偶然再会した幸太に導かれ、カズマは氷室モータースへ――過去と未来が交差する、180SXという伝説の車。
前回のお話はーー
スカイ東京の小さな公園に導かれたカズマたち。 五月の中のもうひとりの人格──三月登場!
「あれ、幸太?」
その姿は、あの白い制服ではなくカジュアルな私服でも王子様のようだ。
カズマは、180SXに吸い寄せられるように近づいた。
車の周りを何度もぐるぐる回る姿は、傍から見ればちょっと滑稽だろう。
そんなことはどうでもいい。
深い海のような濃い青。
流れるようなボディライン。
そのすべてが、美しい。
ノーマルとは違う。
カスタムされたその姿は、まるで異世界の存在だ。
見とれていた自分に気が付きハッとする。
あのシルビアとのドリフトを思い出すと胸が熱くなる。
この車には、何かがある。
特殊な、何かがあるハズなんだ!!
「車、好きなんだね?」
突然の声に、心臓が跳ねて振り返る。
「べ、べべべべ別に、好きじゃ……!」
「君は、簗瀬教官の生徒だよね? この前は突然授業に乱入してゴメン。まさかあの流れになるとは思わなくて。教官と走るの久しぶりだったから、僕もつい楽しくなっちゃって……」
「幸太ぁー。ねーねー、聞いてぇ」
お構いなしに割り込んできたミツキは、体当たりのように幸太の腰に抱きついて口を尖らせる。
「峰子がね、三月はカッコいい服が似合うわよって。ミツキはもっと、お姫様みたいなカワイイ服がいいのに!」
「その服も可愛いよ。ナニを着ても三月は似合うからね」
ミツキの頭を撫でる幸太は、妹をあやす仲睦まじい兄そのものだ。
「幸太もそう思う? でも、でも、ミツキはもっとスカートがふんわり膨らんでて、レースがいーっぱい付いてるピンクのお洋服が着てみたいの!」
「ああ。この前、雑誌に載っていたお姫様みたいな服だろ? じゃあ、今度は三月の好きな服、見に行こうな?」
「ホントっ? 幸太だぁーい好きぃ」
満面のキラキラした笑顔で、三月は幸太に抱き付く。
その仕草すべてがカワイイ女の子そのもので、カズマはこれがイツキと同じ身体とは思えず混乱してくる。
「ったく。幸太はミツキに甘いんだから!」
ため息交じりの峰子にミツキはベーっと舌を出す。
お子様を相手にしないのも大人の女! とばかりに峰子は横目であっさり流す。
「お久しぶりです。幸太さん!」
「由真ちゃん。この前は陸が世話になったみたいだね?」
「貴重な授業をありがとうございました」
深く一礼する由真は常に学校代表・生徒会長の振る舞い。
その様子を離れた所から横目で見ていた薫は、ペンを握る手に力が入る。
あの立ち回りの良さが気に入らない。
「あ、そうだ! 幸太も行こうよー。峰子が美味しいイタリアン連れってくれるの。パスタとか、すっごく美味しいんだって。ねぇ、行こうよぉ」
「これから行くところがあるんだよ。ごめんな? 今度な?」
「えー、つまんない! じゃあ、じゃあ、カズマ行こう! これから暇でしょ?」
「無理」
危険を感じたカズマは本能的に言い切るが、三月はそれでは納得しない。
「えー。パスタ嫌い? ピザもあるよ? あとあと、ケーキとかもあるよ?」
「コラ、三月! カズマくん困ってるでしょ? カズマくん、このコたちは私が送って行くから先に帰ってもいいわよ? それとも、お姉さんたちと来る?」
峰子が前かがみでカズマの顔を覗き込むと、カズマの目の前でおっぱいがボインッと揺れる。
お色気で迫られるのは、まだまだ苦手な思春期。
助けられているのか?
からかわれているのか?
もぅ、どちらにしてもこの状況では引きつった顔で笑うしかない。
「カズマくんは僕が先約してるの。たっぷり男どもの愚痴飛ばして来いよ!」
カズマの肩を抱いて、女子たちを追い払ってくれる幸太に助けられるが、コチラはコチラで気持ち悪い。
華やかな女のコたちは、峰子の赤いBNWに乗り込むと手を振って去って行く。
「あ、あ、ありがとう、ございました……?」
「女のコは苦手?」
真っ赤な顔が、さらに熟したトマトのように赤くなり戸惑うカズマがおかしくて、峰子がからかうのもよく分かる。
「に、苦手っていうか……オレ、あんまり女のコって? か、影山さんは慣れてるんですね!」
「……人聞き悪いなぁ! それじゃ女のコ大好きの陸と一緒にされている気分?」
「あ、いや、えっと、あー、あの! うーん……」
落ち込んだようなオーバーリアクションに、カズマはまんまと釣られる。
純粋な少年をからかいたくなるのは男女関係ない。
「あはは。僕は女のコが多いトコで育っているからね。姉だか妹だか分からない兄弟みたいなのもいるし。免疫の違いだよ、カズマくん! あ、カズマくんでいいんだよね? みんなそう呼んでたし? 影山幸太ですよろしくね」
そう言って幸太はカズマの前に手を差し出す。
カズマは、差し出された手を反射的に握る。
「よろしくね」
その笑顔は、穏やかで……握った手の暖かさは、カズマの奥にある幼いころの何かと重なる。
……このカンジ?
思い出すのはただ一人……。
「ところでカズマくん。これから時間ある?」
「はい?」
「一緒に来てみない? 180SXのコト、もっとよく知れるよ?」
光に照らされて、キラキラと輝く180SX。
もう少し見ていたい衝動は抑えられなくて、反射のようにカズマは頷いていた。
授業で神業のようなドリフトを決めた車とは思えないほど、前を走る180SXは穏やかだ。カズマを気にかけ、幸太がスピードや信号に気を配っているのが分かる。
スカイ東京の出入り口には、必ずセキュリティゲートがある。
外からの危機を防ぎ、都市のイメージ戦略にもなるらしい。
それらは都市の外周に点在していて、浜川崎もそのひとつだ。
浜川崎ゲートを抜け、しばらく走ってから東神奈川で高速道路を降りた。
中堅都市の街並みを走ると、アンダーにありそうな古めかしい看板が目に入った。
『氷室モータース』
その看板を曲がり、砂利の駐車場へ入る。
建物は古き良き時代の町工場そのものだ。
脇には、過去の遺物みたいにギラギラしたチューニングカー。
値札が貼られていて、どうやら商品らしい。
テレビで見たレトロ車と同じ型なのに――汚れひとつなく、完璧に磨かれている。
「いらっしゃーい、180SX!」
お読みいただきありがとうございました。
次回、幸太と芹華にとって特別な180SX。思い出のドライバーとは?




