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先輩の事教えて

放課後、アオイはカフェでミキと向かい合って座っていた。校門でのナオ先輩とのやり取りを話すと、ミキが興味津々に身を乗り出してきた。


「で、どうだったの?噂のキャットヤンキー、ナオ先輩って。」


私は少し考え込みながら答える。「正直、手強いっていうか、ただの噂以上にすごい人だった。ただ強気なだけじゃなくて、なんていうか…余裕がある感じ。私がちょっと突っ込んだこと言ってもさらっとかわされたし、堂々としてて驚いた。」


「そんなに?それって強敵だね。」ミキは驚きつつも面白そうに笑った。


私はため息をつきながら続ける。「しかも、すっごく綺麗だった。視線の一つ一つが大人っぽくて、私とは全然違う雰囲気だった。」


「それでどうするの?割り込むのは難しそうだけど…」と、ミキが心配そうに言う。


「確かに手強いけど、ナオ先輩って完璧そうに見えて、テツ先輩にすごく依存してる部分がある気がするの。そこに隙があるかも。」私はそう答えた。


ミキは少し驚きながら「アオイらしい冷静な分析だね」と笑った。「で、次はどうするの?」


「まずはテツ先輩のことをもっと知りたいと思ってる。中学の頃のこととか、彼の過去に何があったのか、ちゃんと確かめたい。」


次の日、私は同じ一年生でテツ先輩のことをよく知るケンジに話を聞くことにした。校舎裏で彼に声をかける。


「ねえ、ケンジ君。テツ先輩って中学の頃どんな人だったの?」私はなるべく自然な感じで尋ねた。


ケンジは少し驚いた表情を浮かべたが、楽しそうに話し始めた。「テツさん?すごかったよ。野球部では“天才”ってみんな言ってた。ショートを守ってたけど、守備も打撃も完璧で、足も速くてさ。」


「そんなに…?(やっぱり)」私は思わず小さく頷いた。中学の頃のテツ先輩のことを、私はちゃんと覚えている。ケンジの言葉を聞くと、あの頃の彼の姿が鮮明に思い浮かんできた。


「しかも、中学の野球部はエースのヒカル先輩や4番のカヅキ先輩もいて、かなりレベルが高かったんだ。でも、テツさんはその中でも特別だった。チームの勝利に何度も貢献しててね。」


「ヒカル先輩って、甲子園に行った人だよね。中学のときもファン多かったなあ。」私はそう言いながら、さらに話を促す。「カヅキ先輩ってどんな人だったの?」


ケンジは少し考え込んでから答えた。「カヅキ先輩は不器用だったけど、努力の人って感じだったな。テツさんとは性格が違うけど、どこか通じ合ってた気がする。」


「そうなんだ。テツ先輩とカヅキ先輩って、仲良かったの?」


「うーん、特別仲良かったわけじゃないけど、お互いに意識し合ってたのは確かだと思う。なんかよく言い合ってるのも見たし。でも同じ目標を目指してた、って感じかな。」


「なるほどね…」私は頷きながら、その関係の深さに思いを馳せた。


「そうそうあのときの試合、すごかったな…。覚えてる?県大会の決勝の延長戦でテツさんがホームランを打って逆転勝ちしたやつ。」と、ケンジが少し興奮気味に話を続けた。


その言葉を聞いた瞬間、私の記憶は一気にその試合に遡る。あの試合、私は観客席で見ていた。野球に詳しいわけじゃないけど、あの場面でのテツ先輩のバッティングは、私にとって何か特別なものだった。


(あのとき、私も勇気をもらったんだ)


試合に勝ってベンチに戻る彼の背中を見たとき、私は「かっこいい」と思っただけじゃなく、「私もあんなふうに頑張りたい」と強く感じた。その気持ちは、今でも心のどこかに残っている。


