前世の実家が大きな農家だった僕が大貴族の嫡男に転生したら、スキル授与の儀で【農業】を得て家から出される話
ざまぁはありませんし、ざまぁが存在する要素はありません。
この程度なら、真っ当な家族なら、こうなるんじゃないかな〜。
なんて言う話。
「ムールドバト公爵家のアマルファ様、どうぞスキル授与の間へ」
「はいっ!」
帝都にあるこの世界の主神を祀る大教会で僕の名前が呼ばれ、目の前にある豪華な金属製の扉をくぐる。
突然だが、僕は転生者だ。
前世では地球と呼ばれる場所で何人もの人を雇って経営する大きな農家をしていたんだ。
ある日、いつもの様に畑の面倒を見ていたら、近くの山からイノシシが下りてきた。
そしてイノシシが畑の作物を食べようとしていたから、追い払おうとしたんだ。
その時に突進してきたイノシシの牙に気付かず避けそこねて足に大きな傷を受けて、身動きができなくなった所をイノシシがトドメ。
それで死んだんだと思っていたけど、目を覚ましたらファンタジーな異世界の、しばしば何処かと戦争していて武を重んじる帝国の公爵家の長男。
つまり次期公爵家当主となる嫡男に生まれ落ちていたんだ。
あ。 弟や妹が居て、その子達はとても可愛いと思っているけど、そこは今話す場面じゃないから置いておく。
話が少し逸れるけど、僕の前世の趣味は、仕事が終わって寝るまでの時間でネット小説を読む事。
それで転生したのならズルい能力とかが有るのかな?
なんて期待したけど、僕は得られなかった。
話を戻す。
公爵と言えば国内全貴族達の頂点。
皇帝陛下に次ぐ権力を持つ要人中の要人。
つまり国内の貴族の代表であり顔。
他国から見て帝国の公爵が情けないモノであったならば、帝国の貴族全員が他国から舐めた目で見られてしまうと言う事。
その嫡男に相応しい教育をと、10歳になるまであらゆる厳しい教育を受けてきた。
教養、知識、品格、社交術、公爵領の歴史、心の有り様、そして武術。
特に武術はツラかった。
何かと武を重んじるお国柄である帝国だからこそ、民の代表となる貴族はある程度の水準の武を修めていないと、貴族だと認められない。
しかもムールドバト公爵家はかなりの頻度で帝国軍最精鋭の部隊を率いる軍団長を輩出する、武の家系。
そこの嫡男がそこらの貴族と同等の武なんて笑い話になって、公爵家の恥になってしまう。
それを防ぐ為に厳しい訓練を熟さなければならないんだ。
前世でもそんな武術とは縁が薄い生活だったし、前世の倫理観からして武術……戦うことにむかない性格の者としては、苦痛しか無いわけで。
それでチート能力の無い身で、その教育を親である当主が十分だと認められるまでに、生まれてから10年……つまり10歳まで異世界転生者らしい動きなんてとれなかった。
それで何とか教育が十分だと認められたと思えば、お前は10歳になったんだから出かけるぞと。
そう当主である父親に連れられて、馬車に揺られて到着したのが冒頭の説明の通り。
公爵が持つ領地は帝国の首都にほど近く、思ったより日数がかからなかったのが救いかな。
この金属製の扉の向こうには、石壁で区切られた圧迫感すら感じられそうな(大教会の大きさから見れば意外にも)小さな部屋が。
壁にはいくつか蝋燭を置く燭台もかかっていて、薄暗くはあるもののその蝋燭の灯火でなんとか明るさは確保している。
その部屋の突き当りには、これまた小さな祭壇が。
その祭壇には大教会の中央に置かれている主神の姿を、10歳の僕の体と力で持てそうな小ささにした像が据えられていた。
薄暗い部屋のなかで、灯火を反射して薄ぼんやりと光る事で浮かび上がる様に見える像が、神秘的に感じられる。
ここが。
こここそが、《スキル授与の間》だそうだ。
ここで10歳以降になった時に主神像へ祈りを捧げれば、1度だけこの世界では天技と呼ばれるチカラを神様が授けて下さるそうだ。
このスキル授与の間は教会ならどこでも設置されていて、別にどの教会でスキルを授かってもスキルの優劣は発生しないらしい。
ならばなぜ態々こうして大教会にきてスキルを授かったかと言えば、公爵の見栄……というものだって。
他にも帝都への道で沢山お金を使うことで、平民への施しをしているって目的も有るみたいだけど。
…………おっと、考え事でボーっとしていたみたいだ。
いつまでも棒立ちしていては、話が進まない。
この部屋でする事を、事前に聞いていた通りにしなければ!
