スライム、初仕事をする。∼後編∼
夜の静寂を破る気配――それを俺は、村の高台から見下ろしていた。
「来たか」
盗賊どもだ。数は10を超える。手練れではないが、油断すれば村は危ない。
俺は影に身を潜め、分体を指先で形作る。
黒いスライムから生まれたのは、俺によく似た、幼い少年の姿をした“影の子”。
こいつらは無表情で、命令通りに動く。俺の目となり、手となり、糸を操る。
「配置開始」
影の子たちは静かに闇へ溶けていき、村の出入口や屋根、倉庫の裏に散っていった。
俺は鋼糸を空間に張り巡らせ、罠を完成させる。
(のんびり冒険者でいたいけど……やるときはやる)
――そして、盗賊たちは何も知らずに、村へと足を踏み入れた。
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「うっ!?な、なんだこの糸は――動けねぇっ!?」
「足が絡まった!?クソ、罠だッ!」
捕縛用の糸が地面から跳ね上がり、盗賊たちの手足を封じる。
逃げようとする者は、影の子が背後から静かに糸を巻きつけて沈めた。
「な、なんだ!?子ども!?いや……違う、アレは……!」
鋼糸が首元をかすめ、恐怖で顔を引きつらせた盗賊たちは、次々と気絶していった。
誰にも気づかれず、誰一人殺すこともなく、戦いは終わった。
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朝――。
「村の広場に……盗賊たちが!?」
村人の悲鳴が、のどかな朝に響く。
そこには、整然と並んで拘束された盗賊たちの姿。
全員無傷、けれど全員、青ざめて震えていた。
「あ、あいつだ……!」
一人の盗賊が、俺を見て叫んだ。
「黒い影の中から、子どもが……動くたびに糸が飛んできて……!あいつ、悪魔だ……っ!」
ざわめく村人と、ギョッとした顔の仲間たち。
「クロウ……何があったの?」
リーナがまっすぐ俺を見る。
「……知らない。朝起きたら、捕まってた」
俺は真顔で返す。
「……クロウくん、意外と腹黒いタイプ?」
「ねえ、ほんとに寝てたの?」
フェリスとミレアの問いかけも、笑ってかわす。
「……偶然って、あるんだなあ」
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任務を終えた俺たちは、ギルドに戻った。
「おかえりなさい!任務、大成功ですね!」
受付嬢が笑顔で言う。
「盗賊の捕縛が高く評価され、《黒翼の煌刃》は正式にAランクパーティーに昇格!
そしてクロウさんも、Dランクから一気にBランクへ飛び級昇格です!」
「えっ!?一気に二段階も!?やば……」
フェリスが驚き、リーナが唇を引き結ぶ。
「……すごいじゃない、クロウ。ほんとに“ただの冒険者”?」
「たぶん、そう」
軽く返す俺に、ミレアがぽかんとした顔で笑った。
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そして俺たちは――パーティーで共同生活を始めることになった。
ギルドが貸し出す専用の大きな一軒家。
リビング、各自の部屋、訓練用の庭付きで、思った以上に快適だった。
「ちょっと待って、男子一人じゃん、気まずくない?」
「クロウくん、女子ばかりの家で平気?」
「……うん。のんびりできれば、それで」
だけど俺は、部屋の隅で考えていた。
(バレなかった。けど、盗賊の反応……あれは危なかった)
(“悪魔”と恐れられるようなやり方は、目立ちすぎる)
――反省した。
次はもっと目立たず、静かに片をつける。
誰にも知られず、闇に潜る存在として。
(俺は……“影”でいい)
のんびり表で暮らしながら、裏では糸を引く。
誰かのために、必要な“黒”を引き受ける存在として。
月にある心臓を静かに鼓動させながら、俺は、影の奥へ思考を沈めていった――。
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