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それでも僕は許せない

ヒカルとの電話の後、僕はいつの間にか眠ってしまっていた。


スマートフォンを見ると、ナオからのメッセージや不在着信で画面が埋め尽くされていた。クリやジュンからも連絡が入っている。きっとナオが心配して、僕に連絡がつかないから彼らにも相談したんだろう。彼女の焦る姿が目に浮かぶ。


「ナオに連絡しなきゃ……」


スマホを手に取り、躊躇いながら発信ボタンを押す。コール音が鳴るたび、心臓が少しずつ締め付けられるようだった。


「もしもし、テツ?」

ナオの声が電話越しに聞こえる。その瞬間、僕の胸の中に溜まっていた感情が溢れ出しそうになった。


「……ナオ、ごめん……」


それ以上、言葉が続かなかった。ただ、ナオの声を聞いただけで僕の心が揺さぶられる。彼女は僕の弱さをすべて見透かしているようで、逃げ場がない。強くなりたいと願っていたはずなのに、彼女の前では全てが崩れ落ちてしまう。


「どうしたの?何があったの?」

ナオの声は柔らかく、それでも少しだけ不安が滲んでいた。その優しさに、僕は堪えきれなくなった。


「……カヅキが……死んだんだ……自殺だって……」

ようやく言葉を絞り出すと、自分の声が震えているのが分かった。

「俺……あいつを助けられたかもしれないのに……」


言葉が止まらない。自分の中に溜め込んでいた後悔や罪悪感が次々と溢れ出していく。

「あのとき……電車で見たんだ、カヅキを。でも……何も言えなかった。変わらないあいつを見て、ダサいって思って目を逸らした。それなのに……」

喉の奥が苦しくなり、呼吸が乱れる。

「結局、俺はあいつのことを何も分かってなかったんだ。強いって思い込んで、自分を安心させてただけだった。でも、本当は……」


ナオは黙って僕の話を聞いていた。その沈黙が苦しくて、それでもどこか救われるような気もした。電話越しに彼女の息遣いが聞こえるたび、自分の弱さをさらけ出してもいいと思えた。


しばらくの沈黙の後、ナオがゆっくりと話し始めた。


「テツ……」

その声は静かで、でも力強かった。

「今の君が、そんなに悔しくて苦しいと思ってるのは、カヅキくんのことを本当に大事に思ってたからだよね。君が弱いとか、何かを見落としてたとか、そんなの関係ない。むしろ、そうやって自分を責められるのは、君が優しいからだと思う」


ナオの言葉が胸に沁みた。彼女の優しさが僕の中に灯りをともすようだった。


「確かに、カヅキくんを救えたかもしれないって後悔は消えないと思う。でも、その気持ちがあるなら、これからどうするかを考えようよ。それがテツにできることだし、カヅキくんへの一番の供養だと思う」


僕は何も言えなかった。ただナオの言葉が、自分の中でどうしようもなく絡み合っていた気持ちを少しずつ解きほぐしてくれるのを感じた。


「テツ、君は一人じゃないよ。私もいるし、クリやジュンもいる。だから一緒に乗り越えよう。君がそう思う限り、カヅキくんだってきっと君のことを見守ってると思う」


ナオの言葉に、僕は救われた気がした。彼女はいつも僕の弱さを受け止めてくれる。彼女がいてくれてよかったと思った。


「ありがとう、ナオ……本当にありがとう」


そう言ったものの、心の中に渦巻く罪悪感は消えなかった。ナオがどれだけ優しい言葉をかけてくれても、自分がカヅキに何もできなかったという事実は変わらない。


電話を切ったあと、僕はベッドに横たわり、天井を見つめていた。ナオの言葉は確かに僕を救った。でも、完全に自分を許すことはできなかった。


「あのとき、俺が違う行動をしていれば……」


その思いが頭から離れない。時間を戻すことはできないと分かっていても、もしもの可能性に囚われ続けていた。カヅキはもういない。けれど、彼の死が僕に問いかけてくる気がしてならない。


「俺は……これから何ができるんだろう」


自分の中の弱さと向き合いながら、僕は答えの見えない問いに立ち向かおうとしていた。



テツが深く傷ついていることがわかっていても、ナオにはどうしていいのかわからなかった。


テツの痛みの中身を少しでも知りたいと思う。だけど、カヅキさんがテツにとってどんな存在だったのか、中学時代に何があったのか、高校で出会った私には想像もつかない。


「何か…少しでもわかれば…」


その思いが心の中で膨らみ、やがて「行動しなきゃ」という焦りに変わっていた。私にできることは、テツが抱えている過去を知ること。そのためには、彼の中学時代を知る人に話を聞くしかない。