気を持ち直し、早速行動を始める。
「って言っても、する事なんてこの像の前で膝をついて祈りを捧げるだけなんだけどね。 それすら忘れてた僕のダメっぷりよ」
苦笑気味に自嘲してから、像が置かれている祭壇へ近寄る。
そして像へ目を瞑り膝をついて祈りをしばらく捧げていたら、胸の内から温かいナニカが湧いてきている様に感じられた。
この温かいナニカこそ、神様から授けられたスキルの力らしい。
実際、このナニカの基本的な使い方が、不思議と手に取るように分かるのだ。
天技なんて無かった世界の人間だったはずの僕でも、分かるようになっている怪奇現象として。
こんな事が出来るのは、確かに神様しか居ないのだろう。
ナニカが湧いてくる感覚に慣れてから、ゆっくりと目を開ける。
と同時に、僕の心は不安で一杯になってしまった。
僕が得たスキルは、公爵家に合っていない。
僕にはピッタリだとは思うけど。
でも前世でネット小説を読んでいたから、想像がついてしまうのだ。
こんなスキルを得てしまった僕は公爵家に相応しくないとして、追放されてしまう物語が頭でグルグルしてしまうのだ。
これはヤバい。
僕はあの物語の主人公達みたいに、立ち直りや切り替えが早いわけでも、特定の方面に極端にニブい感性や感覚の持ち主じゃないと思っている。
となれば、どこかの村へひっそりと落ち延びて、そこの農民としてひっそりと暮らす以外に選択肢がなくなる。
…………うん。 前世の経験からそれで十分な気もするけど、それだと今まで公爵家の次期当主であれと受けてきた教育が無駄になって泣けてくる。
でもどんなスキルだったとしても、当主である父親に報告しなきゃいけないんだよなぁ。
うぅ……気が重い。
〜〜〜〜〜〜
スキルを授かったと家族がお祝いしてくれたその日の夜。
僕は父親の執務室にいた。
「僕が授かったスキルは【農業】です」
色々悩んだけど、結局隠さず誤魔化さずに報告した。
「…………そうか。 スキル授与の間から出てきてからずっと暗い顔だったから、もしやと思っていたが。 やはりか」
すると一瞬だけ眉を寄せ、それを手のひらで隠し、アゴを上げてから深呼吸を繰り返す父親。
武を重んじる国で一際武を重んじる公爵家なのに、こんなスキルを授かった僕にきっと呆れているのだろう。
そんな父親を僕は見ながら、言わなければならない言葉を持ち出す。
「僕は、この家に相応しくないですよね」
これを聞いた父親は顔の手を下ろし、僕を見据える。
それからたっぷり10秒くらいだろうか? それだけの間をあけてから、僕へ答える。
「そうだな。 我が公爵家の当主として、相応しくないと周りの貴族達から舐められてしまうだろうな」
「そう……だよね」
やっぱりそうなってしまうのだろう。
「僕は公爵家から追放ですか?」
これは大事な部分だ、訊かなければならない。
そう意を決して訊いてみたら、父親が少しだけ目を丸くする。
「いや。 確かに公爵家から出さねばならんが、追放はしないさ」
「………………へ?」
物語の通りに進むのだろうと思っていたけど、どうやら違ったらしい。
「どうした、そんな間抜けな声を出して」
父親の僕を咎める声に、ちょっと笑う感じが含まれていた。
しかも嘲笑う方じゃなくて、面白いものみ見た時に出るような笑い。
「いえ、だって。 武で鳴らす家に【農業】なんて軟弱なスキルを持つものは不要だと、問答無用に蹴り出されるものだとばかり……」
見かけたのはそんな物語ばっかりだったんだから、それが普通で常識だと思っていたんだから、仕方ないと思う。
そんなちょっと慌てている僕に、父親は笑いを隠さなくなった。
「まさか。 そんな理由で家から蹴り出すやつなんて、バカだけだろうよ」
「バカ……?」
「そうだろう? 公爵家が自慢の武を満足に振るおうとするなら、食料は最重要の物だ。 腹が減っていては力が十分に発揮できぬ。 武器を握っても、振る力……元気を無くしていては戦えぬ。 なのにそれを作る者を、軽視なぞできぬわ」
父親は、かなり真っ当な人だった。
厳格ではあったけど、武を自慢するだけに体格が恐ろしいほどに良いけど。
