表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/22

突然の知らせ

母の静かな一言が、日常の空気を突き破った。


「テツ。ちょっといいかしら。カヅキ君、亡くなったんだって。自殺かもしれないって」


カヅキ——。中学の野球部で一緒だったあの友達の顔がぼんやり浮かんでくる。けれど、鮮明な記憶としてよみがえるには時間がかかった。


「カヅキって、あの野球部のカヅキ?」


その問いかけに、自分の声が微かに震えていることに気づく。


母との会話がどんな風に進んだのか、正直、あまり覚えていない。ただ、一つだけ確かなのは、自分の中に消えない重たい罪悪感が残っていることだ。


土曜日のお通夜の話を母が持ち出した時、僕は思わず口をついて出た。


「友達と遊ぶ約束があるから、行けないかも」


けれど、心の奥底で叫んでいる声があった。


——あの時、もっと違う選択ができていたら、僕はカヅキを救えたのかもしれない。



卒業してから、カヅキに会ったのはわずか3回だけだった。


最初の再会は、高校進学後の夏。地元の駅で偶然カヅキを見つけ、声をかけた時だ。


「よお、元気?またみんなで飯でも行こうぜ」


その瞬間、カヅキの表情が一瞬曇った気がした。


「中学に戻りたいって思う時があるんだよな…。お前はまだ野球やってるの?」


「いや、辞めたんだ。新しい環境に馴染むのも悪くないと思ってさ」


そう言ってその場を去ったけれど、心の奥には違和感が残った。


次に会ったのは高校2年の夏。桜木町で彼女と歩いている僕を、たまたま見かけたカヅキが声をかけてきた。


「テツ、久しぶりだね。もしかして彼女?」


「そう、ナオっていうんだ」


その時も、何かが引っかかるような気がしたが、気にせず別れた。中学の頃より少し元気がないように見えたカヅキ。でも僕は、もうそこに関心を持てなかった。


最後に会ったのは高校3年の夏の終わり。同じ電車に乗っているカヅキを見つけたが、僕は声をかけなかった。


カヅキは変わっていない。だけど僕は変わった。目が合った気がしたけど、無意識に目をそらしていた。


本当は、変わった自分を、変わらないカヅキに見せたくなかったのかもしれない。


でもそれが本当の理由ではなかった。


あの時、友達が友達でなくなった瞬間だった。


——でも、この一瞬の選択が、僕の人生を大きく変える後悔になるとは、この時は思いもしなかった。


卒業、入学、引っ越し、転職——人生は、そのたびに少しずつ、時には突然、大きく変わっていく。


中学を卒業し、高校へ進学。地元の商店街を抜け、自転車で駆け抜けながらの通学。放課後には野球をやって仲間と騒ぐ。そんな平凡な日々が3年間続いていくものだと思っていた。


中学時代、僕は野球に夢中だった。そして高校に入っても、当たり前のように野球部に入部した。土と汗の匂い、ユニフォームをまとい、仲間と共にグラウンドを走り抜ける感覚——それこそが僕にとっての青春だった。


しかし、その「当たり前」は、たった2か月で崩れ去った。


理由は特になかった。ただ、グラウンドに立つ自分が、いつの間にかどこか違和感を抱いていることに気づいたのだ。


その一方で、クラスメイトたちは各自のスタイルで日々を楽しんでいた。バイト、スケートボード、サーフィン——自由な彼らの姿は、まるで違う世界の住人のようだった。放課後に海辺でサーフボードを抱え、風を切るスケートボードに乗る仲間たちの笑顔。彼らが放つ自由な空気に、僕の心はいつしか惹かれていった。


—僕は部活を辞めた。


気づくと、野球という軸を失った僕の心は、開放感を求めてさまよっていた。部活を辞めたことを周りはさりげなく問いかけてきたが、誰も深くは追及しなかった。


中学の友達には大きなニュースになっていた。何人からも連絡があった。その時の僕はそれが少し煩わしかった。その時は「たく、うるせーな。俺の勝手じゃん」くらいにしか思わなかった。


だが、僕も部活を辞めてから自由に振る舞う友達の真似をするたびに、自分の中でもある疑問が膨らんでいった。


——本当にこれが「自分らしい生き方」なのだろうか。


その問いが、僕の心にしこりのように残り続けることになるとは、この時はまだ気づいていなかった。



野球を辞めると、クラスの友達と遊ぶことが増え、放課後は部室ではなく、横浜駅に行くようになった。短かった髪も長くなっていた。


僕ががとくにクラスで仲良くなったのがクリとジュンだった。


栗原和也ことクリは中学時代は野球をやっていた。しかも軟式野球ではなく硬式野球をクラブチームに入ってやっていた。


あの有名メジャーリーガーを輩出した高校からもスカウトが来たらしい。でも練習中に肩をこわして野球は辞めた。


そこからハマったのがクリのお兄さんがやっていたサーフィンだった。今では週末になると湘南の海に毎週サーフィンしにいっている。僕とクリは野球をやっていた事もあってすぐに仲良くなった。


三嶋淳弥ことジュンはハードロックバンドでギターをやっていてスケートボードもやっていた。ジュンは特に90年代から2000年代のパンクロックが好きらしくピアスも開けていた。高校卒業したら肩にタトゥー入れるんだと常に言っている。


2人とも見た目は少し派手だけど根はいいやつらだった。2人と仲良くなって2人が学校終わってすぐに遊びに行く事とかが羨ましく、生活が窮屈に感じたのも野球を辞めるきっかけになった。


部活を辞めてから実はバイトも始めた。月4万円を手にすると欲しいものは何でも自分で買うことができた。バイト先の大学生の話も新鮮だった。


高校に入学してからは見るもの感じるもの全てが新鮮だった。横浜という街もそこで歩いている人達も。自分の可能性が一気に広がった気がした。都会の住人という気分でいた。


部活を辞めてからそんな生活を続けていたある日、地元の駅で中学で同じ野球部だったカヅキに会った。僕はクリと一緒にいて、少し冗舌になっていた。


「あれカヅキじゃん。元気?野球やってんの?」


「一応ね。でも、なかなか高校の環境に慣れなくてさ、中学に戻りたいよ。あの頃は楽しかったよな」


「カヅキ、実は俺はもう野球辞めたんだ。でも辞めてから毎日結構楽しんでるよ。」


「えっ野球辞めちゃったの?なんでだよ。」


「いや、なんか野球より楽しい事見つけたっていうか。深い理由はないんだ。じゃあ行くわ。またみんなで飯でも行こうぜ!じゃあなまたな。」


カヅキは何か言いたそうだったが、僕は気にせず、すぐにその場を去った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