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私が支えるよ

その夜、テツはそっとスマートフォンを手に取り、ナオに電話をかけた。


ずっと話したいと思っていたことがあったが、強く生きるそう誓ったけど、彼女の声を聞くだけで何かが崩れてしまうのではないかと怖くてためらっていた。


「……もしもし、テツ?」ナオが優しく問いかける。その声に、胸の奥にしまっていた決意が揺らぐのを感じた。


「ナオ……今、ちょっと話せる?」


「うん、もちろん」


短い会話が続く中で、テツは少しずつ自分の気持ちを打ち明け始めた。カヅキの死、彼への後悔と、自分の中で生まれた決意。


それを胸に抱いているはずなのに、ナオと話しているとどこかで弱さが顔を出す。


自分の中の決意が少しずつ霞んでいくような感覚があった。


「ナオと話しているとさ……正直になってしまう。カヅキのために強くなるって決めたのに…」


ナオは一瞬、言葉を詰まらせた。テツが感じている葛藤が痛いほど伝わってくる。


「テツ……」


電話を通して、二人の間には静寂が流れた。


ナオもまた、自分が彼を支えるつもりでいながら、逆に彼に迷いを抱かせてしまっているのかもしれないと感じた。


彼の前で、どこまで自分が役に立てているのか、そう思うと複雑な気持ちになっていく。


「ナオ、今度会って話さないか?なんか、ちゃんと話したいことがあるんだ」


「うん、わかった」



数日後、テツとナオはいつもの静かなカフェに向かい合って座っていた。ふと目が合うと、どちらともなく笑みを交わす。でも、二人の間に漂う空気は、いつもとはどこか違っていた。


テツは息を吸い込み、そして深く吐き出した。カヅキが亡くなった日からずっと胸の中に溜めてきた思いが、今こそ言葉に変わろうとしていた。


「ナオ……俺、どうしても話しておきたいことがあるんだ」


ナオが小さくうなずくのを確認し、テツはゆっくりと語り始めた。


「カヅキのことがあってから、俺……変わらなきゃいけないってずっと考えてたんだ。カヅキはいつも自分を曲げずに生きてて、それが俺には強く思えた。でも、俺はずっと環境に流されて、自分を作り替えてばっかりで……結局、自分って何なんだろうって」


テツの言葉が途切れるたびに、ナオは黙って彼の表情を見つめている。彼女の視線が、テツの胸の奥にあるものをそのまま受け止めているかのようだった。


「正直なところ、俺、カヅキみたいに変わらない強さなんて持ってない。……でも、そんな強さが欲しいって思うんだ。カヅキに何もしてやれなかった分、自分も変わらない強さを持って生きたいって思った。カヅキに対して、それが俺にできる唯一のことだって」


その言葉を聞いたナオの表情が少し硬くなり、そして彼女は一瞬、目を伏せた。テツの決意がどれほど真剣なものかを、彼女も感じ取ったのだろう。彼の前で自分が何もしてやれないことへのもどかしさが胸を締めつける。


「でも、ナオの前だと……その強さが崩れてしまうんだよな」


「テツ……」ナオの声が静かに響いた。


「ナオと一緒にいると、安心して弱くなっちゃうんだ。ナオは……俺がずっと変わらない弱さを出せる唯一の存在なんだ」


ナオはその言葉を聞き、複雑な思いが胸の中を駆け巡った。テツが自分の前でだけ弱さを見せられること。


それは同時に、テツにとって自分が大きな存在である証でもあると理解している。


けれども、テツが本当に求めている強さを手に入れるためには、自分が彼の邪魔をしているのかもしれないと感じずにはいられなかった。


「もしかしたら、私が……テツのそばにいるのが、負担になっているのかもね」


ナオがつぶやくと、テツは顔を上げ、すぐに首を横に振った。


「それは違う!そんなことない。ナオがいたから、俺は今まで自分と向き合えたんだ。でも、今は……少しだけ一人で考えてみたいんだ。ナオに頼らずに自分の足で立てるようになりたい。今までナオが俺を支えてくれたように今度はナオを支える強さを持ちたい。」


