第二話 波乱の兆し
ミコはその日も、いつも通りの体術を鍛えるの空手の稽古を終え、家路についていた。
そう、いつも通りのはずだったのだがーー。
ブオっ!
音をたて、熱風が不意にミコの頬を撫でた。
(すごい風だなぁ)
呑気にそんな事を考えていた、その時ーー、
ミコの肩付近からヒラヒラと何かが舞い落ちてきた。
紙人形。
精神世界からくる式神をこちらの世界で具現化させ、行動出来るようにする媒体。
それは、息吹と紬の紙人形だった。
「息吹? 紬!? 」
その声に応えるものはいなくなっていた。
紙人形は真っ二つに切られ、その切り口から燃え広がり、消滅した。
何が何だか分からず、呆然としているミコにーー
「見〜つけた! 」
子供のように無邪気で楽しげな声がミコの背後から聞こえてくる。
(この声は!? )
背後を振り向くとそこにいたのは、先ほど魂を呼び出された、アキラと言う名の少年だった。
「なっ!? 」
ミコの体から一気にイヤな汗が吹き出てくる。
混乱する頭を何とかして落ち着かせ、ミコは急ぎ、アキラに背を向けて走り出した。
(やばい!! )
「その身体、僕にちょうだい!」
アキラは宙に浮き上がり、その背を熱風に押させ、爆発的にスピードを上げてミコを追いかける。
(このままだと追いつかれるのも時間の問題か)
そう考え、曲がり角を曲がると同時に、角に身を隠し、アキラの気配を感じた瞬間ーー、
シュッ!
(気合一髪!! )
「はぁ!! 」
ミコの気を乗せた、渾身の上段蹴りを宙に浮くアキラに向かって繰り出す。
「おっと!」
アキラは戯けた声を出すと、両手で防御する体制をとりブレーキをかける。
精神生命体になったアキラにとって、人間の物理攻撃など取るに足りないものだが、流石に気を乗せた蹴りが当たると、消滅するほどではないが、少し痛い。
(チッ!当たらないか)
蹴りは空を切り、アキラに当たる寸前で交わされたものの、その一瞬の隙をついて、再びミコは走り出す。
(早く家に帰らなければ…)
いつもは親父に頼る事などないミコだが、こうなってしまっては親父に頼らざるを得ない。
式神召喚を出来ないミコにとって、アキラのように悪霊とかした霊が自分に憑依するなど、危険極まりないのである。
精神や自我を乗っ取れ、操られ、ミコの身体を使って何をされるか分からない。
不意を突いた蹴りも、そう何度も通用するとも思えない。その時ーー、
背中にイヤな気配を感じたが、少し遅かった。
「きゃー! 」
熱風で背中を焼かれ、悲鳴を上げながら地面に叩き付けられた。
地面を転がりながら、受身を取り、体勢を立て直すため、ヨロヨロと何とか立ちあがる。
「痛っ! 」
ヒリヒリと焼け付くような背中の痛みがミコを襲う。
「逃げられると面倒だから、動きを止めさせてもらうよ! 」
アキラは楽しそうに声を上げると、掌をみこに向け、そこから器用に、炎の紐のような物を捻ながらミコの身体に巻き付けていく。
「あ゛あ゛あ゛」
くぐもった声を上げるミコ。
炎はミコの身体に何重にも絡みついていく。
(息が…出来ない…)
ミコが息を吸おうとすると、炎によって喉や肺に焼かれるような痛みを感じる。
熱さと息苦しさで膝から崩れ落ちる。
(ああ…ちゃんと式神…召喚を出来る…ようになりたかった…)
途切れそうな意識の中、自分の短い人生の終わりを悟り、ミコは心残りを感じていた。
ここまで一方的に蹂躙されると、なすすべもなかった。
「ヤッタァー! じゃあ、身体もらうねぇ! 」
まるで、欲しいお菓子を買ってもらった子供のような、何とも軽い口調で、アキラが言い放ち、ミコの身体に入ろうと向かった瞬間ーー
カッ!!
一瞬にしてミコの体の頭から足先までを光が包む。
シューっ
その光を浴び、音を立てて、アキラの身体の一部が消滅する気配を感じた。
「これはまずいかも」
アキラはその言葉を言い終える前に、踵を返し、一旦退却をする事を選んだ。
しかし、ミコから放たれた光は、みるみるうちに一点に収束し、人型を形作る。
人型の光はミコの前に立ち、腕のような部分を水平に一閃させる。
「ぐぁ」
人型から出た、光の束をまともに食らったアキラは、そのまま宙に吹き飛ばされた。
アキラは辛うじて残った力を振り絞り、その場を離れて行く。
「ミコ! 」
薄れゆく意識の中で、自分の名を呼ぶ親父の声を聞き、助かったのだと安堵した。
目が覚めた時、そこにはいつも見慣れた自室の天井があった。
改めて助かった事を嬉しく思い、と同時に安堵のため息を漏らす。
「ん?? 」
あれほど、痛く、苦しい思いをしたにも関わらず、今のミコの身体は何とも無かった。
(鍛えてた甲斐が有ったってことか? )
物理攻撃や火傷で鍛えてるから大丈夫!なんて事はないのだが、今のミコは色々あり過ぎて、頭が働かない。
(何か飲み物でも…)
そう思い、立ち上がろうとすると、
(なんかフワフワする)
地面に足はついているのだが、体が軽くなったような、何とも不思議な感じがしたのだ。
キッチンに着くと、そこには親父とーー、
『ミコ様!! 』
「息吹! 紬!」
可愛らしいその姿を確認すると、考えるよりも先に、抱きしめていた。
「ご無事で何よりです」
「すみませんでした。私達が不甲斐ないばかりに」
口々にそう言う二人に、
「私は全然大丈夫だったよ。二人が居なくなったらどうしようかと…」
そこまで言って、ミコは声を詰まらせる。
『パパもとても心配していたんだけど…』と言って、ハグの腕をしている親父は取り敢えず無視し、ミコは二人との再会を喜んだのだった。
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