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落語【声劇台本書き起こし】

落語声劇「野ざらし」

作者: 霧夜シオン


落語声劇「ざらし」


台本化:霧夜きりやシオン@吟醸亭喃咄ぎんじょうていなんとつ


所要時間:約35分


必要演者数:2名

      (0:0:2)


※当台本は落語を声劇台本として書き起こしたものです。

よって性別は全て不問とさせていただきます。

(創作落語や合作などの落語声劇台本はその限りではありません。)


※当台本は元となった落語を声劇として成立させるために大筋は元の作品

 に沿っていますが、セリフの追加及び改変が随所にあります。

 それでも良い方は演じてみていただければ幸いです。



●登場人物


八五郎はちごろう尾形おがたとなりに住む大工。

    夜中に尾形おがたと女性の会話をわざわざノミで穴を開けてまで盗み聞

    きし、なおかつそれをネタに金をもらおうと考える、

    ぶっちゃけ少し頭の足りないろくでなし。


尾形おがた尾形清十郎おがたせいじゅうろう年配ねんぱいの武士。

   真夜中に訪ねてきた女性と語らっているところを八五郎はちごろうにのぞき見

   られる。


新朝:幇間持たいこもちとはすなわち、太鼓持たいこもちのこと。

   宴席などで盛り上げる芸者の男版。

   八五郎はちごろうの独り言を聞いて勘違いし、わざわざ祝儀をせしめよう

   と訪ねてくる。


釣り人1:向島むこうじまりに来ていたり人。

     八五郎はちごろうのせいで散々な一日に。


釣り人2:向島むこうじまりに来ていたり人その2。

     八五郎はちごろうのせいで散々な一日に。


語り:雰囲気を大事に。




●配役例


八五郎・釣り人2:

尾形・釣り人1・新朝・語り:



※枕はどちらかが適宜てきぎねてください。



枕:世の中には道楽どうらくという言葉がございます。

  道を楽しむと、こう書くわけですが、本当に一つの事を楽しめるよう

  になるには全身全霊ぜんしんぜんれい全財産親戚ぜんざいさんしんせきの一軒くらいつぶさないと、なかなか

  その境地きょうちにはいたらないことが多いです。

  何でもやれるよ、麻雀まーじゃんだろうがゴルフだろうが何だってできる、と、

  こういうのはたいしたことはないそうです。

  「何でも来いに名人なし」という言葉は、実によくできていますな。

  本当に一生懸命いっしょうけんめいやらないと楽しむという境地きょうちにはたどり着けない。

  大阪の方へ行くと道楽どうらくではなく、極道ごくどうと言うそうで。

  もう語感ごかんからして命懸いのちがけだというのがビンビン伝わってきますな。

  道楽どうらくと言っても様々なものがありますが、りもその一つです。

  りと言えば有名なのが、古代中国にいたとされる太公望呂尚たいこうぼうりょしょうという

  人物です。

  この人はりをしながら自分の主君しゅくんになる人、文王ぶんおうというんですが

  その人と出会う事になります。

  太公望たいこうぼうはみごと自分の主君しゅくんという大物おおものり上げましたが、

  だれでも思い通りのものを釣り上げられるかと言えばそうでもないよう

  で。


八五郎:【戸をドンドン叩きながら】

    おぅごめんよッ! ごめんよッ!! ごめんよッ!!!


尾形:~~うるさいな朝っぱらから。

   戸をドンドン叩いているのは、となりっつぁんかい?


八五郎:【戸をドンドン叩きながら】

    そうだよッ、開けとくれよッ!


尾形:分かったよ、いま開けるから。

   【戸を開けながら】

   そうドカドカやって——!【手を一回叩きながら】あだっ!


八五郎:あ、いけね。


尾形:おい、なんだってわしの頭をぶつんだい!?


八五郎:いやだって、今ドンドン戸をたたいているとこをさ、

    先生がガラッと開けるもんだから、手がすっぽかしてポーンて

    いっちゃったよ。

    戸にしちゃぁやわらけぇと思ったね。

    でも別に痛かねえや。


尾形:そりゃあわしが言うセリフだよ。

   こんな朝っぱらからお前さん、いったい何事だい?


八五郎:何事もかにごともねぇ。

    先生、黙ってお金を一両いちりょうくださいよ。


尾形:お前さんも変な人だな。

   いわれのない事言ったって、金はびた一文たりともやらないよ。


八五郎:いわれがねえ?

