クリスマス大作戦
12月に入って、街はクリスマスムード一色だった。
そんな中、テツはヤマにクリスマスデートの相談をするため、久しぶりにカフェで待ち合わせをした。
「で、テツ。クリスマスどうするか決めてんの?」
ヤマが飲み物を飲みながら聞いてくる。
「いや、なんとなく考えてるんだけど…一応、相談しようと思ってさ」
「まずテツのプランを話してみろ」
テツは少し照れながら、自分のプランを話し始めた。
「まずさ、ディナーはおしゃれなレストランに行こうと思ってる。雰囲気のいいところでコース料理とか食べてさ、その後にイルミネーションが綺麗な表参道を歩くって感じかな」
テツが自信なさげに話し終えると、ヤマは一瞬黙り、首を振りながら言った。
「……0点だな」
「えっ!? 0点!?」
テツは驚いて声を上げる。
「いやいやいや、おしゃれなディナーとイルミネーションって定番じゃん!何が悪いんだよ!」
ヤマは苦笑いを浮かべながらテツを見て答える。
「だからダメなんだよ、テツ。まず、おしゃれなレストランってさ、高いだろ?ああいうの一人1万円とか平気でするぞ。しかも夜に持ってきたら予約の時間も気になって楽しむどころじゃない。それにだ非日常すぎて、ナオだって緊張するし、テツだってカッコつけようとして失敗するに決まってる」
「…失敗って、俺そんなにドジじゃないだろ」
テツが反論しようとすると、ヤマは軽く手を挙げて止めた。
「いやいや、テツ。考えてみろよ。メニュー見て知らない料理の名前に焦って、オーダーで噛む未来が目に見える。それに料理の食べ方が分からないとか、ナプキンでテンパるとか、そういうのだよ」
「そ、そんなこと…あるかもな…」
テツは目を逸らしながら、小さく呟いた。
「で、表参道なんか行ったら人混みヤバいぞ。クリスマスイブにあんなとこ行ったら疲れるだけだ。下手したらケンカの原因になる」
「マジか…俺、完全に失敗プランだったのか…」
がっくりと肩を落とすテツに、ヤマは笑いながら肩を叩いた。
「だから俺が教えてやる。クリスマスデートはこうするんだよ」
「まず、いい店に行きたいならランチにしろ」
ヤマはそう言って指を一本立てた。
「ランチなら値段も抑えられるし、いい店でも一人5000円以内で済む。ランチからスタートだから時間に余裕も生まれる。そうだなサラダバーがついてるシュラスコの店とか最高だぞ。選ぶ楽しさもあるし、肉がメインだからクリスマスっぽい雰囲気も出る。飾りすぎないし、自然体でいられるんだよ」
「ランチか…。でも、夜はどうするんだよ?マックとか?」
テツが半分冗談で言うと、ヤマは頷きながら笑う。
「そう、それでいい。マックとか、普段行くようなカジュアルな店にすればいいんだよ。緊張しないし、二人でいつもの感じでいられるだろ?」
「え、ほんとにマックでいいの?」
テツが目を丸くすると、ヤマは真剣な顔で答える。
「いいんだよ。重要なのは店じゃなくて、二人で楽しく過ごすことだろ?おしゃれなディナーで失敗するより、いつも通りの方が絶対いい時間になるって」
「そっか…なるほどな。で、夜は?」
テツが尋ねると、ヤマはすかさず答えた。
「夜はみなとみらいから赤レンガ倉庫抜けて、山下公園まで歩け。その時期なら赤レンガはクリスマスマーケットもやってるはずだ。イルミネーションも綺麗だし、人混みも表参道よりはマシだしな」
「おお…確かにそれ、いいかも。ヤマ本当に高校生か?!」
テツは目を輝かせながら頷いた。
「でさ、プレゼントは何がいいと思う?」
テツが続けて尋ねると、ヤマは飲み物を置き、少し考え込む仕草を見せた。
「アクセサリーとか定番だけど、長く使えるものは結構高いし、好みが合わないと微妙だよな。だから、実用性があってセンスもいいものがいいと思う」
「実用性とセンスか…。具体的には?」
テツが身を乗り出して聞くと、ヤマはニヤリと笑って答えた。
「アクネのマフラーとかどうだ?質も良いし、デザインも洗練されてる。女子受けもいいぞ」
