寒緋桜の伝説
「わあっ! 綺麗~」
「シンデレラのカボチャの馬車さんとガラスの靴だっ」
ピジョンの姫君の新作ケーキ、「シンデレラ」はミルク感たっぷりのふわふわのホイップクリームの上にホワイトチョコとストロベリーチョコの薔薇が華やかに彩るドレスを着たマジパンの愛らしいシンデレラとガラスの靴に見立てたゼリーの中には季節のフルーツがたっぷり
カボチャのムースで作られた可愛い馬車の中身はクリームチーズとブルーベリーが美しい層になっておりヴィジュアルだけではなく味も絶品なともっぽ姫の自信作だ
「さあさ、ミルクティーがはいったわよ。いただきましょう」
「お、これは綺麗だね。さすがはともっぽ姫」と二人の愛娘たちのパパ、コージュも目を細める
「ん~~!! ママ、すっごく美味しい~」感動するキーモとミーモ
「新作なのよ。ともっぽが感想教えてねってさっきくれてね」
「ん…見た目に反して甘さが控えめで美味い」
キニーは家族の感想をメールで打つと動画を撮ってさっそく妹のともっぽ姫に送る
ピロピロン♪
「みんな~、感想をありがとう。気に入ってくれて嬉しいわ♪ ぜひ今度はお店に来てね」
ともっぽからの返信動画が届いた
「ねえねえパパ、明日はお花見なんだって」とケーキを食べながらパパに甘えるキーモ
「そうかそうか、よしよし♪ 冬桜が見事だもんなぁ」
イケメンなパパにキーモは抱っこされてご満悦
「ねぇパパ、ピジョン寒緋桜さんの伝説があるってほんと?」
伝説が大好きなミーモは瞳をキラキラさせている
コージュはミーモの頭を撫でながら
「本当だよ。じゃあ今からパパがお話ししようか?」
「やったぁ~。聞きたい聞きたい♪」
伝説が気になっていた子供たちは大喜び
キニーも微笑みながら
「そうね、パパに聞いた方が面白いわよ。ママはちょっといい加減だから(笑)」
「おいおい(笑) 確かに花見に行くなら伝説を知ってからのほうがいいかもしれないな」
「パパ、ポーポー連れてくるから待ってて」
「キーモもカナン連れてくる~」
※ポーポーはミーモのお気に入りの鳩のぬいぐるみでカナンはキーモのパグのぬいぐるみ
二人はパパのお膝の上でわくわくしている
「それじゃあ二人とも、用意はいいかい?」
※
その昔、ピンク色の羽根が愛らしいポリスというクジャク鳩の姫がリンバロストの森を散歩している途中で姉妹とはぐれてしまってね
足に怪我をして動けなくなっていると…
偶然に森に通りかかった大魔王のルークが足から血を流し悲しそうにしていたポリス姫を見つけ、そっと抱き上げて屋敷に連れ帰り傷の手当をしてあげたんだ
初めて見る悪魔の大魔王に怯えていたポリスだったが、怖がらせないように優しく話しかけながら毎日手当をしてくれるルークに徐々に心を開きはじめた
やがてポリスの傷が癒える頃、二人はすっかり仲良くなりお茶を飲みながら互いの国のことを語り合ったり、薔薇園を散歩したりして楽しい日々を過ごしていた
その頃、ポリス姫とはぐれた鳩の姉が心配してピジョンの国の女王に訳を話し女王と王様が娘のポリスを迎えに魔界に訪ねて来たんだ
ルークは漆黒の長い髪を銀のチェーンで束ねた長身の美しい大魔王で彼には父親が決めた婚約者の姫がいた
この婚約者は、ルークの父親の親友の大魔王の愛娘で幼馴染で仲の良かった二人を行く末は結婚させたいと父親同士で密かに決めていたんだよ
共に時間を重ねていく度にクジャク鳩のポリス姫はどんどんルークに惹かれていくが姫とはいえ、鳩の自分と大魔王の彼とは身分違いで釣り合わないことも愛されるに値しないことも解っていたそうだ
「パパ、ルークは?ルークはポリス姫のことをどう想っていたの?」キーモは心配そうにまぁるい瞳に涙を潤ませコージュに問いかける
コージュはキーモの頭を優しく撫ぜながら語り続ける
ルークもね、ポリス姫を心から愛しいと思っていたんだ
だがルークの婚約者のマギーは嫉妬深く我儘な性格でルークが自分以外を可愛がることが許せずにルークが外出した時を見計らって屋敷に入り込むと部屋でルークの帰りを待っていたポリスの羽根を乱暴に掴むと眉を吊り上げて言ったそうだ
「鳩のくせに生意気な…ルークは私の婚約者なのよ! あんたなんか相手にされるはずないでしょう…目障りな鳩…」
マギーは残酷そうにニヤニヤしながら真っ赤な長い爪でポリスの首をギリギリと絞めはじめたんだ
「苦しい…やめて…たす…けて…ルーク…様…」
「やめろっ!! 娘に何をする!!」
危機一髪のところでポリスの父親と母親がその場に駆けつけ、父親はピジョン王国の王様だが魔界にいた頃は大魔王としてかなり名の知れた実力者だった為、ひるむことなくマギーを魔力で突き飛ばした
首を絞められ、失神した娘を抱きしめているところにポリスが必死に助けを求めていた声を感じたルークが戻って来てマギーの頬を思いきり叩くと穏やかな瞳が怒りで真紅の魔眼になり平手打ちされ泣き崩れているマギーににじり寄ると口を開いた
「わたしのポリスに…お前は何をしようとした…」