    おう、じゃあいわ因縁故事来歴いんねんこじらいれき物語ものがたって聞かせようじゃねぇか

    。

    ゆうべの女、一体どっから連れてきたんだい?


尾形:ゆうべの女?

   っつぁん、わしはひとり者だよ。

   婦人ふじんはそばへも寄せ付けない、聖人せいじんのような暮らしをしてるんだ。

   お前さん、夢でも見たな?


八五郎:夢だァ?

    おう先生、夢じゃねえ証拠しょうこを見せようじゃねえか。

    そこの壁の穴を見てくれよ。あっしが開けたんだ。


尾形:なに、穴を……?

   ぁあッッ…?!!【今気づいた】


   やりゃあがったね、アレぁお前さんの仕業しわざか!

   それにしても大きな穴を開けたな。

   いったいなぜこんな良からぬ悪戯をしたんだ。


八五郎:したくもならァね!

    あっしァゆうべ、ごろっと横になってみたものの、なかなか寝付ねつかれ

    ねえ。

    気が付きゃあ真夜中時分まよなかじぶん、寒いってんでひょいっと目が覚めると、

    ひそひそひそひそ男と女の話し声が聞こえてきた。

    長屋ながや三十六軒、ひとり者はずいぶんいるが、

    夜夜中よるよなかに女ァ引っ張り込むような、そんないきな野郎は

    どこのどなただろうってよ。

    よもや先生のとこだとは思わなかったねェ。

    声が聞こえて形が見えねえってなこんなに気になることはねえからよ、

    見てえ一心で無い知恵を絞ったね。

    ご存知のとおりあっしァ大工だいくだ。

    商売物しょうばいもののノミで声を頼りに壁の薄いとこを見繕って、

    ガリガリガリガリ穴を開けてひょいっとのぞくってぇと

    文金ぶんきん高島田たかしまだよ。

    先生、あれァ良い女だねェ、年のころなら六、八だね。


尾形:…妙な数え方だね。

   しかもお前さんは、なぜそう半端はんぱ省略しょうりゃくしてものを言うんだい。

   十六、十八と、ちゃんと十を足さないと、わしがおなわになるじゃな

   いか。

   しかもそれを言うなら十七、八だろう。

   十六、八じゃしちが抜けてる。


八五郎:へへ、しちは先月流しちまったよ。

    今ごろどっかの質屋しちやに流れついてんじゃねぇかい?


尾形:何の話をしてんだい…。


八五郎:しかしのぞいてて驚いたね。

    先生、わしは女はそばへ寄せ付けない、なんてこと言ってよ、

    あんなうめぇことやってる。

    色は白を通り越してちょいと青みがかってたがいい女だね。

    顔の小せえ、肩が小柄で抱くとぐっと中へ入るようなね、

    目のぱっちりして吸い付きたくなるような唇をしやがってね、

    何ともたまらねえ綺麗なほっぺただ。

    おかげでこっちは一晩中まんじりともしねえ。

    これでもまだ夢だってとぼける気かい?


尾形:…ん、んんッ。


八五郎:お?痰を切りやがったね?


尾形:…ならばっつぁん、ゆうべの婦人ふじん御覧ごろうじたのかい?


八五郎:そりゃもう、気になって気になって御覧ごろうじ過ぎちゃったよ!

    先生、いったいどうしちまったんだい?

    白状はくじょうしねぇ!

    …今なら罪は軽いよ。


尾形:見たのであれば、いた仕方しかたがない。

   それなら聞かせてやるが、ゆうべの事を話すとなると、

   少ぉし怪談かいだんじみてくるぞ。


八五郎:やめてくれ先生、怪談かいだん抜きで頼むよ。きれぇなんだ。

    あっしは臆病おくびょうでね、こえぇ話を聞くと、夜中に一人ではばかりへ

    行けなくなっちまうんだ。


尾形:話の順というものがあるからまぁ聞きなさい。

   実はっつぁん、こういうわけだ。


八五郎:おや、そういうわけですかい。


尾形:まだ何も言っちゃいないよ!

   …お前さんも知っての通り、わしはり好きだ。

   昨日も向島むこうじまへ行ったが、間日まびと言うのか雑魚ざこ一匹かからない。

   こういう日は、天が殺生せっしょうをしてはならんといましめているのだろう。

   竿ざおに糸を巻き付けて帰り支度じたくをしているうちに、

   がいつの間にか西にかたむいていた。

   金龍山浅草寺きんりゅうさんせんそうじで打ち出すかねいんにこもって物寂ものさびしく、

   ぼぉ~ん………、【←長さは演者次第だが、低音のまま延ばす。】

   と鳴るとね…、


八五郎:せんせぇ、もうちょっと陽気ようきにやってくんねえかい?

