旧首都高環状線の覇者・黒豹GT-Rで走り屋バトル。なんでオレがGTRでアイツがクラウン? 勝負になる訳ないだろ! こんなの!
前回のお話はーー
冷たい兄と再会するも、商店街の名物おネェ・チェリーの唐揚げが心を溶かす――この街が、確かに“帰る場所”だった。
助手席に乗り込んだ瞬間、カズマは胸の奥がじんわり熱くなるのを感じる
GT-Rは『特別』な車だ。
この漆黒のボディ、重厚なシートの匂い……何度乗っても、息を呑む。
――やっぱ、最高だ。
その良さを上げればキリがないが、まず、第一印象は『言葉を失う』。
大きさ、形状、漆黒の黒……その迫力に圧倒される最高の車。
発売時の価格が1500万以上と知れば、その価値は車好きでなくても跳ね上がる。
『うちにはGT-Rがある』
幼いころから、カズマにとって一番の『自慢』だ。
運転する裕一を見る目線は成長とともに変わった。
ハンドルを回す、シフトノブを動かす手。
足元は見えないが、自分が運転するようになると、その音で今どんな動きをしているか分かるようになった。
友達と喧嘩した日、怒られた日、GT-Rはカズマをいつだって受け入れてくれた。
口数の少ない裕一が運転する車内はもちろん静かだ。
エンジン、ハンドル、ギア、アクセル、ブレーキ……そのすべての音が心地よく混ざり合う空間。
居心地のいい空間を、目をと閉じて味わっていたカズマは車が停まったわずかな振動で目を開けた。
倒壊したビル群と荒廃した道路に、GT-Rは静かに停まった。
首都高速道路。
かつては首都圏の大動脈であり、首都直下地震の時には最優先で復旧された。
中央をぐるりと一周する首都高速都心環状線――。
スカイ東京ができて役目を終えた後は、アンダーの走り屋たちのレース場となった。
スカイ東京に行けるのは限られた者だけ。
だからこそ、乗り捨てられた車からパーツをかき集め、自分の車で夜を駆けることが最高の娯楽となる。
ひと月前までカズマも、その中の一人だった。
胸にこみ上げるのは、懐かしさだった。
「久しぶりにEV乗ったけど、静かだねぇー」
クラウンEVのドアが開き、ゆるっと降りてきたのはヤマトだった。
横に並ぶ2台――クラウンが気の毒なくらいに見劣りして見える。
「俺に勝ったら、好きにしていいぞ」
裕一はカズマの前に立つと、直球で言い放った。
「は? GT-Rに敵うわけねぇだろッ!」
アンダー東京・首都高の走り屋には絶対的掟がある。
暗黙の掟だが、決してソレを破ろうとする者はいない。
『黒豹には手を出すな!』
ココで走る走り屋なら誰もが挑みたい相手、憧れの象徴『黒豹』の存在。
いま目の前にある漆黒のGT-R、それである。
「お前がGT-R、俺がクラウンEV。環状線一周タイムトライアル」
今、なんて言った?
「オレが運転していいの!」
「勝負だろ! なに嬉しそうなんだよ? まぁ、チャンスだよなぁ」
ヤマトが『チャンス』に含みを持たせる。
「ハイ、二人共、乗った乗った。スタートは俺の合図でいいな?」
GT-Rの運転席。
助手席と同じドアのはずなのに、重さを感じながら開ける。
乗り込んだバケットシートは助手席より深い気がする。
ハンドル中央のGT-Rのエンブレムと向き合う。
最後にここに座ったのはいつだったかな……。
まだ幼かったカズマには、フロントガラスの景色は見えなかった。
裕一にダメと言われたことはない。
それでも、成長とともにGT-Rの運転席に乗る事が出来なくなった。
……いつか、きっと。
「あーも―、うるさい!」
高鳴る心臓を落ち着けるように深呼吸をして、少し震える指でスタートボタンを押す。
グギュゥォッオオゥォォゥォォンォォ――。
エンジンがかかる重低音が体を抜けて上がっていくようで、全身が熱くなる。
サイドブレーキを下ろして、ハンドルを握った手に汗がジワリと滲む。
緊張している?
その感情に戸惑うカズマは視線を感じた気がして、横を見る。
窓越しにはクラウンに乗る裕一の横顔。
前を見ると、2台の間に立つヤマトがにやけ顔でカズマを見ている。
なんか、ムカつく!
ヤマトが右腕を上げ、クラウンを見ると裕一が頷く。
右腕は上げたまま、左腕を上げ、GT-Rを見るとカズマが頷く。
ヤマトが両腕を下げた瞬間、2台の車が走り出した。
「ホント、そっくりだねぇ。お二人さん」
2台を見送りながら、ヤマトはここでは珍しい太陽を仰いだ
気持ちが焦って、アクセルを踏み込み過ぎたようだ。
瞬間的に体にかかる重力とスピード感にカズマは焦る。
首都高速都心環状線の上に、スカイ東京はかかっていない。
この一帯はそのまま――地震で倒壊したビル群の姿が残っている。
観光の目玉、と言えば聞こえはいい。
実際には「ここまで壊れても復興できた」という国家の自慢だ。
もちろん上から見下ろすときは、余計なモノが映らないようにフィルターが完備されている。
国家の見せたいものだけを見せる。そういう場所だ。
この区域はアンダー東京から唯一、空の見える場所である。
やけに窓からの光が眩しい気がしてカズマの視界をちらつかせる。
走り屋と言えば夜がメイン。
見えない……真昼の光は走りなれたハズの環状線を別物に見せる。
ハンドルが重く、カズマが思うようにGT-Rは動かない。
拒まれているように、GT-Rは言うことを聞いてくれない。
走り始めた直線から、狭いコーナーの多い区間に入る。
ココは、元河川だったところを道路にしたため橋がそのまま利用されている。
歴史的建築物のような橋もあり、中央に太い橋脚がある。
狭い、走りにくい。
GT-Rの車幅が広いから?
今までどんな車でも気にしないで走って来た場所に戸惑い踏み込めない。
3車線は視界も開け、気持ちに余裕がある気がして踏み込むが、その爆発的加速にコントロールを失う。
後輪が浮いている感じがして、ハンドルを握りしめる。
いつもは流すドリフトポイントでも、ドリフトは出来なかった。
「なんでだよッッ!」
何も考えないで出来ていたことが出来ないのは悔しい。
まるで、GT-Rの深いところに入ることを拒否されているような感覚。
電灯のないトンネルに入ると、自動的にライトが点灯する。
夜に近い感覚は落ちくような気がするが、車の振動ですぐ現実に戻される。
GT-Rの速度計は340km/hまで表記されている。
日本の速度制限を考えれば『なぜ?』と思うが、そこまでスピードが出る車であることがロマンなのだ。
4分の1も行かず、下の方でチョロチョロ動く速度計はひよこの歩みのようだ。
スピードなんて気にしていたら、コントロールが上手くいかなくなる。
――コツン。
鼓膜の奥で、乾いた音が跳ねた。
……今の、なに?
ぶつけた?
擦った?
違う! 後ろから、誰かに押されたような。
バケットシートごしに、伝わって来たわずかな振動にカズマは凍り付いた。
お読みいただきありがとうございました。
GT-Rが更なる進化をして帰ってくること、お待ちしています。
次回、GT-Rはそんなに甘い車じゃない? 『黒豹』のプライドをカズマはどう扱う?