ルークの心は怒りで制御できずに穏やかな表情とは打って変わり漆黒の艶やかな髪は蒼い炎のようにゆらゆらと揺らめいて全身に殺意がみなぎっていた
「ルーク…さま…やめて…くだ…さい」
か細い声で自分を呼ぶポリスに気付くとルークは我に返り、父親の腕に抱きしめられ ぐったりしているポリスの頬を泣きながら撫でて声をかけた
「ポリス…おお、ポリス!! 許しておくれ。愛しいお前をこんなひどい目に合わせてしまった…」
泣きながら自分の頬を優しく撫でてくれるルークの指をポリス姫はふわりとした羽根でそっと包みこみ涙ぐんだ
「ルーク様…謝らないでください…数日でもあなた様のお傍にいられてポリスは幸せでした…」
そう言って力なく微笑むとポリスは息絶えてしまいルークに抱かれたまま愛らしい瞳は二度と彼を見つめ返すことがなかった
嘆き悲しんだルークはマギーとの婚約を破棄し、ポリスの両親に頼み込んで亡骸を屋敷に引き取り、蘇生出来ない代わりにポリスをフカフカした柔らかな棺に大切に入れて自分の庭に埋葬したんだ
後を追いたくても悪魔のルークにはそれが出来ずポリスのお墓の前で泣き崩れていると…
夜明けを告げる太陽の光と共にふんわりとした羽根がルークの頭を優しく撫でた
ルーク様、ルーク様…
そんなところで眠っては風邪をひいてしまわれますわ…
愛おしい優しいポリスの呼びかけにふと目覚めたルークはポリスを埋葬した場所から見事な冬桜の木が生え、まるでポリスの羽根のようなピンク色の花を咲かせているのを見て涙を流しながら桜の木に抱きついた
「ポ…リ…ス? ポリスなの…か? わたしを迎えに来て…くれた…の…か?」
すると
「いいえ、ルーク様…愛しいあなたを連れてはいけません…そのかわり…私の言うことを聞いてください」
「ああ…もちろんだよ、ポリス! なんでも言ってくれ…」
「私は冬桜、ピジョン寒緋桜として生まれ変わりました…あなたが百年間、私が冬に花を咲かせる度にお傍でこの桜を愛でてくださったら」
「私は魔女として…再び生まれ変わることができます…」
ルークはポロポロととめどなく溢れる涙を拭いもせず何度も何度も誓いを立てた
「俺の9つの魂にかけて誓おう! 今日より百年、お前が再び生まれ変わってこの腕で抱きしめるまで俺はお前の花を愛でて離れはしない!」
すると…優しい春風と共に…桜の甘い香りがルークを包み込んだ
「嬉しい…ありがとうございます…これでまた貴方様とお会い出来ます…」
それから何年も何年も彼はピジョン寒緋桜の世話をして毎年、桜が咲くと花を愛で続けたんだ
そしてね…丁度今年はその百年目にあたるんだよ
「え~!!! 本当?」
「ミーモ、お弁当いらない! 今から寒緋桜さんに会いに行きたい!」
ミーモとキーモは泣きながらパパとママにおねだりした
キニーママは微笑みながら二人の娘達を抱きしめ
「おにぎりとサンドイッチならお夜食用に作ってあるわよ」
「やったぁ」
「ママ、ありがとぉ!!」
「それじゃ、夜桜見物といくか」
コージュが二人を抱っこするとキニーは桜の花びらのクッキーを焼いてピジョン寒緋桜の佇んでいる緑色の美しいファーの丘へと向かって歩いていった
※
「パパ、誰か桜の傍に立ってるよ」
ひとりの男性が寒緋桜の木を愛おしそうに抱きしめながら語り掛けていた
「美しく咲いてくれてありがとう…ようやっと…時が満ちた…ポリス、愛しているよ…」
ルーク様…
すると…
一陣の桜吹雪が舞いあがりその男性を取り巻くと…桜色の髪をした美しい乙女が彼の前に姿を現し彼は嬉しそうに彼女を抱きしめて熱い口づけを交わしている
再び舞い上がる桜吹雪と共に二人は姿を消してしまった
「迎えに…来たんだ…」
「今の…ルークさんとポリスちゃんだよね…」
コージュは呆然と桜を見つめている二人を抱きしめながら呟いた
「そうだよ…やっと二人きりの場所に逝けたんだろう…」
「そうね…これで二度と離れずに…これからはずっと一緒ね」
キニーも涙ぐみながら呟く
ミーモとキーモはママのお弁当を開けるとおにぎりとサンドイッチと桜の花びらの形のクッキーを桜の木の下にそっと置いた
「二人ともどうぞ。幸せになって下さい」
「ルークさん、ポリス姫、元気でね」
満開の桜はたった一晩で見事に散ると…翌朝、ピジョン寒緋桜を抱きしめるように大きな桜の木が生えて見事な白い花を咲かせていた
「パパ、ママ、起きて起きて~」
二人の娘たちに起こされファーの丘に行ってみると木の下に子供たちが置いたサンドイッチとおにぎりとクッキーがなくなっていて、代わりにそこにはルビーのように鮮やかな美しいチェリーがたくさん落ちていた
ミーモが一粒つまんでパクリ!
「わぁ!!! お砂糖みたい!!すごく甘いよ~」
「きっと二人からのプレゼントだな」
「美味しいパイが焼けるわね」
コージュとキニーはそのチェリーを籠に入れると子供たちを連れて家路へと歩いて行った
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