    ぼぉ~ん、じゃなくて、ぼぉーーん!てよぅ!

    鬼婆おにばばェこいたなんてなァいいね!

    あっしぁね、見かけは弱そうだけど、しんも弱いんですよ!


尾形:【無視して重々しく】

   四方よもやまやま雪解ゆきとけて、水嵩みずかさまさる大川おおかわの、

   上げしおみなみでざぶーりざぶりと岸辺きしべを洗う波の音、


八五郎:ぅ、ぅわ、わわわ…。


尾形:辺りはうす暗くなってわし一人、

   風もないのに片江かたえよしがガサガサっ、ガサガサっと

   動いたかと思うと…中からすぅーーーっと…


   出ェェたぁぁアアア!!!


八五郎:わぁったったったッッァッッ!!


尾形:【↑のセリフに食い気味に】

   ってこらこらこらどこへ行くんだ、待ちなさいッッ!!


八五郎:ぃぃいえ待ちませんん、放してくださいぃッ。


尾形:放せないよ!

   いま、お前さんが驚いた拍子ひょうしにね、ここに置いといたわしの

   紙入かみいれが姿を消したんだが?

   よもや、自分のふところに入れてやしないかい!?


八五郎:あっしが?

    先生の?

    紙入かみいれを?

    冗談じょうだん言っちゃいけませんよ。

    あっしはそういう男じゃありませんよ。

    驚いた拍子ひょうしに人の財産をふところじこんで、それで家へ帰っちまお

    うだなんてそんな、あっしは男の出来できがねーー

    【胸をポンと叩くと紙入れが転がり落ちてくる】

    あっ。


尾形:…。


八五郎:…。

    ……これかな?


尾形:これかなじゃないよ!

   なんだって人のものをふところに入れてるんだ。


八五郎:いや、あのすんません…驚くとなんかうわーっとふところへ入れたくな

    って…。

    口惜くやしいけど返すよ。


尾形:持って行きそこねて口惜くやしいとかなんだい、まったく。

   それにお前さん、足元がれてるぞ?


八五郎:へへ、ちびりとらした。面目めんぼくねえ。


尾形:面目めんぼくねえじゃないよ汚いな!

   驚いてしょんべんとは、まるでセミだな。


八五郎:セミと一緒にしねえでもらいたいね!

    で、何が出たんです?


尾形:カラスが一羽。


八五郎:カラスだぁ!?

    なぁにを言ってやんでェ、さんざっぱら人を驚かしといて、

    カラスならカラスとお手軽てがるに言ったらどうだい。

    何が飛び出すかと思って、こちとらきもたまが上がったり下がった

    りしてらァ。

    で、そのカラスがどうしたんで?


尾形:ねぐらに帰るカラスにしては、ちと早すぎると思ってな。

   わしも物好き、なんの気なしによしをかき分けてみると、

   そこに一つの生々しいどくろがあった。


八五郎:はぁ~、唐傘からかさこわれたやつかい?


尾形:そりゃろくろだよ。

   しかばねだ。


八五郎:はぁ、赤羽あかばねか。


尾形:誰だよ。

   そうじゃない、人骨じんこつざらしだ。


八五郎:あぁ、そうですかぁ、人骨じんこつざらし?

    はははは……てなぁ、なんです?


尾形:何って…骸骨がいこつだよ!


八五郎:あぁ、げぇこつか。


尾形:げぇこつとはなんだ。

   いずこの方かは知れないが、

   このようなしかばねをさらしていては浮かばれまい、不憫ふびんなもの、

   だ。

   そこでわしが上手うまくはないが、ねんごろに回向えこうをしてやったよ。


八五郎:回向えこうだって? つまらねえことやりやがったなぁ。


尾形:いや、手向け(たむ)をしてやったんだよ。


八五郎:はぁ、たぬきがどうしたんで?


