スライム、初仕事をする。∼前編∼
「初仕事は、盗賊退治だってさ!」
軽快な声でそう告げたのは、魔法使いのフェリス。小柄な体でギルドの掲示板からクエスト紙をヒラヒラと振っている。
「村の近くに盗賊が出没してるみたいだ。今のうちに対処しないと、大事になるってさ」
「盗賊……いいわね、手加減しなくて済む相手は気が楽だわ」
剣士のリーナが腰の剣に手を添え、鋭い眼差しで呟いた。Sランクパーティー《黒翼の煌刃》のリーダー。相変わらずかっこいい。
「……でも村、盗られちゃ困る」
回復師のミレアがほわんとした笑みでそう言う。天然だが、本質は誰よりも仲間思いだ。
俺はその3人の会話を聞きながら、静かにうなずいた。
「……盗賊ね。まあ、やってみるか」
こうして俺たちは、小さな農村――エルド村へ向かった。
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村は静かだったが、住人たちはどこか落ち着きがなかった。
「夜になると、物が消えるんです……」
村長の言葉に、俺はピンときた。
(盗賊、夜に行動してるな)
「今夜、村の周辺に罠を張る。俺に任せてくれ」
そう言うと、みんなが驚いた顔をしたが、リーナだけは静かにうなずいた。
「……信じてるわよ、クロウ」
俺は村の裏手、物陰や木々の間に鋼糸を張り巡らせた。見えにくく、かつ確実に動きを封じる配置だ。自分で言うのもなんだが、完璧だ。
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その夜――
「クロウ、入ってもいい?」
部屋の扉がノックされた。開けると、リーナがいた。月明かりに照らされた顔は、どこか懐かしげだった。
「少しだけ、話したくて……いい?」
「……うん」
俺は椅子をすすめ、彼女はベッドの端に座った。
「昔ね、私、魔物に囲まれたことがあったの。誰も助けてくれなくて、泣いて、叫んで……」
リーナはそっと視線を落とす。
「その時、現れたの。黒くて、ぬるっとしてて、でもすごく強くて……不思議な魔物。スライムだったの」
――それ、俺です。
「そのスライムに助けられて……それからずっと、あいつにもう一度会いたいって、思ってた」
リーナがふっと笑う。その横顔は、どこか切なくて、綺麗だった。
(……今、バレたらどうなるんだろうな)
だけど言えなかった。
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深夜。空気が変わる。
物音一つない村に、草を踏みしめる足音が近づいてくる。
(来たな……)
盗賊たちが村の外から忍び込もうとしている。俺が張った糸に、ひとり、ふたりと引っかかり――
「ぐあっ!?な、なんだこれ!」
「う、動けねぇ……!?罠かっ!?」
動けなくなった盗賊たちを、俺は素早く確保する。鋼糸で縛り上げて、気絶させるだけ。殺す必要はない。
だが――
「……ボス、やばいッス!罠が!」
「構うな。村へ向かうぞ!」
残った盗賊の半分ほどが、村の中心へと走り出す。リーダー格らしき男の姿も見える。
(……こっからが本番だな)
俺は宿を飛び出し、村の入り口で彼らの前に立ちふさがった。
盗賊たちの動きが止まる。
「誰だテメェ……子どもか?」
俺は言った。
「……通行止めだよ。ここから先は、行かせない」