で、簗瀬は一度だけ息を吸い込む。
いくぞ。
勢いのまま扉を開け放ち、校長室へ殴り込んだ。
「校長ッ! 話、いいっすか!」
机の向こうで待っていた冴子は、まるでそれを読んでいたかのように微笑む。
「遅かったわね? アンタのことだから、すぐ怒鳴り込んでくると思ってたのに」
冴子は腕を組み、軽く首を傾げる。
「感動の再会はできた?」
その言い方が気に障り、露骨に簗瀬は顔に出る。
やっぱり、知っていたのか。
悟った瞬間、胸の奥から怒りが込み上げる。
「アンダーは……存在してるんですね?」
「ええ。あそこには、今も人が住んでいるわ」
「隠したんですね?」
低く、絞り出すような声。
隠匿。政治家の十八番だ。
都合の悪いことは『なかったこと』にする。
地震があっても、なくても――政府なんて、いつもそうだ。
「内部抗争が激化したSSSに、国から密約が持ちかけられたの」
冴子は静かに言葉を続ける。
「『アンダーをSSSが管理するなら、国はその存在を黙認する』――それが条件だった」
「そんなこと……ッ!」
簗瀬の拳が震える。
「アンダーのトップに立っていたのは、裕一のおじいさんだったから……コチラにとっても適任だったのよ。何より、上層部は内部抗争に早く終止符を打ちたかった」
冴子の声は穏やかだった。
だが、穏やかすぎるその響きが、逆に簗瀬の胸をえぐる。
「だから密約は成立した。アンダーを隠すため――その存在ごと、闇に沈めるしかなかった」
冴子は一瞬だけ目を伏せ、そして続けた。
「裕一は、自分の意志でアンダーを選んだのよ」
その言葉に、簗瀬の胸がざらつく。
そんな大事なコトを、一人で決めて勝手に姿を消した?
黙っていたことが気に入らない
握る拳が震える。
怒りは沸々とこみ上げ収まりがつかない。
「……見てくる?」
冴子が机の引き出しを開け、静かに差し出した。
黒いカード。
何の文字もない、ただ真っ黒な板のようなカードキー。
「東雲ゲートのキーよ」
簗瀬はそれを見下ろす。
冷たく光を吸い込むようなそのカードは、まるでアンダーへの招待状のように見えた。
お読みいただきありがとうございました。
次回、アンダー東京とは……カズマが知る真実は?