「アクネ?ブランドのやつか?」
テツが聞き返すと、ヤマは頷きながら説明を続ける。
「そう。ちょっと高いけど、トレンドだし、毎年使えるからコスパは悪くない。一生モノってわけじゃないけど、しばらく愛用してもらえるだろ。あと、クリスマスっぽい雰囲気も出るしな」
「でも、いくらくらいするんだよ?」
テツが少し不安そうに聞くと、ヤマはさらりと答えた。
「5万くらいだな」
「ご、5万!? マジかよ…!」
テツは思わず声を上げた。
「いいか、ナオの家は金持ちなんだ。去年のクリスマス、お前ボロボロの財布使ってるの見てナオに財布プレゼントされただろ?あれいくらすると思う?5万は余裕でするぞ」
「お前、ナオにマフラーあげてドヤ顔したいんだろ?だったらそのくらい頑張れって」
ヤマは笑いながら肩をすくめた。
「マジか!この財布そんなにするのか?!まあ確かに、ケチるわけにもいかないしな…ナオに似合いそうだし、喜びそうだな」
テツは財布の中身を思い浮かべつつ、覚悟を決めた表情で頷いた。
「でマフラーの色だがナオの最近の写真を店員に見せて色は店員に選んでもらえ。お前の絶望的なセンスで選ぶよりよっぽどいい。」
「絶望的なセンスって…」
「マフラーは渡すのはランチだな。それを巻いてあげて夜のデートに向かうんだ。マフラーの巻き方勉強しとけよ。早速お前のマフラーが活躍するってわけだ。」
「じゃあ、ランチはシュラスコ、夜はみなとみらいで散歩、プレゼントはアクネのマフラーって感じでいけばいいんだな」
テツが確認すると、ヤマは満足げに頷き、指を一本立てた。
「そう。それで完璧だ。お前らしい自然体のデートになるし、ナオも絶対に楽しめるはずだ」
「ありがとな、ヤマ。マフラーはちょっと高いけど、頑張るわ」
テツが感謝すると、ヤマは冗談っぽく笑いながら言った。
「俺に感謝するのはいいけど、ナオの前でヘタレんなよ?ちゃんと余裕ある男っぽく振る舞えよ」
「分かってるって!」
テツは笑顔で答え、ヤマのアドバイスを胸にクリスマスの準備に気合いを入れた。
「ヤマ、本当にありがとな」
カフェを出て冷たい風が吹き抜ける中、テツは歩きながらヤマのアドバイスを反芻していた。
ナオの笑顔を想像するだけで、不思議と胸の奥が暖かくなる。
「ちゃんと余裕ある男になれるかな…でも、ナオのためなら頑張れる気がする」
ふと視線を上げると、遠くにクリスマスツリーのイルミネーションが輝いているのが見えた。
その光を見つめながら、テツはそっと拳を握り締めた。
12月24日、クリスマスイブ。
午前11時、みなとみらい駅の出口で待ち合わせたテツとナオ。赤いコート姿のナオが手を振りながら近づいてくる。
「お待たせ、テツ!」
「いや、俺も今来たとこ。寒くない?」
「ちょっとだけね。でも平気!」
ナオが微笑むと、僕は少し照れくさそうに頷き、予約していたシュラスコの店へ向かった。
店内に入ると、華やかなクリスマスデコレーションと食欲をそそる香りが漂っていた。案内された席で、サラダバーに向かうことにした。
「わあ、このサラダバーすごいね!種類がたくさんある!」
ナオは嬉しそうに小皿を手に取り、彩り豊かな野菜やトッピングを慎重に選んで盛り付け始めた。
一方の僕は、「とりあえず取ればいいんだろ」とばかりに、目についたものをどんどん乗せていく。気がつけば、僕の皿にはドレッシングがこぼれそうなくらい無造作に盛り付けられていた。
テーブルに戻ると、二人の皿の対比が一目瞭然だった。ナオの皿は美しい色彩で整然とした盛り付け、一方僕の皿は、野菜が山のように積み上がり、あふれんばかりの状態だ。
「テツ、それ…盛りすぎじゃない?」
ナオがクスクス笑いながら指摘すると、僕も自分の皿を見て苦笑いした。
「う、うるさいな…こういうのって、勢いが大事なんだよ!」
「勢いで盛り付けた結果がこれなんだね。ドレッシング、こぼれそうだよ?」