スマートフォンを握りしめ、数時間前にクリとジュンに頼んで調べてもらった「ヒカル」の連絡先を見つめる。彼はテツやカヅキくんの中学時代の友人で、野球部のエースだったと聞いた。電話をかける前に、何度も深呼吸をする。


「こんな時にもしかすると失礼かもしれない…でも、私はテツを支えたい。」


心にそう言い聞かせて、意を決して発信ボタンを押した。コール音が数回響くと、少し低めの落ち着いた声が応答した。


「もしもし、ヒカルですけど…?」


「…あの、突然すみません。ヒカルさんでしょうか?私、テツの友達のナオと申します」


「テツの…友達?」ヒカルは少し驚いたようだったが、すぐに受け入れてくれた。「テツに女の子の友達がいたんだ。知らなかったよ。それで、ナオさん、どうしたの?」


一瞬躊躇したが、私は思い切って話し始めた。テツが抱えている状況、カヅキくんの死が彼にとってどれほど大きな痛みになっているか、そしてそれがなぜなのか、私には分からないことを伝える。


「カヅキくんのこと、私には分からないんです。彼のことを、テツがなんであんなに深く思っているのか…」


ヒカルは少し黙った後、ため息をつきながら言葉を紡ぎ始めた。


「カヅキは、たぶんテツにとって特別な存在だったんだと思う。あいつがずっと変わらない姿でいるのを見ると、テツ自身も何かを問いかけられてるように感じてたんじゃないかな。」


ヒカルが語る中学時代のテツは、野球に情熱を注ぎ、いつもチームの中心で輝いていたらしい。一方でカヅキくんは、どこか不器用で、自分のスタイルを頑なに変えない選手だったという。


「確か中学最後の試合だったな。俺たち、1点ビハインドで迎えた最終回、テツが2塁打を打ってチャンスを作った。でも次の打者と俺がアウトになって、最後に打席が回ったのがカヅキだった。」


ヒカルの声に少し懐かしさが混じる。


「それまでカヅキは3打席全部凡退してた。しかも同じ球でね。正直、誰も期待してなかったよ。俺たちも『また三振だろ』って思ってたくらいだ。でも、あいつは最後まで同じ球を待ち続けて、それを見事に打ち返したんだ。」


その言葉に、私は少し驚いた。カヅキくんが頑固なほどに変わらなかったことが、結果として勝利に繋がったという話。


「テツはそのとき怒ってたよ。『なんで狙い球を変えねえんだよ!』ってね。でも、あいつ泣いてたんだ。きっと心のどこかで、カヅキをすごいと思ってたんだと思う。」


ヒカルはふっと笑い声を漏らしたが、そこにはどこか寂しさが滲んでいた。


「テツはさあ中学校の時、成長が遅くてほんとガキだったんだ。でも急激な成長で自分をどう表現したらいいかわかっていなかったと思うんだよね。それで環境によって変わる自分に違和感を持ってたんだと思う。そんな中で、どんな状況でも変わらないカヅキを見て、自分がどうあるべきかをずっと問い続けてたんじゃないかな。」


私はヒカルの話を聞きながら、ようやくテツの苦しみの一端を理解できたような気がした。カヅキさんの存在は、テツにとって「変わる自分」を映し出す鏡のようなものだったのかもしれない。


ヒカルは最後にこう言った。


「ナオさん、テツは確かに傷ついてるけど、あいつは君がいてくれて救われてると思うよ。俺からも頼む。あいつのそばにいてやってくれ。君みたいな子がいてくれるなんて、正直ちょっと驚いたけどな。」


その言葉に、私は涙がこみ上げてきた。テツのために何かがしたかった。でも、それが「そばにいる」ことで十分なのだと、ヒカルの言葉で改めて思い知らされた。


「ありがとうございます、ヒカルさん。私、テツを支えます。」


電話を切った後、私は一人で静かに涙を流した。彼のためにできることは少ないかもしれない。それでも、これからはずっとそばにいよう。彼がどれだけ後悔しようと、前を向いて歩けるように支えていこう。


電話を切った後、ヒカルはため息をついた。


「ナオさん、いい子だな。テツも、少しずつ変わっていくんだろうな。」


ふと目を閉じると、カヅキの顔が脳裏に浮かぶ。


「あのとき、俺がカヅキに言ったあの言葉……『お前なら大丈夫だ。』って。あいつの気持ちをわかっていなかったな。」


ヒカルは天井を見上げ、言葉を絞り出すように呟いた。


「カヅキ、俺もお前に謝らなきゃならないな……」


部屋の静寂の中で、ヒカルのつぶやきだけが小さく響いた。

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