尾形:~~なぜそう話が分からないんだね。

   「月浮つきうかぶ 水に手向たむけの 隅田川すみだがわ」   

   生者必滅会者定離しょうじゃひつめつえしゃじょうり頓証菩提とんしょうぼだい 南無阿弥陀仏なむあみだぶつ 南無阿弥陀仏なむあみだぶつ

   ととなえて、腰につるしたふくべみ残しの酒をこつにかけた。

   すると気のせいか、こつがぼうっと赤くなったような気がしたので、

   あぁ良い功徳くどくをしたと、家へ帰って寝酒ねざけんで横になった。

   さて何刻なんどきであろうか、ほとほとと、戸をたたいておとずるる者あり。

   何者かとうてみると、かすかな声で「向島むこうじまから参りました。」。

   はて、向島むこうじま親類知己しんるいちきたぐいは無し、となると、あれほど回向えこうしてや

   ったはかえってあだとなり、狐狸妖怪こりようかいたぐいとなってたぶらかしに参ったか

   !

   年は取っても腕に年は取らせぬつもり、

   この尾形清十郎おがたせいじゅうろう、身に油断ゆだんなく長押なげしやり小脇こわきにかいこみ、

   つかつかつかつかつかとーー


八五郎:【↑の語尾に喰い気味に】

    ちょちょちょ待ってくださいよ。

    先生の話はとても調子ちょうしがいいんですけどね、

    あっしは壁一つとなりですよ。

    どうかするってぇと、朝昼晩と日に三度遊びに来る。

    だけどね、今までいっぺんだってこの家の長押なげしやりが掛かってた

    のは見た事がねえ。

    やりどっから持ってきたんです?


尾形:…やりが無いから、ほうきを小脇こわきにかいこんだ。


八五郎:なんだほうきかよおい!

    ほうきとやりとじゃえらい違いだよ。

    第一ね、つかつかつかつかつかってね、

    この家そんなにないんだよ。

    あっしんとことおんなじじゃねえか。

    つかつっ、てぇともう裏へ抜けちまうだろ。


尾形:…まぁこれはもののたとえだから、黙ってお聞き。

   がらり戸を開ける、

   「乱菊らんぎくや きつねにもせよ この姿」

   ゆうべのむすめが音もなく、

   すーっとこれへ入ってきたと思いなよっつぁん。

   「わたくしは、向島むこうじまかばねさらしておりました者。

   あなたの回向えこうによって今日こんにち初めて浮かぶ事ができました。

   行くところへ参る前に、お礼に参じました。

   おみあしなりともおさすりいたしましょう。」

   はるばる向島むこうじまから来たる者をすげなく帰すのも何とやら、

   足をさすらせ、かたたたかせしていた。

   ゆうべのあの娘はそういうわけで、この世の者じゃないんだよ。


八五郎:ぇぇ…、この世の者じゃねえって事は、あの世の者ですか…。

    イイ女だったなァ…ああいうイイ女なら、あっしぁ幽霊でも何で

    もかまやしねえ。

    みっちり話がしてみてえと思うんですけど、

    そのこつってのはまだありますかね?


尾形:それは分からんよ。


八五郎:わからんだなんてそんなしみったれた事言いやがってぇ。

    とぼけんなよ。


尾形:別にとぼけてるわけじゃないけどもな。

   まぁ行ってみればあるかもしれんよ。


八五郎:あ、そうすか。

    じゃ、なんとかかんとかって言う、

    そのこつの来る間抜まぬけのってのを教えてくださいよ。


尾形:間抜まぬけのではない、手向たむけのだ。


八五郎:ぁそうそうそう、たぬきの


尾形:【若干強調して】

   手向たむけの


八五郎:へへへ、手向たむけね、手向たむけ。


尾形:「月浮つきうかぶ 水に手向たむけの 隅田川すみだがわ」   

   生者必滅会者定離しょうじゃひつめつえしゃじょうり

   頓証菩提とんしょうぼだい 南無阿弥陀仏なむあみだぶつなむあみだこらこらこらこら!

   何をしてるんだ、人の竿ざおをガラガラガラガラかき回して。

   おいおいおいいかんよ、おい、その竿ざおは持ってってはいかん!

   だめだめだめ!それはわしが大事にしている竿ざおだ、

   他のを持って行きなさい!


八五郎:てやんでぇ、ぐずぐず言うなィ!

    借りてくよォーーーいッ!


    【三拍】


    はははは、なぁに言ってやんでぇ唐変木とうへんぼく

    「わしは聖人じゃからな、婦人ふじんは好かんよ。」なんてよぅ。

    あれでとぼけてりだ、りだって言っちゃ、

    女のこつって歩いてやがった、いやらしいジジィだねまったく。

    人は見かけによらないね、ええ?


    おやァ? 今日はまた大勢おおぜいが出てますよォ!

