冷たい兄と再会するも、商店街の名物おネェ・チェリーの唐揚げが心を溶かす――この街が、確かに“帰る場所”だった。
前回のお話はーー
追い出された実家に戻ったカズマ。懐かしい空気と変わらない家族、そして無言の兄――ちゃぶ台を囲む沈黙が胸を刺す。
一瞬だけ、カズマと裕一の目が合う。
反射的に下を向いて目をそらしたカズマの耳に小さく聞こえた。
「……お帰り」
その声は、小さくぶっきらぼうに言い捨てられる。
それは、どこか上から目線で、面倒くさそうに。
ココは何も変わってなくて。
記憶にあるそのままで。
――期待していた。
帰ってきてよかったって思った自分が嫌になる。
オカエリ?
何言ってんだよ……。
勝手に追い出したくせに。
俺の居場所を奪ったくせに!
最初から、何もなかったようにするつもりかよ!
困惑は怒りへと変わる。
「――ふざけるなよッッ!」
バンッ!
ちゃぶ台を叩く音が部屋中に響き、カズマが立ち上がる。
「何も言わないで追い出したのそっちだろ!」
その怒りの声さえも、裕一は無視した。
だた、何事もないようにスプーンを動かしカレーを食べ続ける。
その怒りに一番驚いたのは小夏だった。
「どういうこと? 進学はカズマの希望だって……」
ぽつりと漏れた疑問も、裕一は無視する。
水を飲み干すと、音も絶てずに立ち上がった。
「お兄ちゃんッッ?」
呼び止める声に、答えは返ってこない。
冷たい背中に届くことはなかった。
「カズマ帰って来たんだってー。もぅ、カズマ大人気よー!」
緊張感の張りつめた茶の間を、一瞬で吹き飛ばす声が玄関から響いた。
長身の男性的骨格ながら、すらりとした手足にド派手な服装が似合う。
商店街の名物おネェさん・チェリーは完全無視で押し込んでくる。
チェリーが歩くと、不思議と空気が柔らかくなる存在感。
「商店街で買い物してきたの。もぅ、小夏が半泣きで、昨日のカレーしかない!って泣きついてくるんですもの」
ニッコリ笑顔のチェリーから、ヤマトは大量のビニール袋を受け取る。
「チ、チェリーさん。すごい量ですね」
「すごい量になっちゃったのよ。みんなカズマが帰って来たって言ったらサービスしてくれて。愛されてるわね、アンタ!」
「熱ッッっ!」
突然、熱々の唐揚げを口に突っ込まれたカズマは何とか耐える。
「好きでしょ? 肉屋の唐揚げ」
文句を言ってやりたいが、熱さで口の中がそれどころではない。
「おかえり」
その『おかえり』と熱々の唐揚げは、完全にカズマの心を溶かした。
「おじいちゃんは焼き鳥ね。いいネギが入ったからタレ、控えめにしたって言ってたわよ。昼から飲んじゃう?」
ビニール袋から出されたお惣菜で、丸ちゃぶ台の上が置ききれない程になっている。
上にスカイ東京があるアンダー東京はいつも薄暗い。
それでも、商店街は活気があって、見守ってくれてる人がいる。
色とりどりのお惣菜は、その証明みたいに思える。
「小夏の好きなチーズケーキ、ヤマトの好きなチョコケーキも入ってるわよ。ヤマト、冷蔵庫入れといて。」
カズマは幼いころから、ここで育った。
――俺の居場所。
「はい、裕一の好きなコロッケ。揚げたて、冷めたらもったいないでしょ?」
こみ上げてくる想いを感じながら、拳を握るカズマの前に油紙に包まれたコロッケが差し出された。
「冷めないうちに。言いたいこと、言ってきな」
コロッケを受け取ると、カズマは茶の間を出て行った。
母屋からプレハブの工場は走れば秒だ。
勢いの気持ちのまま来た扉の前で、足が止まる。
……なんて言えばいいんだよ。
胸の奥で何かが渦を巻く。
家族に『進学』と噓をついてまで養成校に入れた裕一の真意が知りたい。
一度、拳を握りしめて、深く深呼吸。
そして、ドアノブを回した。
シャッターは全部開いているのに、薄暗い工場。
鉄骨むき出しの壁、タイヤが詰まれ、存在感のある機械がいくつか無造作に置かれている。
車のボンネットに頭突っ込んでる裕一の後ろ姿にカズマは迷う。
最初の一言が見つからない。
「メガネ、取ってくれ」
反射的にカズマはワゴンからメガネレンチを取ると、裕一の手に渡す。
「授業で教習があるんだけど、どいつもこいつも車の運転したことないヤツらばかりなんだよ。AT車なんだからギアチェンジもいらないのにできないんだよ!」
カズマが話終わると、静かな工場には裕一の作業する音が響く。
「今度、地震の記念式やるみたいで、学校代表の送迎運転手に選ばれたんだ。まぁ、運転は無能力者がやることだって見下して、運転なんてできるヤツいないし。上はEV車しかないし、あんなトコ!」
探り探り言葉を言ってみるが、裕一は作業に集中しているのか無反応。
「あ、教官と、プロ、何とかっていうヤツのバトルでドリフトとか初めて見たみたいで、驚いてたな。」
「……どうだった?」
ボンネットから頭を出した裕一が、初めてカズマと向き合う。
「その運転、どうだった?」
学内サーキットでの180sxとシルビアのバトル。
2台のスピードと距離感を思い出すと、あの時の体の疼きが蘇る。
「た、たいしたことねぇよ、上のヤツらなんか!」
つい口を出た言葉に戸惑いながら、カズマは拳を握る。
胸の奥では、あの2台の動きが焼きついて離れない。
……あれを「たいしたことない」で済ませるなら、俺はただの見物人だ。
数センチの幅で滑る2台の車は絶対にぶつからない。
同じスピード、タイミング、相手の腕を熟知している者だから出来る曲芸。
あの感覚は、今でも鮮明に思い出しては背中がゾクゾクする。
「へぇ……」
裕一は工具をワゴンに戻すと、パタンとボンネットを下ろす。
夢中に思い出しているカズマは気づかない。
考え込むと無言になるのは小さな頃から変わらないな。
裕一はカズマの握られている拳に気づき口角を上げると、静かに工場を出て行った。
グォォォォォオオオオオ――。
近づいてくるエンジン音が、カズマを現実に戻した。
夢中になっていた。
気づけば、目の前から裕一が消えている。
「……え?」
いつの間に居なくなったのだろう?
漆黒の黒いGTRが工場の前に停まる。
工場の空気が、さっきまでとはまるで違う。
「乗れ!」
全開の運転席の窓から、裕一がカズマを呼ぶ。
いつもの日常に、反射的に走り出すとカズマはGTRの助手席に乗り込んだ。
お読みいただきありがとうございました。
ドリフトバトルはep4にあります。
次回、なんでイキナリ首都高バトル? カズマは憧れのGTRに乗ることが出来るのか?