ナオの瞳が微かに潤んでいたが、彼女はゆっくりと微笑んだ。


「わかった、テツ。あなたが自分を見つけるために一人で向き合いたいなら、私はそれを見守っている。テツが帰ってこれる場所として私は待ってる。」


その言葉が、テツの胸の奥に染み渡る。


ナオが自分にとって大切な存在だと改めて確認する。


でも彼女に頼らない強さを手に入れるという事が、今後の二人のためにも今は何よりも大切に思えた。


「ありがとう、ナオ。絶対に強くなって戻ってくるよ。今後の俺ら二人の未来のために。」


二人は視線を交わし合い、再会を心に誓いながら静かに別れを告げた。


ナオが少し涙ぐみながらも微笑みを浮かべる様子を見たテツは、ふと胸が締め付けられるような気持ちになる。


ナオが精一杯の笑顔で言葉を返す。


「テツ頑張ってね。私少し頭の中を整理してから帰るね」


—テツの事を見送ると涙が溢れる。その背中を見ながらナオは呟く。


「(…君が本当に辛い時は私が君を支えるよ)」


ナオはカフェを出た後、街灯に照らされた道を一人で歩いていた。夜風が少し冷たくて、肌に心地よく当たる。それでも心の中は、ぐるぐるとした迷いでいっぱいだった。


ふと足を止め、ナオはスマートフォンを取り出した。迷いながらも、連絡帳から「ヒトミ」の名前をタップする。


ヒトミはテツの中学時代の同級生で、彼の小学校時代の友達であるヤマと付き合っている。高校からナオと同じ学校に進学し、偶然同じクラスになったことで親しくなった。ヒトミはナオのこともテツのこともよく知る存在だ。


ナオはヒトミの遠慮しない性格が好きだった。その率直な物言いは時に鋭く刺さるけれど、自分を飾らずにいられる彼女のそばでは、ナオも自分をさらけ出しやすかった。ただ、ヒトミの辛辣さには覚悟がいる。特に今日は、自分の弱さを認識しているだけに、正直に言葉を受け止める準備ができているのか不安だった。


数回のコール音の後、ヒトミの声が響いた。


「……もしもし、ヒトミ?」


「で、どうしたの?また何か悩んでんの?」ヒトミの声は、相変わらず少し冷たい響きがある。


いきなり突き放されるような口調に、ナオは少し戸惑った。でも、彼女に相談しようと決めたのだからと、意を決して言葉を続ける。


「実はね、テツのことで……うまくいってるんだけど、なんか今までと違う感じがして……」


「今までと違う、ねぇ?」ヒトミが鼻で笑ったのが分かった。「どうせまたナオの“弱さ”が出てんでしょ?テツに依存して、強がってるフリしてるけど、結局泣きついてるとかさ」


その一言に、ナオの胸がちくりと痛んだ。ヒトミの言葉が、自分の中の不安を正確に突いてくる。


「……別に泣きついてなんか……」


「はいはい、言い訳ね。ナオさ、なんでテツの前で強がるの?ほんとは弱いくせに」


ヒトミの言葉は、冷たさを増していく。それでも、ナオは反論できなかった。彼女の言葉が、まるで自分の心を映し出す鏡のように思えてしまったからだ。


「テツもさ、そんなナオに自分の弱さ見せるとか、馬鹿なんじゃない?そんな男、本当に強くなれると思う?無理無理。だからナオ、すぐに別れな」


「……そんなこと、わざわざ言わなくてもいいじゃん!」ナオは思わず声を荒げた。「私が弱いのなんて、私が一番分かってる。でも、テツのことは……私のことくらい、私が決めるよ!」


ヒトミは一瞬黙り込んだ。その静けさが、逆にナオの怒りを引き立てた。


「テツが強くなれないってなんでヒトミが決めつけるの!私はテツが自分と向き合おうとしてることを信じてる。それに、私だって自分の弱さを乗り越えるために一緒に頑張ってるの!」


その言葉を口にした瞬間、ナオは胸の奥が少し軽くなるのを感じた。初めてヒトミに、自分の意志をまっすぐ伝えた気がする。


ヒトミは短いため息をついた後、少し柔らかい声で答えた。


「ふふ、せいぜい頑張りな。まあせいぜい途中で諦めるなよ!」


その言葉に、ナオは思わず苦笑いした。ヒトミの冷たい言葉の裏に隠された優しさが、ほんの少しだけ感じられた。


「もういい!ヒトミに相談するんじゃなかった!」ナオは言い放ち、電話を切った。



急に電話を切られたヒトミは苦笑しながら小さくつぶやいた。


「……ナオ、頑張れよ。負けんなよ」



ナオは電話を切った後、自分の胸の中に湧き上がる怒りと、それが生んだ清々しさを感じていた。怒りという感情が、こんなにも自分を前向きにするとは思わなかった。


ポケットからもう一度スマートフォンを取り出し、ヒトミに短いメッセージを送る。


——ありがとう

——頭きたけどスッキリした


数分後、ヒトミからシンプルなスタンプが送られてきた。それを見て、ナオは思わず笑ってしまった。


「ほんと、ヒトミらしいな……」


ナオはスマートフォンをしまい、夜空を見上げる。星はあまり見えないけれど、心が少し晴れやかになっているのを感じた。


「私も、少しずつ強くならなきゃね」


テツを支えるために、そして自分が自分らしくいるために、ナオは小さく決意を新たにした。


「馬鹿だっていい。弱くたっていい。でも、逃げないで進んでみよう」


心の中でそうつぶやきながら、ナオは自分の足で一歩ずつ歩き出した。



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