またいつか
皆さんはタイムスリップなるものを信じるだろうか。当然大半の人が信じないだろうが、それは僕もそうだ。誰だって、それがSFの世界のものだと思っている。それを経験したことがある、ましてや今から行うと言われても信じようがないだろう。ただの冗談だって思う。
「君はタイムスリップを信じるかい?」
だが、目の前にいるこの人はそうではない。その大半の人に入らないのだ。
「信じません。」
当然だ。
「まあ、そういうと思っていたよ。知っていたさ、だっていつものことじゃないか。私がSFチックなことを信じていると言い、君は信じないと言う。もはや様式美だね。」
とある普通の街にある、至って普通な高校。そこの「SF研究倶楽部」が僕達の所属している部活である。部長であり、僕の一個上の先輩「三鷹 ハル」、そしてもう一人、幽霊部員と化している奴がいるのだが、まあそいつは追々紹介するでいいだろう。
この計三人(ほとんど二人)でSF研究なるものを、放課後にやっている。
「昨日はタイムリープで、一昨日はタイムふろしきでしたっけ。なんか時間を旅するタイプのものばっかですね。」
「時間旅行というのはとても浪漫があるからね。筆舌に尽くしがたいものだ。ぜひとも経験したみたいものだね。そうは思わないかい?」
「僕はそうは思いませんね。」
未来に行ったところでやりたいことも無いし、過去に戻ったところでいい思い出もない。未来だって、ただ生きてるだけで行けるんだから、わざわざタイムスリップだとかで行く必要もないだろう。まあ、ドラえもんとか、進んだ科学技術とかは見てみたい気もする。
...気がするだけだ。
「それで?どうやってタイムスリップの実存を証明するんですか?」
「それではこの資料の2ページ目を開いてください。」
「あんたさては暇だな...」
そんな感じで、僕達の青春は過ぎていった。
一年と数ヶ月がたった、2月のあの日までは。
「なんでこんな寒い日に、こんな山までいかなくちゃならないんですか...」
「この先に未確認飛行物体が現れたって情報があってね。ぜひとも拝まなければと思ってな。」
「それってオカルト部の管轄じゃないんですか。」
うちの学校にはオカルト研究部というものもある。行き過ぎた科学はオカルトと区別がつかない、みたいな感じの言葉があるように、僕達の研究する題材とオカルト部の研究する題材はよく被る。今回も同じだ。
「一応オカルト部に確認はとったよ。いつも通り突っぱねられると思ったが、今回は譲ってもらえた。最後に妙なことを言っていたがね。」
オカルト部が妙なことを言うのはいつも通りじゃないか?
「妙なことっていうのは、言葉っていうよりかは、態度というか、今回の未確認飛行物体の研究を取りやめる、と言ったときの、妙な雰囲気というか。」
それは、妙っていうよりかは
「神妙というべきかな...」
結局、未確認飛行物体は見つからなかった。
やはり噂は噂なのだろうか。疲れ果てて下山すると、街の様子が少しおかしかった。
「おや、君、もしかして今日がなんの日か知らないのかい?」
「なんの日なんでしょうね。」
2月にあるイベントといえば、節分とか建国記念とかだったかな。
「今日はバレンタインデーだよ。ほら、チョコレートを意中の相手に渡すあれさ。」
そういえばそういうのもあったな。今まで生きてて、そんなものに恵まれたことが無かったから気づかなかった。
「と、いうわけでこれ。私から君にプレゼントだ。」
といって渡されたのは、ピンク色の紙とリボンでラッピングされたハート型のものだった。
「これ、開けてもいいですか。」
「もちろんだ。」
中身は当然チョコレートだった。
「ありがとうございます。大切に家宝にします。」
「食べてくれたほうが嬉しいかな。」
帰路。
先程までの賑やかさが嘘のように静まり返っている。ここにいるのは、僕と、三鷹先輩の二人だけだった。
「ところで君。」
呼ばれて振り返った。
「まだ返事をもらっていないんだが。」
返事?.......ああ。
「チョコレートのことですか。すいませんホワイトデーに3倍にして返します。」
「そういうことではないしホワイトデーは知っているんだな君。」
基本的に奉仕体質だからかもしれない。
「さっきも言っただろう?バレンタインデーは、意中の相手に、チョコレートを、渡すと。」
.......。
「私は、君のことが好きなんだ。」
.............。
「私と付き合ってほしい。」
...................。
「...私なんかじゃだめだろうか。」
......私なんか、か。
「自分をそんなに卑下しないでください。先輩は十分魅力的ですよ。」
曇りかけた先輩の顔が明るくなる。心が、痛む。
「だけど、だから、僕は先輩とは付き合えません。」
途端、先輩の表情は、暗くなる。心が、締め付けられる。
「あなたが魅力的であると同時に、僕はその逆なんですよ、あなたはそうではないと、そんなことはないと、言うかもしれませんが」
これは本心だ。遠回しなお断りではなく、僕自身の問題で断っている。
きっと先輩は分かっている、でも、だからこそ黙ることしかできないのだろう。
心が、軋む。
「僕は人を愛すことができない、人から愛されたことがないから。」
だから
「だから、あなたとは付き合うことができません。」
そして、心は崩れた。
あの時こうしていれば、こんなことをしなければ、自分の思い通りになったのに。
本当に?