    陽気ようきがいいから、…みんなこつってやんのかね?

    みんなでそんなにられたら、俺のこつが無くなっちゃうよ。

    まぁた年寄としよりばっかりだよこれ。

    近ごろの年寄としよりは色気いろけづきやがったねまぁ。


    うぉぁーーーいッッ!!

    こつれるかァ?こつこつゥ!

    こつれるかァこつはよ!


釣り人1:…はぁ?こつぅ??

     今みんなでもって、お魚ァってます。


八五郎:てやんでぇこの野郎とぼけやがって。

    隠そうったってそうはいかねェぞ。

    ネタは上がってんだネタは。

    どんなこつりに来やがったてめぇは!

    新造しんぞ年増としまかァ?

    乳母おんばさんか子守りっ子かァ?

    泡ァらってオカマなんかるな!

    どんな女だァーーーーッッ!!?


釣り人1:何ですかねあれ、土手どての上で女の事ばっか口走ってますよ。


釣り人2:目が血走ってますね。

     ゆんべかみさんにでも逃げられたんじゃないですか?


釣り人1:そんな気味きみの悪いものはってませんよ。

     今みんなでもってね、仲良くお魚をってんですよ。


八五郎:なぁに言ってやんでェこの野郎ォ。

    魚釣さかなつるってツラかおめぇは。

    首でもれェ!


釣り人1:な、なんだありゃ…。


八五郎:俺も今そこへ行くぞォ!


釣り人1:ぇっ来るよ、来るって!


釣り人2:困りましたなぁ、あぁ降りてきましたよ。


釣り人1:すいません、そちらお膝送ひざおくりを願いますよ。

     あぁ結構結構けっこうけっこう


八五郎:スチャラカチャンチャン、スチャラカチャン♪っとォ!

    さぁどいてくれどいてくれ!

    どっこいしょのしょっと!


    あたしゃ年増としまが~っ、好きなの、よォ~~♪


釣り人1:なんかりしてるようじゃないよこの人。


釣り人2:湯でも入ってるみたいだよ。


釣り人1:それもいいけどこの人…ぷっ。


八五郎:あん? き出しやがったな。

    人の顔見てき出すツラかよ!

    吹けば飛ぶようなツラぁしやがってこの唐変木とうへんぼくのあんけらそォ!


釣り人1:えさァつけてないってのは乱暴だね。

     ちょっとあなた、失礼ですがね、えさを付けないと

     お魚はれっこござんせんよ。


八五郎:何をォ?

    えさぁつけなくっちゃお魚はれっこござんせん?

    ほざいたぬかした、こいたねこのバカ。

    てやんでェ、連れっ子もままっ子もあるかィ。

    こうやってたらそのうち日が暮れて、

    かねがごぉーんっと鳴るだろ。

    で、よしがガサガサってやってカラスがパッと飛びゃあこっちのも

    んだ。


    【※サイサイ節の替え歌です。】

    かねがボンとなァりゃサァ♪

    上げしおォ 南サ♪

    カラスがパッと出りゃ コラサノサ♪

    こつがある サーイサイ♪

    スチャラカチャンたら スチャラカチャン♪


釣り人1:しょうがないねこの人は。

     もしもし、もしもしあのですね、その、浮かれてさわがないで

     もらえませんかね?

     せっかくお魚が寄って来てるんですよ。

     あなたの声聞いてみんな魚が逃げちゃうじゃないですか。


八五郎:何ィ!?

    俺の声を聞いて魚が逃げるゥ?

    アゥ!

    魚に耳があんのかい? どこについてんだ、教えろ、見せろ!


    【※サイサイ節の替え歌です。】

    そのまたこつにとサ♪ 

    酒をばけりゃサ♪

    こつがべべ着て コラサノサ♪

    礼に来る サーイサイ♪

    そらスチャラカチャンたら スチャラカチャン♪


釣り人1:ぁぁ水をかき回しちゃ困りますよ!

     水をかき回さないでください!

     しぶきがかかるじゃないですか!


八五郎:ハァ? 誰がかき回してんだよ誰が!

    しぶきがかかるゥ!? 天龍下てんりゅうくだりだと思ってあきらめろィ!

    おめえの国じゃ何か、こういうのをかき回すってのか?

    かき回すってのはな、こぉぉぉやるんだよ!