「でもそういえば、カヅキ先輩、つい最近亡くなったんだよな…。噂では自殺だったらしいけど。」ケンジが寂しそうに言った。


その言葉に、私は息を呑んだ。自殺…。そんな重い話を耳にするとは思わなかった。


「そのせいで、テツさんもヒカル先輩もかなり落ち込んでたみたいだよ。『俺のせいだ』ってずっと言ってたって聞いたことある。たぶん、今も何か抱えてるんだと思う。」


私は胸の奥が苦しくなるのを感じた。あの頃から憧れていた人が、そんな苦しみを抱えているなんて。


ケンジは少し沈黙した後、「でもね、テツさんは本当に強い人だと思う。どんなに辛いことがあっても、あの人は前を向こうとしてる。すごい人だよ」と付け加えた。


その言葉に、私は小さく頷いた。確かにテツ先輩は強い。でも、誰かに支えてほしいと感じているのかもしれない。そう思うと、自然と彼を助けたいという気持ちが湧いてきた。


その日の放課後、私はカフェで待っていたミキに話をした。


「ねえ、ミキ。私、テツ先輩のことをずっと憧れてたんだと思う。中学の頃、野球部の試合を見て、本当に勇気をもらったことがあって…でも、彼があんなに辛い過去を抱えてるなんて知らなかった。」


ミキは驚きながらも、「それなら、アオイはどうしたいの?」と聞いてくる。


私は深呼吸してから答えた。「今度は私が、彼を支えてあげたい。憧れてるだけじゃなくて、テツ先輩のそばにいて、少しでも力になりたい。あの頃の私が勇気をもらったみたいに、今度は私が勇気をあげたい。」


ミキはしばらく私を見つめていたが、やがて微笑んで言った。「アオイらしいね。でも、しっかり気持ちを持って頑張りなよ。簡単な道じゃないと思うけど。」


「もちろん。絶対に諦めないよ。」私は力強く頷き、心の中で新たな決意を固めた。


「よし!まずは……


校門前で、私はスマホをいじるふりをしながらテツ先輩を待っていた。どう考えてもこれ、待ち伏せだよね。ミキには「偶然話しかける感じでいけば?」と言われたけど、内心めちゃくちゃ緊張している。


「ねえ、それってどう見ても待ち伏せでしょ?」

隣でミキが呆れたように小声で言う。


「違うよ!たまたまこの時間にここにいるだけ!」

私はそう言い返したものの、声が裏返った。


「嘘くさ。でも、頑張んなよ。ただし、絶対変なこと言わないようにね。」

ミキはニヤニヤしながら私を肘で軽くつついた。


「わかってるって!」

私は深呼吸して、心の中で自分に言い聞かせる。(自然に、普通に話せばいいだけ。簡単、簡単…)


