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最後の別れ

カヅキのお通夜の前日、夕暮れの町が静まり返り、まだ暑さは残るものの秋の気配も漂い始めていた。僕は中学の野球部の仲間たちと駅近くの小さな公園に集まっていた。みんな一様に顔を伏せ、気まずい沈黙が続いていた。


ヒカルが先に口を開いた。普段は自信に満ちた彼の顔にも、深い後悔の影が見えた。


「俺、実は一度カヅキから相談を受けたんだ。高校に入って上手く行ってないって。その時俺は『お前の強さは変わらないことだ』って言ったんだ。あいつの悩みも考えずに、無責任なことを言ってたよな…」


ヒカルの声は低く、苦しそうだった。彼もカヅキのことを強いと信じ込んでいた。いや、そう信じることで、自分も何かを見て見ぬふりしていたのかもしれない。


他のメンバーも次第に口を開き始めた。


「俺も…カヅキが凡退したのを責めたことがあるんだ。あの時、もっと違う声かけをしてたら、あいつも少しは…」


「俺もだよ。あいつが駅で一人でいるのを見かけたんだけど、なんか一言でも声をかけたらよかったって思うんだ。でも、あいつなら大丈夫だろうって、結局声をかけなかった…」


一人また一人と、誰もがカヅキに対して持っていた後悔を口にし始めた。それぞれが、自分の言葉や態度がカヅキにどんな影響を与えていたのかを考え、悔やんでいた。


僕も、ずっと心の中で燻っていた後悔を吐き出した。


「俺も…最後の電車で、カヅキに声をかけなかった。ほんの数ヶ月前の話だ。あいつは強いやつで、自分でなんとかするって思い込んでた。だから、何も言わなかった。けど…本当は、ただ俺が向き合うのが怖かったんだと思う。あいつに何か言ったら、自分がどうなるかわからなくて…」


言葉を詰まらせながら話し終えると、僕たちの間にまた静寂が訪れた。それぞれが今の想いを吐き出した。僕だけでなくみんなが後悔を感じていた。


後悔を共有する事で自分だけが悪いわけではなかったと逃げたくなる。でもそれは絶対に許されない。

それぞれがその後悔にしっかり向き合わなくてはならない。


僕は目を閉じ、深呼吸をしてから、仲間たちに向かってゆっくりと語りかけた。


「俺たちは、みんなカヅキを救える可能性があったんだ。でも、それができなかったししなかった。気づけなかった。今日その想いを共有して、みんなが同じように後悔しているから俺だけが悪かったわけじゃないとかで誤魔化すのだけはやめよう。」


みんなが静かに僕の言葉を聞いていた。


「でも…俺は、もう二度とこんな後悔をしたくない。カヅキを思うなら、俺たちができることを考えよう。俺たちが変わることで、カヅキの存在を無駄にしない方法を。でもそれは気休めかもしれないし、責任逃避なのかもしれない。でも俺にはこんな事しか思い付かない。」


