第13話『九条くんの考察』
薬師寺姉妹が帰るのを見届けると、九条がようやく漫画を置き、俺のほうを見た。
「いやあ、西宮殿、これは大変でござるな」
「お前、何もしてないだろ」
九条は、ばつが悪そうに視線をそらす。
「……確かに、何も言えなかったでござるが、話はすべて耳に入っていたでござるよ」
「そうか。で、アニメオタクとして、何か役立つ知恵はあるのか?」
わずかに期待を込めて尋ねる。九条のアニメ脳が、たまには現実で役立つかもしれない。
九条は、腕を組んで神妙な顔を作り──そして、真剣な声で言い放った。
「双子に好かれるなんてイベント、現実で起こるとか許せないでござるね」
「……うん、聞いた俺がバカだったわ」
脳内で期待値をゼロに修正する。
「……ただ、京殿は不利そうでござるな」
九条は急に真面目な声色になる。
「ああ、それは俺も思った」
さっきの話を整理する。
雅はソフトテニス部で、日常的に榊と顔を合わせる機会がある。
一方、京は小学校のクラスが同じ幼馴染とはいえ、今は接点が少ない。
「アニメで考えても、『幼馴染は負ける』の法則があるでござる」
「お前、現実に適用するのやめろよ……でも、確かにそうなんだよな」
俺は机に肘をついて、ため息をつく。
「この場合……『ヒロイン』ポジ寄りの雅と、『幼馴染』ポジ寄りの京って構図になる。この状態で、対等に恋愛勝負できるかどうか……正直、厳しいよな」
俺は机に肘をつきながら、脳内のアニメ知識を総動員して打開策を探っていた。
そんなとき──
ガラッ!
部室の扉が勢いよく開かれた。
「助けてくれぇえ! 空奈が無理言ってくるんだぁあ!」
「うぉっ……椎名先輩、お疲れ様です……」
飛び込んできたのは、我らがアニメ研部長にして生徒会書記の椎名先輩。
そのまま机に突っ伏し、情けない声を上げる。
「どうしたんですか、向歌先輩と何か……?」
「俺! 書記! なのに! 会計の仕事を押し付けてくるんだぁ!」
机に突っ伏したまま、必死に抗議する先輩。
いや、語尾を伸ばしたところで同情はできない。
──と思った矢先、背後から冷たい声が降ってきた。
「それは、あなたが書記の仕事も放棄して遊んでるからでしょ」
ギクッ、と椎名先輩の肩が跳ねた。
振り返ると、眼鏡のフレームをくいっと押さえながら立っているのは──
生徒会会計にしてアニメ研の先輩でもある、向歌先輩。
「い、いや、俺だってアニメ研に顔を出す権利はあるだろ!? 西宮くんたちとアニメ鑑賞でも──」
すみません先輩、申し訳ないんですが、こっちもお取込み中です。
「そんなこと言ってないで、早く生徒会室戻って仕事しなさい」
「ひぇっ」
次の瞬間、椎名先輩は首根っこをつかまれた猫のように引きずられていった。
「いやだあああぁぁぁあああ! アニメ研に……! 俺の居場所が……!」
廊下に、哀れな叫びがこだました。
嵐が去っていくのを見て、俺が九条に問いかける。
「なあ、あの二人って付き合ってるのか?」
「いやぁ、どうなんでござろう?」
部室に数秒だけ沈黙が流れ、俺は気を取り直す。
「とりあえず、薬師寺姉妹のアドバイスを明日までに考えないと……」
「西宮殿、拙者は全力で応援しているでござるよ。部室はいつでも開けるでござるから、遠慮なく来るでござる」
「一緒に考えろよ」
そう言う間にも、九条はカバンを手に立ち上がる。
「じゃ、拙者はこれにて失礼するでござる」
「いや、逃げるな!」
「アニメ知識より、実体験が物を言うでござる」
「俺だって恋愛経験ねーよ!」
「それに何より……拙者は女子と話せないでござる」
「それは知ってる!」
思わず声を荒げると、九条は「では健闘を祈るでござる」とだけ言い残し、部室を後にした。
扉が閉まると、急に静けさが部室を満たす。
(……はぁ。結局一人か)
机に突っ伏し、天井を見上げる。
明日は、薬師寺姉妹と、双子の同時恋愛相談。
下手をすれば修羅場。いや、確実に修羅場だ。