そのとき、校舎からテツ先輩が姿を現した。スラリとした背中、自然体なのにどこか存在感があって、私は一瞬見とれてしまう。


「テツ先輩!」

思わず声を上げると、彼は少し驚いたように振り返った。


「あ、アオイ?どうしたの?」


「帰り道、同じ方向なので、一緒に帰りませんか?」

ぎこちない笑顔を浮かべながら提案する。


彼は少し首をかしげたあと、「ああ、いいよ。一緒に帰ろうか」と穏やかに頷いた。


二人並んで歩き出すと、最初はぎこちない沈黙が続いた。どう切り出せばいいか悩んでいると、先輩が口を開く。


「アオイって、うちの中学だったんだよね?」


「はい。同じ中学でした。でも、話したことはなかったと思います。」


「そっか、なんかごめんね。あんまり覚えてなくて。」


「大丈夫です!実は私も先輩と直接話したことはなかったので。」

私はそう答えたあと、思い切って続けた。


「そういえば、テツ先輩、中学の田中先生覚えてます?」


私が聞くと、テツ先輩はすぐに吹き出した。「あの野球部の顧問の熱血数学教師か。授業そっちのけで野球のフォーム解説とかしてたよな!」


「ですよね!授業中『人生で一度はホームランを打て』とか真顔で言って泣いてたし!」


テツ先輩は笑いながら頷く。「俺の答案には『お前はヒット狙いでもいいぞ』とか書かれてた。意味不明だよな。」


二人で笑い合いながら、私は中学の思い出を懐かしく感じた。田中先生のおかげで、少し距離が縮まった気がする。


「私、野球部の試合を観に行ってたんですよ。先輩のプレー、すごく印象に残ってます。」


先輩は驚いたように目を見開き、「本当に?」と聞いてきた。


「はい。特に県大会の決勝戦、延長戦でホームランを打ったあの試合は、今でも覚えてます。私、野球には詳しくないんですけど、あのときの先輩の姿を見て、本当に勇気をもらいました。」


「そっか…あの試合観てたんだ」

彼は少し照れたように笑いながら言った。「あの試合は俺も必死だったけど、そんなふうに思ってもらえてたなんて嬉しいよ。」


「本当にすごかったんです。試合に勝ってベンチに戻る先輩の背中を見たとき、『私も頑張らなきゃ』って思いました。私も含めて先輩に憧れてる一年生多かったんですよ!」


先輩はその言葉を聞いて、照れくさそうに頭を掻いた。


帰り道の途中、私はふと立ち止まった。


「少し休憩しませんか?公園にベンチがあるので。」


先輩は軽く頷き、二人でベンチに腰掛けた。少し涼しい風が吹いて、木々の葉がさわさわと揺れる音が心地よかった。


「先輩、中学の頃、野球部で目立ってましたよね。ヒカル先輩とかカヅキ先輩と一緒にやってたんですよね?」


「ヒカルはエースで、カヅキは4番だった。ヒカルなんか今や甲子園のスターだしな。俺なんか全然だよ」


「そんなことないです!ケンジ君も言ってましたけど、先輩こそ天才だって。先輩がいなかったら試合で勝てなかった場面も多かったって。」


彼は少し考え込むようにして言った。「…まあ、確かにあの二人には助けられたけど、俺なりに頑張ってたつもりだな。」


「ヒカル先輩は有名ですけどカヅキ先輩って、どんな人だったんですか?」

私は少し躊躇しながら尋ねた。


彼はしばらく黙ったあと、静かに答えた。「不器用だったけど、諦めないやつだった。練習でも試合でも、とにかく最後まで全力でやり遂げるタイプ。芯が通ってて、自分の信念を絶対に曲げないんだ。だから、俺もあいつにはいつも刺激をもらってたよ。」


「そんな人が、どうして…」

私は思わず言いかけた言葉を飲み込んだ。


先輩は小さく息をついて続けた。「あいつが亡くなったって聞いたとき、自分を責めるしかなかった。あのとき俺がもっと何かできてれば、あいつを救えたんじゃないかって。」


その言葉に、胸が締め付けられるような感覚を覚えた。


(…先輩きっと傷ついているんだ…)


ふと私は別のことを尋ねてみた。「先輩、キャットヤン…いやナオ先輩って、先輩にとってどんな人なんですか?」


彼は少し驚いたような顔をしたあと、答えた。「ナオは、俺が迷ったり、自分を見失いそうになったときに支えてくれる人だよ。俺にとって、すごく大きな存在だと思う。」


「そうなんですね…。ナオ先輩、この前少し話しましたけどすごく優しそうですよね。」

私はそう言いながらも、心の中で少しだけ複雑な気持ちを覚えた。


帰り道の会話を振り返るうちに、私はカヅキさんの死について、どうしても疑問を抱かずにはいられなくなった。芯が通り、最後まで諦めない人だったカヅキさんが自殺を選ぶなんて…。私が聞いているカヅキ先輩像とどうしても結びつかない。


(もっと調べてみるしかない。本当に自殺だったのかな。ケンジ君も断定はしていなかった。なんか違う気がする。もし、違う理由だったらテツ先輩も少しは救われるかも)


その想いが、私の中で静かに強い決意へと変わった。



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