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氷室モータースで出会った整備士・芹華。 幸太の愛車180SXの物語を聞くうちに、カズマは“ドライバー”の存在を知る。 180SXの魅力は思い出もつなぐ。

前回のお話はーー

偶然再会した幸太に導かれ、カズマは氷室モータースへ――過去と未来が交差する、180SXという伝説の車。

 ツナギにキャップという整備士らしい服装の氷室芹華(ヒムロセリカ)は、これまた整備士らしくスパナをぶんぶん振りながら出迎える。


「ヒドイなぁ。僕じゃないんですね、芹華さん?」

「ふっふーん。幸太はオマケー」


 笑いながら、事務所横にある車三台ほどのスペースが確保された作業場に誘導する。

 その様子を見ていたカズマに、車から降りた幸太は手招きする。


「幸太がココに連れてくるなんて珍しいわね?」


 氷室モータースの現オーナー芹華は、キャンギャルアイドルの華やかさだが、その制服はいつもツナギだ。

 車の整備士の制服といえばツナギは当然だが、ホームセンターで売っているような二千円程度のツナギとは違う。

 ストリート系のブランドが出すオシャレツナギ愛用も本人の見た目も、幸太が子供の頃から変わっていない。


「ここのオーナーで芹華さん。180SXを専属で見てもらっているんだ。芹華さん、僕の後輩でカズマくん。180SX好きは芹華さんといい勝負だと思うよ?」

「え、ホント? 180SX好きなの? いいよねぇ、最高だよねぇ180SX。ホラホラ、ちょっと来て!」


 カズマは、芹華に強引に引っ張られて180SXの後ろに連れ去られる。


「ココ、ココ。このナナメ下から、片方のテールランプから流れてフロントまでのボディ! この流線型のフォルム。ああ、素敵!」


 芹華に肩を押され、カズマはしゃがみ込む。

 言われた通りに視線を動かすと――今まで見たことのなかった一面が広がり、その美しさに魅了された。


「……キレイ……」

「でっしょー! 分かってるじゃない!」


 しゃがんだカズマの頭を、芹華は後ろから抱きしめる。

 後頭部がご立派な感触に挟まれて、カズマは気を失いかける。

 どいつもこいつもなんでこんなにデカいんだよ!

 半死半生で素敵な花畑が見えそうだ。


「芹華さん、ソレは凶器だって。死にそうだよ?」

「あ、ごめ。イマドキのコで車が好きなんてコ、なかなかいないから、つい、アハハハ」


 やっと開放されたカズマは、床に両手を付いて呼吸を整える。

 本当に死ぬかと思った。


「ふふん、ふん、ふんん!」


 上機嫌で芹華はボンネットを上げる。

 太いパイプに守られるように中央に置かれているのは――エンジン。

 グレーや銀の無機質なパイプの中央で、真っ赤に輝くような彩度を放つエンジンは、まるで心臓のように力強い。

 興味がないフリをしながら、カズマはチラチラ様子を伺う。

 町の小さな整備工場は同じような造りで、同じような機材がある。

 オイルの匂いがして、アンダー東京の小さな整備工場に似ている。


「幸太、メガネ取ってぇ」


 セリカのボンネットに頭突っ込みながら、手だけ伸ばしてくる姿があの人と重なる。


「え? 眼鏡? セリカさん、眼鏡なんてしてましたっけ?」

「はい」

「これコレ。サンキュ」

 戸惑う幸太より先に、カズマは反射的にメガネレンチをセリカに渡してやる。


「よく分かったね、カズマくん」

「うち、整備工場なんで」

「整備工場? 車の? 実家はどこ? 個人の整備工場ってあんまり東京にはないよね?」

 幸太の勢いに負けそうになるが、アンダー東京の事は絶対に誰にも言わないと約束している。


「いや、あの、い、いつからこの180SXなんすか?」

「え? えーっと……8年前、かな?」


 8年で、あのレベルかよ……。


「この180SXにはね、僕なんかより、ずっとずっと、乗りこなせる人がいるんだ。ね、 芹華さん?」

「……あたしより、ずっと、この180SXを知ってる人がいるわ!」

「二人?」

「あ、一人ね。乗りこなせるのも知ってるのも同一人物。この180SXを、ココまで作り上げた人よ。あたしは忠実にその範囲で整備してるだけ。それ以上やると幸太怒るから」


 幸太のせいにしているが、芹華もこの180SXは今のままがベストだと思っている。

 何かを変えてしまったら、それはもう別の車になってしまいそうで怖い。


「この180SXのオーナーはね、僕の憧れの人なんだ。その人みたいになりたくて、追いかけているんだけど……ね」

 感慨に耽ながら、幸太は愛おしそうに大切にそのボディに触れる。


 180SXという車を通して、憧れの人を見ている。


「チューナーからみたら脅威な人よ? 普段はやる気なくて、冴えないカンジなんだけどねぇ。車に乗ると人格変わるって言うの? コッチは計算上の理論理屈で数値だしてるのに、その人が乗るとそんな数値、軽々と超えちゃったりしてね。運転だけじゃなくて、チューナーとしての腕も確かなの! 敵わないって!」

 悔しそうにスパナを全力で折りにかかるが、芹華の力では曲がりもしない。


 車の整備も出来て、運転技術もすごい人? カズマにも思い当たる人がいる。

 この世界にはすごい人がいっぱいいて、自分が生きてきた世界がどれほど小さかったのだろう。


 工場の椅子に座り、整備される180SXを眺めるカズマの視界に、突然ペットボトルが入る。


「ホントに好きなんだね?」


 身動き1つせずに180SXを見つめ続けるカズマに、幸太はペットボトルを手渡すと横に座る。


「別に好きじゃないですよ! それより、伝説の車って?」

「陸だね? そんな事教えたの! でも、うん……伝説なのかもしれない。昔、SSSがまだ国の委託だった頃、授業で習ったかな?」


 入学してすぐはSSSの組織、歴史や理念、国家との関わりなど基礎的なことを中心に学ぶ。


「僕の母は、SSS委託の小さな探偵事務所のオーナーでね。チェイサー・フェアレディZ……そしてこの180SXが主力で、いろいろな事件を解決したんだよ」


 幼い頃の記憶は、幸太にとって大切な宝物だった。

 ほとんど人に話すことはないのに――何故だろう。

 目の前の少年を見ていると、事務所の駐車場で同じように180SXを見つめていた自分を、自然と思い出してしまった。


 その想いは、言葉になって溢れだす。


「女の人が多かった事務所でさ。いつも振り回されてる人で! 自分から動くタイプじゃないのに、最後はこの180SXで全部かっこよく決めちゃうんだ」


 楽しそうに話す幸太の顔を、カズマはじっと見ていた。


 ――ずっと、自分とは違う。


 そう思っていたのに。

 今、こうして笑っている幸太は、普通の人にしか見えなかった。


「幸太ぁ、ちょっと来てー」


 返事をして、カズマに目で「ごめん」と合図を送ると、幸太は芹華に向かって行く。


 その話をもっと聞いてみたかったと思う自分に驚いた。


 聞いた話を整理してみて気が付いてしまう。

『その人』が、全て過去形になっている事を――。

 巨大地震は多くの人の命を奪った。

 もしかして……そんな予感がしてしまう。

 ボンネット前で難しい顔をして話している2人を見ながら、それ以上は聞いてはいけない気がしていた。


お読みいただきありがとうございました。

次回は、幸太と180SXの思い出。そこには会いたいあの人がいて……

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