まあ生まれて10年。 それは確かに感じていたけど、この時に改めて強く感じた。
「クーダツ侯爵家を知っているか?」
父親から、問いかけられた。
「ええ。 ムールドバト公爵家の元主家でしたよね。 功績の差で立場が逆転して今は分家になってしまった、父上の弟が当主をしている侯爵家」
「そうだ。 良く勉強しているな」
満足そうに父親が頷くが、そこは家の歴史として習っている範囲だ。
…………しかも何度も聞き飽きるほど教わっていて、爵位の差があるからと舐めた態度を取ってはいけない実例として教わったやつ。
元主家だから敬う心を忘れるなって意味と、自分達もいつ爵位を落とされて馬鹿にされる身分になってしまう可能性があるから敵を無闇につくるなって戒めと。
「いまのクーダツ侯爵家は、我が公爵家の領地にある農地の統括・管理全てを任せている。 そこならお前の【農業】は活躍できるだろう。 侯爵家の養子になるか、そこの娘と婚約して入婿になるかは話し合い次第だがな。
それにお前は馬車に乗ると、畑ばかり熱心に見ていただろう? 私としては、そんなお前が【農業】のスキルを得たのは正に天啓だと見ていて、丁度いい機会だったと思うのだが」
「あ…………」
バレていた。
前世の記憶から、前世の農業とこの世界の農業との違いに、非常に興味があったのだ。
今までは勉強や訓練漬けで何も出来なかった。
それがこんな形で開放されて、今後は好き放題土いじりに専念できるかもしれない。
でも、でもなんだ。
「それでは、次期当主は……」
折角次期当主として教育されてきたのに、それを手放すことになってしまうのだ。
だけど、そんな心配を口にする前に、父親が割って入る。
「お前の弟は、剣術に興味がありつつズル賢い。良き指揮官になれるだろう。 妹も妹で身体能力が高いお転婆で、男への興味は我が家の騎士達……強い者と来た。 どっちかが当主か当主の妻となれば問題ないだろう」
言い訳すらさせてもらえなかった。
「で、クーダツ侯爵家へ行ってくれるか? あそこの家族に農業関係で使えそうなスキルを持った者がいないから、手放しで歓迎されるぞ」
このあと少しゴネたけど「行くのか行かないのか、どっちなんだ?」と迫られて、結局行くことに決めて前世の知識で充実した農業生活を満喫する主人公でした。
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蛇足
ムールドバト公爵家
ボールを相手のゴールにシューーー!!
超、エキサイティンッッ!!
武 = バトル で連想したら、安直にこうなった。
アマルファ
ファーマー = 農民
まんまですね。 ひねり無し。
天技
スキルは色々ある。
スキルの中には魔法もある。
本文には出てこないけど。
クーダツ侯爵家
公爵の名前にと借りたソレの、日本での販売社の名前を借りた。
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蛇足の蛇足
別に公爵じゃなくても領地持ちの貴族なら男爵だったとしても……いやむしろ男爵だからこそ、領地を発展させるために農業が上手く出来る人材は1人でも多く欲しい訳で。
別に他の能力だって、特定の能力を持たない者は当主になれない。 とか決まり事がない限り当主になって良いだろうし。
望んだ能力でないにしても、有用だと分かってる能力なら家に置いて使えば良いだけだし。
使えない能力って分からん。 結局トンチみたいな能力の応用でどうとでもなる世界なら、一概に使えない能力だと切り捨てるのは短絡的過ぎるし。
能力がレベル制ならトコトンまで鍛えてみせろと、やらせてみれば良いし。 平民とかみたく、鍛えるのを見守る余裕がない家庭じゃないだろうから。
そういったのを追放する話って、なんで追放しちゃうんだろうな? と。
まあリアルの世の中にはトンデモな思考・思想を持ってトンデモな判断と行動をする奴もいるから、それを考慮すれば追放は絶対に有り得ないってモノでも無いんですが。