釣り人1:ぁあぁあ、ホントにやっちゃったよおい…。


釣り人2:ダメだこりゃ、今日はもうお魚ぁれませんな…。


釣り人1:しょうがねぇ、面白おもしろいから見てましょう。


八五郎:だけど、先生んとこ来た女は、ちょいと年が若すぎたね。

    若い方が水っぽくておもしれェって言うけどよ。

    痛がるばかりで面白おもしろくねえことの方が多いって言うね。

    遊んでて面白おもしれぇのは、二十七にじゅうしっぱち三十凸凹さんじゅうでこぼこ

    おつ年増としまこつがいいってな。

    どんな形とらしても嫌がらねぇし、あぶらが乗ってたまんねぇよ。

    【自分の妄想に浸っている】

    やってきますよォ、カラコンカラコンカラコンカラコン~。

    「こーんばーんわァー」

    なぁんでェお前、待ってたんだよ、こっち入りなァ。

    「うまいこと言って、お前さんそばにつのの生える人かなんかいる

    んじゃないの?」

    んなもんいるもんかい、一人もんだよ。

    いいからこっち入ってくんねぇ。

    「そう?じゃあたし、お前さんのそば行って座ってもよくって?」

    いいから座りなぁ。

    「そぉう?」

    なんてやってね、

    こつが、ツツツツと上ってきて、くくっ、あっしのわきへ、くっ、

    ペタッと座って…。


釣り人1:水たまり座っちゃったよ。

     ここ、あんまりよくないんじゃないの?


八五郎:【自分の妄想に浸っている】

    「だけどお前さん、あたしが若いからってかまってくれるんだ。

    あたしがおばあちゃんになると若い女と浮気をするだろう?」

    浮気なんかするもんか、おめえを可愛がるよってんで、

    手を取ってやると待ってましたとばかりに、よろよろって倒れる

    ね!

    ひざの上に乗っかる、いい匂いがしてたまらないねちきしょう!

    どっから攻めようか、上から下から攻めようかね。

    三所攻みところぜめてェやつでひぃひぃ言わしてやりたいね!

    「たまんなくなっちゃった、なんとかしておくれ!

    収めておくれよ!」

    ってんで、

    心配するな、ゆっくり楽しむんだ、今日からおめえと夫婦めおとだ。

    「うまいこと言ってお前さん、その口でもってあたしをだますんだ

    よ、ちきしょう。お前さんのその口が憎らしい。

    あたしをだますお前の口が、

    【泣きながら】おまえの口がぁあぁぁ、にぃくらしいィィ…!」


釣り人1:痛い痛い痛い痛い!

     痛いね! 人のほっぺたつねるなよ!

     そういうこたァてめぇ一人でやってろぃ!


八五郎:へへ……くなよォ。


釣り人1:きゃしないよ!

     嫌な奴だねこいつは。


八五郎:【自分の妄想に浸っている】

    「だけどお前さん、浮気うわきしたらくすぐるよ!」

    よせやい、俺ぁくすぐられるのはダメなんだよ。

    「そんなこと言わないでさ、ちょっとくらいくすぐらしておくれ

    よ。」

    なんてね、こつが優しい手を出してあっしのわきの下を、

    こちょこちょこちょこちょっと、

    何するんだ、ダメだって、やめて、くすぐったいから……あっ。

    【鼻に釣り針が引っ掛かる】

    …痛い。

    あたたた……!


釣り人1:あの人、魚ァらねえで自分の鼻をっちまったよ。

     どうしましたァ!?


八五郎:【鼻に釣り針が引っ掛かってる】

    っこれ、取ってくんない?

    誰かこれ取ってくれよ、取ってくれってんだ。


    ちきしょう、みんな手をたたいて笑ってやがる。

    薄情はくじょうな連中だイテテテテ、

    どういうわけでこんなとこへ針が引っ掛かりやがんだ。

    ぁでぇッ!

    うわぁいてぇ…鼻から血が出て来ちゃったよ。

    バカバカしくて鼻血(話と掛けてる)にならねえな!

    こんなものが付いてるからいけないんだよ。

    捨てちまえ!そりゃッ!


    さあ来い!


釣り人1:あの人、ばり投げ捨てちゃったよ!

     それじゃ魚はれないよ!


八五郎:魚ァりに来たんじゃねェ、俺ァ女をりに来たんだ!

    竿さお一本ありゃ何とかなるんでェ!


