憧れだったかつての伝説
岐阜県の東海地方の僕のチーム、織田中学校対強豪、武田中学校バスケ部の県大会。
1試合目は武田、2試合目は織田が取り、3試合目。得点は33対33の同点だ。タイムは残り10秒の武田側のフリースロー中。
緊張であたり一面は静かだった。
聞こえるのは弾むボールの音のみ。
選手が投げた。
入った。
33対34
2投目
33対35
「負けた。」
僕はボヤいた。
2年レギュラー、小瀬。
仲間達には申し訳無いが僕は諦めて力を抜いてしまった。
が
「ぉぉぉぉぉおおおおるぁああ!!!」
スローインから受け取ったチームのエース、尾松先輩が思いっきり投げた。
10
9
8
7
ボールは放物線を描き自陣のゴールへ飛んでいく
6
5
「嘘だろ…?」
ボールはリングの間近までいった
4
3
2
ボールがリングとフィットする
1...
スパアッ
3ポイント。
36対35 得点が動く
「……………え?」
辺りが静まる。
か
うおおおおおおおお!!!!
観客、チームメンバーはもちろん審判、オフィシャルの選手、更には敵チームも思わず立ち上がった。
「先輩流石っす!」
「やるじゃねえか!尾松!!」
全員が尾松先輩の方へ駆け寄り賞賛する。
「おう!ありがとな!お陰で俺は安心して引退できるぜ!」
そして尾松先輩は僕の方を見て二カッと笑った。
「言うだろ?諦めたらそこで試合終了だって!」
「…うす。」
僕はただ先輩の背中を追うことしかできなかった。
小学校の時独りぼっちだった僕にバスケを教えてくれた。
いつも気にかけてくれた尊敬する先輩。
僕にとって先輩は憧れで、生きる伝説だった。
1年後
「直人、お前進路どうすんだ?」
2者懇談で担任が僕の通知表を見て質問する。
「何度も言ってますが僕は織田総合高校に行きます。」
小瀬ははっきりと申した。
「別に行けなくはないぞ?寧ろ余裕で行ける。けど、お前の学力だと県内トップの織田北高校に行ったほうが…」
小瀬の通知表には5段階評価中殆どが4と5だった。
因みに織田総合高校は総合科ということもあり、学力があまりなくても通えるレベルの高校だ。
「僕はそこでやりたいことがあるんです。曲げたくありません。」
小瀬は冷静に答える。
「…尾松か?」
担任が察したように尋ねる。
「はい。」
「…………………分かった。」
担任は長い沈黙のあと、承諾した。
1年後の春
僕は無事念願の織田総合高校に合格した。
目立ちたくなかったため首席は違う人に譲った。
入学式を終え、最初のホームルームを済ませ、暫くの日数が経った。
「なあなあ、お前部活どうすんの?」
放課後、隣の席の初めての友人、加賀見が入部届を持ちながら聞いてきた。
「バスケ部かな。尊敬する先輩がきっといるから。」
僕は期待の笑みを浮かべて答えた。
「へー…まあお前背高いしな。」
確かに僕は身長178と長身の方だ。中学の時もこの高身長を活かしていた。
「ありがと。じゃあ体験入部行ってくる!」
僕は一目散に体育館へ向かった。
バスケ部部員がちょうど練習していた。
飛び交う掛け声、ドリブルの音にワクワクが止まらなかった。
「体験入部の一年かな?」
顧問らしき先生が声を掛けてくれた。
「はい!あの、尾松先輩っていますか?」
僕は高鳴る気持ちを抑えながら聞いてみた。
「尾松?あー、専門科の奴が。おーい!春樹ー!」
顧問が春樹先輩を呼んだ。
「はい!何でしょう!」
「尾松って奴知ってるか?」
顧問が聞く。
「尾松っすか?あー…あのパソコン部の一員っすか?」
春樹先輩の発言に理解がついていけなかった。
何故だ?あの生きた伝説の先輩がバスケ部にいない?どういう事だ?
