成長する子と親の愛
長女が思春期に入った。
いずれ長男も思春期に入るだろう。
「ねえトシさん。このまま反抗期迎えたりするのかしら?」
「大丈夫だよアキさん」
心配そうな声のアキを僕は励ます。
「だからこれからカウンセリングの先生にアドバイスを貰いに行くんだから」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「先生からいい意見が聞けて良かったね」
建物から出て、僕からアキに口を開く。
「そうね。子育ての時期はもう終わったってことよね……」
「そうだね。子どもの成長はあっという間だね」
「子どもにとっては冒険に出かけようって時期なのよね」
「うん。僕たちにとっても子離れの冒険に出かける時期だね」
「お互いに0を1に帰る勇気か……」
建物から駐車場までの間、僕とアキは互いに感想を伝え合う。
「人との付き合い方を教える時期って言ってたね。どう子と接しようか」
「子どもに主導権を少しずつ渡していくっていわれてもねえ……」
「選択権と決定権はこれまでも渡していたからそれの延長でいいのかな」
僕は重い表情のアキを明るくしようと、自分の考えを伝える。
(そりゃそうだよなあ……下の子の服、今日も選んでたし)
今日もどっちの服を着てく?と用意した服を子どもに選ばせていた。
これからは子どもの判断で服を選ぶことになる。
「過保護すぎたのかな、僕たちは」
「……そうよね。もう巣立ちの時期なのよね」
長女長男が下の子の頃を思い出しているのか、アキは寂しそうに言う。
☆ ☆ ☆ ☆ ★
「あとは社会に出たときのためになにか伝えておこうよ。なにがいいと思う」
多少強引と感じつつも、僕はアキを次のステップに進ませる。
「そうねえ、社会に出たら、か。トシさんはなにか苦労したことある?」
「そうだなあ……」
アキに聞かれ僕は少し考えこむ。
「いつ、どこで、だれが、なにを、どうした」
クイズ形式で僕はアキに聞く。
「わかった。質問力ね。なら私は聞く力にするわ」
「傾聴か。わかるかな?」
「私たちの子ですもの。社会に出るまでには気づいてくれるはずよ」
アキが持ち前の明るさを取り戻した様子に、僕はほっと一息つく。
☆ ☆ ☆ ★ ★
「そうだね。段取り8割っていうし、社会に出る前に伝えとこう」
「人は味方、戦うのは課題や目標ってのもね」
「今は過渡期だから、最初は理想と現実のギャップに苦しんじゃうだろうな」
「そんな時に支えるのが親でしょ?」
「うん。それが基本なんだよね」
車に到着して鍵を開けたとき、僕は言葉を濁す。
「先生が毒親や親ガチャって言ったことのを覚えてるかい?」
「ええ。ごく一部の例でしょう?」
「そうだね。その考え方もあるよね」
「トシさんはどう受け取ったの」
「このままだと子どもにそう呼ばれるよって、メッセージとして受け取ったよ」
僕はアキと車に乗ってシートベルトをかける。
「世話焼いて、ガミガミ言って、けんか別れしてそれっきり」
「いつかは家を出て移り住んでもそれっきりだと悲しくなるわね」
「だろう?生まれ育ったこの地にいつでも帰ってこれるようにしようと思うんだ」
僕はそう言うと車のエンジンをかけた。
「なら私に任せて。ちょっとスーパーによっていきましょうよ」
☆ ☆ ★ ★ ★
「あったあった。ちょうどタイムセールで安く変えたわ」
「何を買ってきたんだい。芋?」
「そう。この地域でとれた長芋とやまと芋の混合品種よ」
地元で獲れたものを地元で買うことは経済を回すことにつながる。
そうすることで地域が活性化する地産地消の考えを、アキは僕に話す。
「品種名の通り、ねばりづよい子になってほしいね」
「そうね。ストレスにも強い子になるといいわね」
僕とアキは買い物を終え、マイバッグに品物を入れる。
「どうしたの?トシさん。なにかあった?」
「ああ。ストレスも時には必要って、この間研修を受けてね」
アキの質問に僕はゆっくりと答え始めた。
☆ ★ ★ ★ ★
「ちょうどここにゴムボールがあるからこれを使うね」
僕はゴムボールを手に取り、アキに考えを伝えていく。
「いつもはまんまるのボールをへこませることがあるんだ」
「それがストレスなのね」
「そう。普段は戻るとしても力が強すぎるとへこんだままで、人はうつになる」
ゴムボールを強く押した人差し指をトシは離し、今度は軽く押す。
「かといって軽めのストレスでは、気がゆるんでダラダラしちゃう」
「ストレスと正しく向き合おうってことね」
「そう。課題や目標みたいにね」
アキがカウンセリングの帰りに言った言葉を僕はそのまま使う。
二人は笑いあったあと、シートベルトをして家へ向かう。
★ ★ ★ ★ ★
「さあて、そろそろ下の子も迎えに行く時間だし、夕食の準備するかな」
「手伝うよ」
僕はそういうとマイバックの片方を持ち、玄関に着くとかぎを回す。
「いつか子どもがどこかに移り住んだとしてもね」
玄関でくつを脱いでいるアキが話しかけてきた。
「いつでも遊びに来られるような家を二人で作っていこうよ」
「そうだね、そうしようか」
僕は玄関台に足をかけたアキに手をさしだす。
アキはその手を取り、二人はまた微笑みあう。