釣り人1:なんだねこりゃ、もう行きましょう。

     これ以上関わり合いになるのはした方がいいですな。


八五郎:へっ、やぁっと邪魔なのがいなくなった。

    ぱーぱーぱーぱー色んなこと言って、うるせぇったらないね。

    なまじいろには連れは邪魔、ってのを知らねえのかよ。

    …お? ありゃあ弁当だ。忘れて行きやがったんだね。

    ありがてぇ、腹減ってたんだよ。

    おっ、こいつァ焼き豆腐どうふた奴だ。

    へへへ、いただこうじゃねえか。

    【食べながら】

    うまいねぇ、こういうのを釣りに来ていただけるとは思わなかっ

    たね。

    うん、うまい。

    これで夜になると女が来るんだ。

    昼間はありがとう、わざわざ豆腐(遠くと掛けている)の方から

    参りました、ってな。


語り:などとあいも変わらず八五郎はちごろうの頭の中には、りもしないたぬきの皮だけ

   がうず高く積まれていく。

   とやっている間にも、ついに待ちがれた金龍山きんりゅうざん浅草寺せんそうじかねの音。


八五郎:おっ、鳴ってる鳴ってる、鳴ってますよォ。

    ここでよしをガサガサってやってカラスがパッとぉっとっと!

    出た出た!…出たけどカラスじゃねえなあ…椋鳥むくどりだ。

    カラスじゃねえと本寸法ほんすんぽうじゃねえんだけどなァ。

    まぁいいや、今日はカラスは風邪っ引きでむくちゃんが代演って

    やつだな、うん。

    さて、こつは~どこ~に~…おっ、あった!ありましたよ。

    ありがてえ…?あれ、こっちにもある…ってあそこにもあらぁ。

    え、こっちにも?…こここつだらけだぁ。

    どのこつがいいかって目利めききなんざできねぇよ。

    当たりハズレあったらやだな…。

    ま、いいや、みんなこうやってね、酒をまんべんなく振りかけと

    いて…先生みたいに飲み残しじゃねえ、わざわざ買って来たんだ

    よォ、聞いてる?

    俺んとこはね、浅草門跡様あさくさもんぜきさまの後ろ、八百屋やおや横丁よこちょう入ってかどから

    三軒目さんけんめ腰障子こししょうじに丸に八の字、丸八まるはちとしてあらぁ。頼むよォ。


語り:呑気のんきなもので八五郎はちごろう、とくとくとして続ける。

   妄想もうそうに夢中で気づかなかったが、よしの影に屋根船やねぶね一艘いっそう

   中には客待きゃくまちをしている野良のら太鼓持たいこもちがいた。

   あんな大きな声でひとり言を言うもんだから、話はすべて筒抜つつぬけ。


八五郎:あーそうだ、こつの来る間抜まぬけのなんかあったね。

    えーっと、えーと…あ、

    「やす ほね形見かたみのススキかな」

    いや違うな…えーと…あ、

    「隅田川すみだがわ …たぬきが出てきて… ぽんぽこぽん」

    だっけか…?


新朝:おやおやおや、みょうな事を聞いちまったね。

   こんなとこで女と再会の約束なんかしてるおつな奴がいるよ。

   えーっと、浅草門跡様あさくさもんぜきさまの後ろの八百屋やおや横丁よこちょう入ってかどから三軒さんけん目、

   腰障子こししょうじに丸に八の字、丸八まるはちとしてあるって言ってたな。

   こんな所で「おや、お二人さん」なんてのも野暮やぼってもんだ。

   ようし、夜分やぶんにお宅の方へ、うかがい之助のすけっ!


八五郎:まぁいいや、こんだけ丁寧ていねい回向えこうしたんだ、大丈夫だろ!

    んふ~、待ってるよォ!


語り:野良のら太鼓持たいこもちに聞かれていたともつゆ知らず、八五郎はちごろう、すっかり

   いい心持こころもちで支度したくを進めていた。

   しかし待てどらせどだれも来ず、そのうちひびうしこくかね


八五郎:なぁにやってんのかねぇ、さっきからかねがゴンゴンゴンゴン鳴っ

    てんのによォ、来ないね。

    酒のかんをつける支度したくもできてんだ。

    まぁそうしてるうちに来るだろ。

    「こんばんわ、あたしよ、向島むこうじまから来たの」

    なぁんてねェ、へへへ!


新朝:こんばんわ!

   こんばんわ!


八五郎:?…ちょっと声が違うんじゃねえかい?

    なんだか下っぱらに力が入ってる感じだよ。

    まぁいいんだよ、来てくれりゃあこっちのもんだ。

    あいよ!今日からおめぇのうちだよ!そこ開けて中ぁ入ってくれ!