「えっとー、尾松先輩って、バスケ部にいないんですか?」
僕はもう一度聞いてみた。
「みたいだな。パソコン室にいると思うから行っておいでよ。」
顧問が優しくアドバイスしてくれた。
「あ、ありがとう御座います」
思わぬ事態に戸惑いながらも僕はパソコン室に向かった。
「…ここか。」
パソコン室の前に着くと中からガヤガヤと声が聞こえた。
「し、失礼しまーす」
恐る恐る引き戸を開け、中に入る。
「そこで俺は言ってやったんだよ、冷やかしならレンジでチンしてあっためてー!っつってよ!タッハハハハハ!、お?どしたのー?その緑ネクタイは一年かな?」
よく分からんジョークを部員に飛ばした先輩が僕に気づいた。
「あ。こんにちは、えっとー、尾松先輩がいるって聞いて来ましたー」
「尾松か?ここのパソコン机の椅子の上で寝てるよ。おい、尾松起きろ、ご指名だぞ。」
先輩が椅子をずらすとその上には生きた伝説の尾松先輩が寝ていた。
「あー?俺のネムネムタイムを邪魔する輩はドイツだー?」
「えっとー…お久しぶりです。先輩」
僕は寝起きで不機嫌そうな尾松先輩に挨拶した。
「…………………え!?小瀬!!??久しぶりじゃーん!どしたのー?」
尾松先輩は我に返り中学の時と変わらないテンションに戻った。
「ここに来れば先輩に会えるって聞いて来てみました!てか…何でバスケ部じゃないんですか?」
僕は少し冷たい態度で聞いた。
「…………あの時は、楽しかったなあ…」
尾松先輩は起き上がると少し切なげに語りだした。
「俺もな、バスケがしたかったよ…けどよ、」
そう言うと尾松先輩は右脛を擦った。
「…スンマセン、先輩の気持ちなんて知らずに僕…」
僕は詫びた。
「ん?あー!気にしないで!?これはたださっき机の角にぶつけただけだから!いやー、痛かったねー!」
尾松先輩がニッと笑った。僕は真顔だった。
「でな、一年の時体験入部に行ったよ、その時気づいたんだ。バスケットボールって日本語だと籠球なんだなって!『ロウキュー!!』じゃん!って!」
「先輩それパクリで訴えられますよ?」
「あー、話が逸れちまったな、どこまで話したっけな…あー、そうそう!体験入部に行った時になそりゃあまあ滅茶苦茶キレイな女子マネがいたんよ!」
尾松先輩の目がキラキラと光った。
「で、仲良くなろうとアタックしたらな?こう言われたんだよ。
『ゴメンナサイ、私、パソコン部の部長と付き合ってるの』(裏声)
てよ、その時俺は決意した!その部長を倒して、部長よりもすげー男になって見返してやる!ってな!」
この時小瀬は思った。なんと小さき野望なんだ。と
「で、パソコン部に入って部長に挑んだんだよ、
『俺と勝負して俺が勝ったらバスケ部の女子マネと別れてください!』
て」
この時小瀬は思った。人の彼女を奪おうとするなんて最低な奴なんだ。と
「で、挑んだらアッサリと負けちまったよ。」
「なにで勝負したんですか?」
「え?バスケ勝負だと俺が有利だし、タイピングとかだと部長が有利になるから…クシャミ先にしたら負けゲームにした!」
尾松先輩が親指を立てる。
「どういうゲームなんですか?ソレ」
「ルールは簡単!
・お互い先を細く捻ったティッシュを持つ。
・お互い自分の持つ細ティッシュを相手の鼻に差し込む。
・くすぐりあって先にクシャミしたら負け。
ていうゲーム!俺考案!」
この時小瀬は思った。なんと醜い戦なんだと。
「てか部長もよく受け入れましたね。そんな醜い…失礼、汚い…失礼、………勝負事に。」
「で、負けた俺は部長に負けたから好きにしてくれって言ったんだよ。そしたら部長はな、
『じゃあパソコン部入ってよ。』
て言われたから俺は今こうしてパソコン部に入ったってわけだ。」
この時小瀬は思った。なんとしょうもない出来事なんだ。と
「で、小瀬はどうすんだ?パソコン部入るか?楽しいよ!」
「いや、パソコン詳しくないんで…」
僕は断ろうとした。
が
「じゃあ俺と勝負しろ!で、お前負けたらパソコン部入りな!」
「…え?……………分かりました。」
思わぬ宣戦布告に戸惑いながらも受け入れてしまった。
「よし!じゃあ何して勝負しよっかなー…よし!決めた!
『笑ってはいけない!耳元水飲みASMR!!』
(拍手喝采)」
尾松先輩の発言に周りが拍手した。
「ルールは簡単!
・先攻後攻を決める。
・先攻は水を後攻の耳元で飲む。
・それを交代しながらやって行き、先にツボったら負けだ!
俺考案!」
「…分かりました。」
こうして僕と尾松先輩はじゃんけんし、僕は後攻となった。
「じゃあいくぞ?(グッグッ)」
尾松先輩は口に水を含め、僕の耳元に近づいた。
「クチュクチュクチュクチュ、ゴクン、ゴクン…げっぷ」
「ブフォーーー!!」
思わぬげっぷという不意打ちに負け、僕は吹いてしまった。
「よっしゃー!先手必勝!!これからよろしくな!小瀬!」
こうして僕は高校の青春をかつての憧れだった先輩と送る羽目になった。
「あ、言い忘れてた!」
尾松先輩が何を思い出したのか、急に立ち上がり僕の方を見た。
パソコン部に青春はないぜ!
【人物紹介】
・小瀬
一年A組
尾松先輩の背中を追って織田総合高校バスケ部に行ったがパソコン部に入った尾松先輩と『笑ってはいけない水飲みASMR』で負けてしまい、パソコン部に入部。
・尾松
2年専門科クラス情報科
中学でのスーパープレイが賞賛され、生きた伝説と呼ばれていたが、織田総合高校のバスケ部女子マネを巡ってパソコン部部長と『クシャミ先にしたら負けゲーム』で負けてしまい、パソコン部に入部。
小瀬をパソコン部に強引に入部させた張本人。