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変わる事と変わらない事

カヅキは夏の大会に向けて練習を続けていた。

僕がチームを勝たせる。そうすれば今の環境を変える事ができる。中学の時の最初の試合での成功体験がカヅキを縛りつけた。


でも周りはカヅキが何のために頑張るのかさっぱりわからなかった。中学の強豪校からたまたま来た4番選手がただ一人頑張っている。自分たちは野球は好きだけどカヅキのようには頑張りたくない。


カヅキはチームとの対話も拒否しているように見えてしまっていた。ただ俺に従えと黙々と練習する姿を見せつけてくる。そう周りに印象付けてしまった事が周りのメンバーと更に溝を深くした。


でもカヅキは別に勝ちたいわけではなかった。チームに居場所を作るために結果を見せる事が必要だと思っていたからだ。


「僕にはこの方法しかないんだ」


中学の頃の練習試合、エースのヒカルから打った一打が僕に居場所を与えてくれた。それを高校でも実現する。そう決意していただけだった。


「みんなに一勝する喜びを味合わせてあげたい。それができれば、高校でも僕は中学と同じように仲間達と楽しく過ごす事ができるはずだ。僕がこのチームを勝たせる。」


夏の県大会の一回戦。


カヅキはチームを勝たせる事ができなかった。


チャンスは1-0で負けている5回裏だった。

カヅキは3番に入っていた。


戦闘打者がヒットで塁に出て、サードゴロの間にセカンドに進む。2アウトで回ってきたのがカヅキ。


その打席カヅキは三振した。


絶対に打つ。ここが変えるチャンスだ。


しかしその気持ちがカヅキを力ませた。簡単に見極められたはずのボール球を振ってしまったのだった。


結局ノーヒットでカヅキはその試合を終えた。


「あんなに練習してもノーヒットとはね」


どこからかそんな声が聞こえてきた。その声に賛同するみんなの目線がカヅキに集まったような気がした。


カヅキは下を向いて一言も喋る事ができなかった。

中学校の時は一打で自分の居場所を作る事ができた。今回はそのチャンスだった。カヅキはそのチャンスを生かす事ができなかった。


「僕の高校生活は終わった」


カヅキはそう思った。


「僕はどうすればいいんだろう」


帰り道もそれをずっと考えていた。

答えは出なかった。高校に入ってから何もかもがうまくいかない。カヅキ自身は変わっていないのに中学のように上手くできていなかった。

自然と涙が溢れてきた。「(僕は一人だ)」



そしてその帰り道。試合の帰り道カヅキは中学時代の同級生の姿を見つけた。テツだった。


「あっ、もしかしてカヅキ?久しぶりじゃん。」


久しぶりに会ったテツは更に変わっていた。

中学と違うファッション、髪型。

しかも隣に可愛い女の子を連れていた。

カヅキにはテツが光って見えた。

テツが羨ましかった。


「…あっテツ。久しぶりだね。もしかして彼女?」


「そうなんだよ。ナオって言うんだ。」


「そうなんだ。はじめましてナオさん。テツは中学生の頃の野球部の連中と会ったりしてるの?」


「いや全然。カヅキは野球続けているみたいだな!俺は最近DJを始めたんだ!今度バトルに出るんだぜ。」


「そうなんだ…。また中学校のみんなで会いたいね。最近みんなどうしてるか知ってる?」


「いや、俺も全然会ってなくてさ。じゃあなカヅキ野球頑張れよ」


離れて行くテツの後ろ姿が変わらないカヅキと変わって行くテツを象徴しているかのように感じた。

中学卒業からそれほど時間は経ってないはずなのにカヅキとテツの差をとてつもなく大きく感じた。


「僕が変わらなきゃいけないのかな」


カヅキはそう思った。



僕がカヅキと別れたあと、ナオが僕に問いかけてきた。


「ねえ、さっきの人って中学校の同級生なの?」


「うん。同じ野球部だったんだ。あいつ、全然変わってないや」


「なんか元気なさそうだったね」


「そうだった?いつもあんな感じだったぜ」


ナオは少し考え込むように僕を見つめると、ふっと笑った。


「テツってさ、たまに人の気持ちがわからない時があるよねー。そういうところだよ!」


「何だよ、それ!」僕は笑って返したけど、その言葉はどこか心に引っかかった。


正直、僕の中ではもうカヅキと再び交わることはないと思っていた。僕たちはそれぞれ別々の道を歩んでいる。それは中学の頃には想像もできなかったけど、今となっては自然な流れに感じられる。


けれど、カヅキのことを考えると、少し胸が締めつけられる。中学時代、カヅキはいつも努力して、自分の居場所を自分で作り上げるような強さを持っていた。そんな姿に、僕も何度も励まされていたんだ。


でも、あの時のカヅキは確かに元気がなさそうに見えた。それでも彼なら、それを乗り越える力を持っている。僕はそう信じたかった。


「(カヅキ、頑張れよ)」心の中で、そっとつぶやく。


「ねえ、何考えてるの?英雄みたいな顔して!」


ナオが僕を見上げて、茶化すように言ってきた。


「ん、いや、カヅキ頑張れよって思ったんだ」


「へへ、優しいね、テツは」


ナオは笑ってそう言ったけど、その言葉はどこか温かく響いた。


今日は、明日のDJバトルに向けた最後の練習をするため、ナベくんの楽器屋に向かう予定だった。ナオが「保護者としてついて行きたい」と言い出したので、一緒に行くことにした。


楽器屋に入ると、ナオはすぐにナベくんを見つけた。


「あっ、ナベくん!今日はテツの保護者として来たよ!」


「おっ、ナオちゃん久しぶりだね!じゃあ、テツ今日は保護者参観だな」


「何だよ保護者参観って!」僕は少し恥ずかしさを隠しきれずに言い返す。


そのまま練習に入ると、ナベくんが細かいアドバイスをくれる。


「テツ、ここはこういうアレンジにしてみたらどうだ?そっちの方がテクニカルではあるけど、全体のバランスには影響が出るかもしれない」


「なるほど。じゃあ、一回試してみる!」


僕は野球をやっていた頃から、アドバイスを素直に受け入れる柔軟性には自信があった。それに、集中して取り組む力も自分の強みだと思っている。そうやって、新しい環境にも順応し、自分を変えることができたのだと信じている。


練習が進むにつれ、調整も順調に進んだ。ナベくんが満足そうに僕を見て、言った。


「テツ、いいじゃん!細かいミスもほとんどなくなったし、アレンジのポイントもハマってる。これはいけるかもしれないぞ」


「本当に?ありがとう!よし、これで練習終わりだ。いよいよ明日!」


ナオも興奮気味に僕に声をかけてくる。


「テツ、めちゃくちゃ上手くなったね!細かいことは正直わからないけど、すごくかっこよかった!」


ナオの言葉に少し照れながらも、明日のバトルに向けて自信がついた。これで勝てば、僕は変わることができる。


胸を張ってナオや、クリや、ジュンの隣に立てる。あの時、野球部を辞めた自分にも胸を張れるようになるはずだ。


「よし、やってやる!」僕は心の中で強く決意した。


その夜、ベッドに入ると、再びカヅキのことが頭をよぎった。あいつは今、どんな気持ちでいるんだろう。中学時代の仲間たちは、もう集まることもないのだろうか——。


けれど、そんな思いを振り払うように目を閉じた。明日が僕の新たな一歩になる。そのために、今は自分のことに集中しようと思った。

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