新朝:へぇい!こんばんぅわッ!【←挨拶しながら驚いている】

   【つぶやくように】

   うわァ~~…国破くにやぶれて山河さんがありなんて言うけど、

   障子しょうじ破れてさんばかりだねこのうちは。

   突き当たりのあれ、仏壇ぶつだんでげすか?あのみかん箱。

   おつなお仏壇ぶつだんでげすなぁ。

   サザエのつぼのお線香立せんこうたてに、アワビっかいのお燈明立とうみょうたて。

   江の島みたいなうちでげすなぁ。


   うわァ~、結構けっこうなおうちでげすなぁ!

   居ながらにして月見つきみができるなんざ、風流ふうりゅうでげす!

   貧乏びんぼうしてもこの風情ふぜいあり!

   しちの流れに借金の山ときたでげすねぇ!ヨーイヨイヨーイッとォ!


八五郎:なっなっなッ、なんなんだよこいつは!

    何だお前は!?


新朝:へい、あっしでげすか?

   あっしァ新朝しんちょうって太鼓持たいこもちでげす。

   へへ、今夜の為にこの太鼓たいこも、新しく馬の皮ァ張り直して新調した

   でげすよ!


八五郎:なに、太鼓持たいこもちィ!?


    しまった、昼間のこつは馬のこつだった。




終劇



参考にした落語口演の噺家演者様等(敬称略)


三遊亭圓楽(五代目)

古今亭志ん朝(三代目)

立川談志(七代目)

柳家小三治(十代目)

春風亭柳好(三代目)



※用語解説


いわ因縁いんねん故事来歴こじらいれきいわれ、と因縁いんねん、と故事来歴こじらいれきの三つの言葉を組み合わせ

         たもの。物事がたどって来た歴史や由来。


文金高島田ぶんきんたかしまだ:根を高くした島田まげ。高尚こうしょう優美ゆうび婚礼こんれいの時などに

      女性の髪形。


はばかり:便所のこと。


間日まび:前後に仕事などがあるその間の日。


金龍山浅草寺きんりゅうざんせんそうじ: 東京都台東区浅草にあるお寺。


紙入れ:財布。


生者必滅会者定離しょうじゃひつめつえしゃじょうり:生あるものは必ず滅び、会う者は必ず離れる定めにあ

         るという意味。


頓証菩提とんしょうぼだい:仏教において段階的な修行をずにただちにさとりを得る事。


よし水辺みずべ群生ぐんせいする、ススキに似たをつける多年草たねんそう


ふくべ:熟したひょうたんの実の中身を取り去って乾燥させ、酒器や水筒の

  容器として用いた。


回向えこう:お経などをあげることで積んだ「徳」を故人に回し(与え)、

   故人が浄土へ行けるようにすると同時に、お経を唱えた人にも

   浄土への道を開くという意味。


新造しんぞ:町家の若い妻。転じて、妻。時には、娘。身分の低い武士の妻にも

   言った。このはなしには関係ないが、遊里ゆうりで客を取るようになったばか

   りの若い遊女を指す場合もある。


年増としま:この時代の年増としまは数え年20の女性を指し、25で中年増ちゅうどしま

   30で大年増おおどしまといった。


乳母おんば:うば、の別読み。


あんけらそ:大阪弁でぽかんとしている様、またその人。

      「あんけ」はぽかんと口を開けているさま。


さいさい節:野ざらしの中でのさいさい節は替え歌。

      古典落語「野ざらし」においてもっとも難しい部分。


二十七にじゅうしっぱち三十凸凹さんじゅうでこぼこ:江戸庶民の年増としまの表現方法。

           凸凹とは、三十を基準に出たり引っ込んだりして

           いる事を指す。


三所攻みところぜめ:本来であれば相撲すもうの決まり手の一つで、足手の右足を内、

     または外掛そとがけして、もう片方の足を手ですくい、頭で相手の胸

     を押して浴びせ倒す勝ち方…であるが、このはなしの場合は…うん

     、皆様のご想像にお任せします。

     さすがは故・立川談志たてかわだんし師匠である。


本寸法ほんすんぽう:本来の状態、あるべき姿、といった意味で用いられる表現。

    特に落語の用語として、型を崩していない・正統派である、

    という意味合いを込めて用いられることが多い。


浅草門跡様あさくさもんぜきさま東本願寺ひがしほんがんじの事。




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