ナオが笑いながらドレッシングを直してあげると、僕はちょっと恥ずかしそうに目を逸らした。
「でも、ナオの盛り付けはきれいだな。なんかカフェのメニューみたい」
「ふふ、ありがとう。でもテツの皿も…野菜炒め定食みたいにダイナミックでいい感じだと思うよ?」
「絶対バカにしてるだろ!」
二人で笑い合いながら、シュラスコを楽しむランチタイムが始まった。
「このお肉、すっごいジューシーだね!テツ、こういうの普段食べるの?」
「いや、全然。けど、ナオが喜ぶかなーって思って…」
ナオはくすっと笑った。
「ありがとう、嬉しいよ。クリスマスって感じだね」
ランチを終えた頃、僕はバッグから丁寧に包まれたプレゼントを緊張しながら取り出した。
「ナオ、これ…クリスマスプレゼント」
ナオは驚きつつも嬉しそうに包みを開け、アクネの上品なマフラーを見つめた。
「これ…すごく素敵!ありがとう、テツ!」
「えっと…寒いし、せっかくだから巻いてみない?」
「うん、お願い!巻いてくれる?」
僕は少し緊張しながらマフラーを手に取り、ナオの首に巻こうとする。しかし手が震えてしまい、少しきつく巻いてしまった。
「ちょ、ちょっとキツいよ!」
「あ、ごめん!もう少し緩めて…こうかな?」
僕がぎこちなく調整している間、ナオは笑いをこらえきれなくなった。
「テツ、ほんと不器用だよね。でも、そういうところが可愛いんだよ」
「かわ…っ!?」
僕は思わず言葉に詰まりながら、ナオの微笑みに救われた気がした。
そして、ナオは少し照れたようにカバンの中から小さな包みを取り出した。
「実はね、私もプレゼント用意してたの。はい、テツ」
「えっ、俺に?」
僕は驚きながら包みを受け取り、慎重に開ける。中にはシンプルで洗練されたデザインのキーケースが入っていた。
「これ、テツに似合うと思って選んだんだ。前にちょっと鍵探すのにポケットの中とカバンの中身全部ひっくり返して探した事あったでしょ?裸のまま鍵入れるからああなるんだよ…」
「これ…すごくいいやつじゃない?ナオ、ありがとう!」
テツはそのキーケースをじっと見つめながら、大切そうに手でなぞった。
「ふふ、良かった。私が渡したもの、ちゃんと使ってくれるといいな」
「使うよ!いや、これから一生使うかも…」
テツが少し大げさに言うと、ナオは笑顔で返した。
夕方、みなとみらいの夜景が輝き始める。二人は赤レンガ倉庫を抜け、クリスマスマーケットで買ったホットチョコレートを飲みながら山下公園を目指す。ナオはもらったマフラーを嬉しそうに触りながら、テツと並んで歩いていた。
「このマフラー、本当に温かいね。テツ、選んでくれてありがとう」
「いや、ナオに似合うと思ってさ。やっぱりぴったりだな」
クリスマスソングが遠くから聞こえ、イルミネーションが僕らを優しく照らす。僕らの歩調は自然と合い、静かな夜を楽しんでいた。
夜が更け、二人は山下公園に到着した。ベンチに座り、静かな海を眺める。潮風が冷たく感じられる中、テツはふとナオの横顔を見た。
「今日は本当に楽しかったよ。テツのおかげで素敵なクリスマスになった」
ナオが小さな声で呟くと、テツは少し考えてから言葉を選んだ。
「俺も楽しかった。ナオが喜んでくれるのが一番嬉しいし…こういう時間、大事にしたいって思った」
ナオはそっとテツの肩に頭を預けた。
「テツって不器用だけど、そういうところが好きなんだよね」
「不器用って…」
テツが困ったように言うと、ナオはくすっと笑った。
「でも、そういう一生懸命なところが…本当に好きだよ」
その言葉にテツは一瞬言葉を失い、次第に自分の心がじんわりと温かくなっていくのを感じた。
夜空を見上げると、無数の星が静かに輝いている。ふとナオが呟いた。
「ねえ、テツ。来年も、再来年も、ずっとこうして一緒にいられるといいね」
「…ああ。俺もそう思う。絶対に…守るよ、この時間を」
二人は手を繋ぎながら静かに星空を見つめた。その手のぬくもりは、冷たい夜の空気の中で唯一無二の温かさを感じさせた。