愛車180SXを修理に出した幸太は、代車を拒みカズマの車に同乗する。 穏やかな走行の中で、眠りに落ちた彼は―― 裕一と過ごした懐かしい日々の記憶を夢に見る。
前回のお話はーー
氷室モータースで出会った整備士・芹華。 幸太の愛車180SXの物語を聞くうちに、カズマは“ドライバー”の存在を知る。 180SXの魅力は思い出もつなぐ。
「うーん。このコもなかなか年代物になってきてるからなぁ。一度オーバーホールした方がいいと思うんだけど、代車って訳にはいかないんだよね?」
出動要請は突然やってくる。
カードライバーの幸太にとって、この180SXは自分自身と等しい。
幸太と180SXで、プロフェッショナルジョーカー・影山幸太なのだ。
「お願いします。緊急出動の時は他の車で出ますよ。あ、簗瀬教官に変わってもらおうかな? 有給溜まっているし」
「ああ、それいいかも! 簗瀬さんとチェンジしちゃえば? 幸太の方が先生ってカンジだし! じゃ、帰りの代車はなんでもいいでしょ?」
満面の笑顔で芹華がスパナを振り、指さした先は――店の前に置かれた、過去の遺物みたいなチューニングカー。
……できれば、アレだけは遠慮したい。
幸太の背中を冷や汗が落ちる。
ギラギラしたチューニングカーの隣には、クラウンEV。
「だ、代車は大丈夫ですから! 今日は送迎運転手付きなんでぇ!」
声がひときわ裏返る。
「か、カズマくーんっ!」
呼ばれて近づいたカズマの背中に隠れるようにして立ち、にっこり笑う。
「帰るトコ同じなんで、乗せてってもらいまーす! いやぁ、カズマ君がいてくれて助かったなぁ!」
そう言いながら、そそくさとカズマの背中を押し、クラウンEVの助手席に逃げ込んだ。
「じゃ、よろしくお願いします! さ、行くよ! カズマくん」
流されるように運転席に座り、スイッチを押す。クラウンEVはクゥィーンと小さな音をたてて走り出した。ピピと幸太はナビを操作している。
「え、あ! ゴメン。あのギラギラした車が代車っていうのはどうも、ねぇ? カズマくんがいてくれて助かったよ。学校まで帰るんだろ? ヨロシク!」
送迎運転はずいぶん上達したとは思うが、助手席に人がいるのは久しぶりだ。
これは、運転について聞くチャンスだ!
「影山さ……?」
走り出してまだ数分のはずなのに、助手席の幸太は寝ている?
呼びかけた声をそのまま飲み込む。
SSSのトップチーム、その重圧はカズマには計り知れない。
出来るだけ静かに、細心の注意を払って運転しよう! と姿勢を正した。
車の穏やかな揺れは、まるでゆりかごのようで……その揺れは、幸太の懐かしい記憶と重なる。懐かしい、自分を呼ぶあの声が聞こえる。
『幸太! 置いてくぞ!』
『待ってよ、裕一兄ちゃん! りんちゃん置いてったら怒るよ?』
『寝たら起きないアイツが悪い。サッカー遅れるだろ?』
裕一に急かされ、幸太はいつものように後部座席に乗ろうとするが、
『前乗れよ!』
『え、でも、助手席はりんちゃん専用だって……』
助手席のダッシュボードにマジックで書かれた『りんごセンヨー席』の文字を見る。
『言わなきゃバレないって!』
悪戯っぽく笑う裕一の笑顔に、初めて憧れの180SXの助手席に座る。
シートベルトを締めると、バケットシートのホールド感が心地いい。
後部座席とは違い、助手席は前と横から広がる景色の迫力が違う。
運転する裕一は、ハンドル、ギアを握る手、全ての動きが穏やかだ。
手が動くと車が動く――。
そんな当たり前のことなのに、車と一体になっているように見える。
お遊びで峠を攻めた時の荒々しい動きと、昼の首都高を法定速度で走るのでは車の動きは正反対なのに、裕一の動きはどちらも同じ。
運転技術を観察して、いつかは僕もこんな運転が出来るようになる!
そう意気込んでみるが、そのゆりかごに今日も敗北……。
『……………た、幸太!』
声が聞こえて、気がついた時には目的地に着いている。
もっと、乗っていたいのに、見たかったのに!
寝てしまった自分が悔しくて腹立たしい!
悔しがって、車から降りられない幸太の頭を裕一は撫でて、『迎えに来てやるから』と、優しい笑顔を向けてくれる。
しぶしぶ降りて、遠ざかって行く180SXのテールランプが見えなくなるまで見送る。
「…………ん! 影山さん!」
あの声とは違う、自分を呼ぶ声に幸太は目を覚ました。
一瞬、カズマの影に裕一の面影が見えた気がして意識がハッキリする。
辺りはすっかり暗くなっていて、学校の駐車場だ。
「あ、ゴメン。寝ちゃってた……」
「学校、着きましたよ。お疲れっすか?」
「あ、うん……そうだね。少し、疲れていたのかな?」
そう、疲れていたのかもしれない。
あの後サッカースクールが終わって、急いでグランドを出ると出口で180SXは待っていてくれた。
『こーたー! お帰りぃー』
助手席から手を振るりんごに手を振りながら、少しがっかりした気分になる。
また、後ろにしか乗れない……。
そんながっかりは、自分の心の狭さを感じて少し落ち込む。
そんな、少し、苦い思い出を夢に見るなんて。
郷愁にかられた幸太は、自嘲気味に笑う。
「暗くなっちゃったね。ご飯、行かない? 送ってもらったお礼もしたいし」
「別に、ついでなんで」
「じゃ、ご飯付き合って。一人暮らしだと、帰っても何もなくてね。カズマくんの好きなものでいいよ!」
いつか自分はなれるのだろうか、憧れの、あの人のように……。
お読みいただきありがとうございました。
次回、トンネル崩落に巻き込まれます。敵がいよいよ動き出します。