何も変わらないかもしれない。どうあがいたところで、行きつく先は同じかもしれない。
だから僕は、あの時こうしていれば、なんて思っても、意味がないと思っている。
大事なのは、そこから前に進むことだ。
彼女は前に進めたのだろうか。
「まるで自分が前に進めているかのようだな...」
机に放置されたチョコレート。数時間前に貰ったもののはずなのに少し溶けている。
暖房が効いた部屋に放置していただろうか。一つ食べる。甘かった。僕には勿体無いくらい甘かった。
きっと、丹精込めて作ったのだろう。申し訳ないとは思っていた。申し訳ないとしか思っていなかった。
あの後、彼女の家の前まで送った。夜道を一人で歩かせるのは良くないと思ったから。その間は終始無言だった。帰り際、さようならとまた明日、そしておやすみなさいを言い、そのまま帰った。
家に帰ってきても、眠ることができず、思考に耽っていた。時計を見ると、もう夜中の12時を回っていた。
明日も学校があるのでそろそろ寝ようと思った。
人間は案外、やろうと思えばできるようだ。
気づいたら朝になっていた。快眠、とは言いがたかった。
学校に行く前のルーティンを済ませ、そしていつもどおりの日常を過ごす。
放課後。
いつもどおりの部室に向かう。いつも二人しかいない部活。そこに向かう。どんな会話をしよう。なにせ、昨夜あんな事があったんだ。非常に気まずい雰囲気になるだろう。
ドアを開ける。
知らない人がいた。
「...誰ですか。」
「誰ということはないだろう。君の担任だぞ。」
知らない担任だった。
「それで、なんの用でここに来たんですか?ついに廃部というやつですか?というか先輩はどこに行きました?いつもは一番乗りなのに。」
「はやる気持ちはわかるが、そんなに一度に質問しないでくれ。一つずつだ。」
「じゃあ、なんの用でこちらに?」
まず一つ。
「俺はこの部活の顧問だぞ。来ないでどうする。というか知らなかったのか。」
初耳だ。
「今までの部活動で殆ど来なかったじゃないですか。」
「三鷹って結構頼りになってな。先生他の仕事もあって忙しいんだが、ここは三鷹に任せても大丈夫だろうと思ってな。なかなか顔を出せなかったわけだ。」
なかなかに適当だ。
「じゃあ2つ目。もしかして廃部します?」
部員三人しかいないし。
「その危険性はあるが、俺が顧問をしてるってのと、部費を一切使わないってのもあってまだ大丈夫だろう。ただまあ、今回に限ってはまずいかもしれないが。」
「......それじゃあ3つ目に。先輩はどこです?」
今までなら、僕が部室に入る前には必ずいた。一度、ホームルームが終わってからダッシュで部室に向かったことがある。が、それでも先輩は先にいた。
「あー、それが一番話したかったことだ。要するに本題ってわけだ。」
息を呑む。まさか、不登校になったとかか?十分にありえるぞ。だって昨日僕から振られたわけだし。
「ちなみに言っておくが不登校ってわけではない。」
思考を読まれた。
「この場合不登校のほうが良かったんだけどな...まあいい、単刀直入に言おう。」
不穏な空気が漂う。張り詰めた空気に押しつぶされそうになる。嫌な予感がする。今から言われることが、とんでもないことかのような。心の何処かではそれを否定したくても、脳がそれを受け付けない。
「どうぞ、お願いします。」もう後戻りはできない。
「...単刀直入に言おう。───三鷹 ハルが、昨夜失踪した。」