その場にいる全員が、決意のこもった目でうなずいた。ヒカルも顔を上げて僕を見る。僕たちは、これからどう歩んでいくかを、それぞれ心の中で考える。


カヅキの存在が、ただの後悔で終わるのではなく、これからの僕たちの中でカヅキが生きていられるように。


夕焼けが町を覆い尽くし、暗闇が少しずつ迫ってきた。公園を後にする僕たちの足取りは、最初こそ重かったが、次第に少しだけ軽くなった気がした。


空を見上げると、星が一つ瞬いているのが見えた。ふと、その星がカヅキのように感じられた。


「カヅキ…ごめんな。でも、これから俺たちは、お前が教えてくれたことを胸に生きていくよ」


心の中でそう呟きながら、僕は歩き続けた。


そして次の日、僕たちは心を重くしてカヅキのお通夜に向かった。


静かな会場の中、カヅキの顔写真が飾られ、柔らかく微笑んでいる彼の姿がそこにあった。


その穏やかな表情に、彼が今もどこかで見守っているような気がして、胸が締め付けられた。


会場の一角には、カヅキの高校の野球部のメンバーたちが制服姿で集まっていた。彼らの多くが目を赤く腫らし、肩を落としていた。


中でも、一人の背の高い少年が特に辛そうな顔で遺影を見つめていた。隣でキャプテンらしき青年が彼の肩を支えながら、小さく何度も「ごめん…ごめん…」と呟いていた。


「もっと早くお前の気持ちに気づけてたら…俺たちはお前と勝利の瞬間を喜び合えた…遅すぎたよな…ごめん」


彼らのその姿と言葉を聞いていると、僕の胸にもまた、後悔の思いが渦巻いてきた。彼らも僕たちも、みんな同じようにカヅキを失った痛みと向き合っている。


その事実が、僕の中で後悔をさらに深めると同時に、どこか心を繋げているようにも感じた。


そんな彼らの姿を見ていると、僕たちも自然と涙が溢れてきた。僕らも彼らも、カヅキを失った悲しみで繋がっているようだった。


会場の片隅にいたカヅキのお母さんが、僕たちに気づいてこちらへ歩み寄ってきた。


深い悲しみを抱えているはずなのに、彼女は静かな微笑みを浮かべて、僕たちを見つめていた。


「もしかして…ヒカルくんとテツくんかしら?」


僕とヒカルは、顔を見合わせてうなずいた。彼女の視線が僕たちを貫き、言葉を失って立ち尽くす僕たちに、カヅキのお母さんはさらに続けた。


「カヅキはね、あなたたちのことをいつも自慢していたのよ。『ヒカルはすごく強くて、みんなを引っ張ってくれるんだ』って、何度も話してくれたわ。テツ君の事は『テツは自分に正直に生きる強さが羨ましい』ってよく言ってたわ。ヒカルくん、テツくん…カヅキにとって、あなた達はあの子の誇りだったみたい。うっ…ごめんなさい」


カヅキのお母さんも最後の言葉を話すと泣き崩れてしまった。


その言葉とカヅキのお母さんのその姿で、胸の奥で張り詰めていた何かが一気に崩れ落ちた。


僕とヒカルの間に重く流れていた後悔が、カヅキのお母さんの言葉で溶かされ、涙となって溢れ出した。


僕はどうしようもなく、込み上げる思いに耐えきれず涙が頬を伝った。


ヒカルも肩を震わせて、言葉を探しているようだった。やがて、僕が声を振り絞って彼女に伝えた。


「僕は…僕はカヅキが僕に憧れてくれていたことに、決して恥じないように生きていきます。僕が、これからどんなことがあっても…カヅキ君のその思いを胸に、彼のためにも強く前を向いて歩きます。天国にいるカヅキに自慢してもらえるように。」


カヅキのお母さんは、僕たちの目をじっと見つめながら、そっと微笑んでくれた。その穏やかな表情に、僕は再び涙が溢れて止まらなかった。ヒカルもまた、目を潤ませて彼女の言葉を受け止めていた。


「あの…(カヅキが亡くなった理由って…)」

いいかけて僕は辞めた。今はそんな事聞くべきではない。


僕たちはそれぞれの胸にカヅキの思いを刻み込んだ。彼の憧れに恥じないように、強く、そして彼の分も生きていく決意を新たにして、カヅキの遺影に手を合わせた。


彼の写真は、どこか優しい笑顔で僕たちを見つめているようだった。その穏やかな表情を見た瞬間、彼がまだどこかにいるような気さえして、胸が締め付けられる。


僕は心の中で静かに語りかけた。


「カヅキ、俺はカヅキの苦しみに気づいてやれなかった。本当にごめん。カヅキが憧れてくれた事に恥じないように俺は生きていく事を違うよ。」


隣でヒカルも、しっかりと手を合わせ、涙を拭いながら静かに語りかけていた。


「カヅキ、俺たちは変わるから。君の期待に応えられるような人間になるよ。…本当にごめんな。そして…ありがとう。」


二人で深く頭を下げ、心からの別れを告げた。カヅキとの思い出が走馬灯のように浮かんでは消え、涙が止まらなかった。


でも同時に、彼が存在した事とこの後悔を決して忘れないようにしなければ意味がない。


その場を離れるとき、僕は胸の奥に静かな決意が芽生えているのを感じた。カヅキがいなくなった後も、彼の思いはずっと僕たちの心に生き続けていく。


それを誓うように、もう一度カヅキの遺影に視線を向け、深く一礼をして会場を後にした。



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