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第五話 一夜と美琴 後編

 美琴に付き従う事を決めた一夜はとても驚いた。

 

 美琴は、都を守護するだけではなく、毎日、すべての人々に清めの力が届くように祈り続けていたのだ。

 強い者だけが力を手にし、弱い者はそれに付き従うしかない。

 そんな世の中を変えるため、皆のために祈るのだ。

 自らの辛さなど感じさせず、全てを救いたいと願っているのだ。


(ああ、本当に美しい)


 美琴の側に居られれば、いずれは自分も醜い存在ではなくなるのかも知れない。

 自分だけではなく、すべての者達の魂が清められるかも知れない。

 美琴の側には、自分と同じく清らかな心を求める者が集まるのだろう。


 その考えが間違っていた事に気が付けば、悲劇は避けられたのかもしれない。





 その日は神殿の空気がいつもと違っていた。


(濃い血の匂い…)


 結界についての文書を読み漁っていた一夜は、美琴の元を離れていた。

 もう少し、後もう少しであの結界をなんとか出来るかもしれない所まできていた。


 胸騒ぎがしてすぐに美琴の部屋へと向かう。

 いつも美琴が居るはずの場所に姿が見えない。


(血…)

 

 そこに残されていたのは、美琴の匂いがするおびただしい量の血だった。

 一夜は既に冷静な判断をする事は出来なくなっていた。

 

(何故だ? 結界は? どこに? 嘘だ! )


 混乱して、考えがまとまらない。

 血は触るとまだ暖かかった。

 そんなに時間が経っていない事に気が付いた一夜は、美琴の血の後を追うことにした。


 



 「美琴様! 」


 そいつは美琴を抱えて空を飛んでいた。

 人間の子供の匂いがするが、そいつはどこかおかしかった。


 一夜は美琴を奪い返す為にそいつに向けて、呪いの言葉を囁く。


『我が血肉になりし憎しみの蟲ども…

 さあ、餌の時間だ』


 子供は動きを止め、美琴を手放す。

 地面に落ちる前に、一夜は美琴を受け止める事が出来た。


 そう、一夜は初めて、美琴に触れる事が出来たのだ。

 一夜は美琴の腹の傷口を抑え、血を止めようとする。


(止まれ、お願いだ、止まってくれ! )


 願いは虚しく、ただ一夜の袖を赤く染めていく。

 苦悶の表情を浮かべる美琴は、意識を取り戻す。


「い…ちや…なのか? 」

「美琴様! 」


 ゴホっ。


 辛うじて一夜だと認識出来たらしいが、言葉と共に、口から大量の血を吐き出す。


「喋らないで下さい。今医者の元へ連れて行きます」


 そう言った一夜の目からは、滴が溢れていた。

 呪われたの存在、仮初の人間。

 自分が涙を流すなど、あり得ない事だった。

 美琴を抱く腕に力が入る。


「ああ、暖か…い。これが、一夜…なのだな」


 ゲホっ。


 再び、血を吐き出す美琴。


「喋らないで下さい。もう…お願いです。お願いですから…」


 一夜の涙は止まらなくなっていた。

 美琴を抱きしめ、縋り付くように顔を押し付ける。


「もっと、…話…たかった。一緒に…居たかった…」

 

 美琴の目から涙が溢れる。


「ええ…ええ。そうですとも…私もです。これから…これから出来ます」


 嗚咽を漏らしながら、声を振り絞る。

 一夜は、自分の言っている事が嘘だと分かっていた。

 

 美琴からは、死の匂いがする。


「ああ、そうだと…いいなぁ…」


 一夜は美琴の頬を撫でる。

 美琴の顔から、血の気が引いて行く。


「嫌です、嫌です。逝かないで下さい! 」

「い…ちや。愛…してる…」

「私もです。愛しています。美琴様。愛しています」


 一夜の涙はこぼれ落ち、美琴の頬を伝う。


「嬉しい…なぁ。泣くな…一夜…私は…今…一番…幸せ…」


 美琴は瞼を閉じる。


 一夜は美琴に口づけをした。


 美琴の口が、微かに弧を描く。


(ありがとう)


 一夜の耳には確かにそう聞こえた。


 美琴はもう動かない、喋らない、一夜の名を呼んでくれない。

 死の匂いがする。

 こんなにも尊い死が、この世の中にあるなんて。

 涙が止まらない。

 愛おしい。

 悲しい。

 辛い。


(美琴様…。美琴様…)

 

 自分の半分を持っていかれたような気がした。

 大切な半分を持っていかれ、価値のない半分が残った。

 美琴を失うくらいなら、自分が死ねば良かったのだ。


 死。


(ああ、報いを与えなければいけませんね…)


 美琴をそっと地面に横たえ、子供の方に向かう。


 呪いの力で動きを封じられた子供は、


「巫女…殺す…死体…回収」


 そう繰り返していた。

 どうやら何者かが、悪意の無い子供を操り、美琴に近づいたようだ。

 足が使えぬ美琴は、子供からでさえ、逃げることが出来なかったのだ。


(まて、死体を…回収!? )


 気が付いた一夜は、すぐさま美琴の亡骸に向かう。

 目をやると、何かが美琴の体を持ち去ろうとしていた。


『我が闇の中に生まれし憎しみの刃

 あだなす者の生を奪え』


 一夜の放った呪いの刃は、美琴を持ち去ろうとした何かを仕留めた。


 どうやら、美琴を殺した者達は、遺体を奪い去るのが目的らしい。


「させぬ! させぬわ! 」

 

 すぐさま、一夜は美琴を優しく抱き上げ、頬に手を寄せる。


「美琴様、どうか、私と一緒になって下さい。

 すみません。

 狭くて…暗くて…苦しいかもしれません。

 でも、誰にも渡したく無い…

 私は、あなたと一つになりたいのです」


 一夜は、涙で詰まりながらも言葉を紡ぐ。

 美琴は答えない。

 一夜はまた、美琴に口付けをする。

 また、涙が溢れ出す。

 答えは無いと、分かっていた。

 分かっていたのだが、聞かなければいけなかった。

 自分が、今からしようとしている最低な行為は、最後まで美しく、清らかだった美琴を汚してしまうのだ。


永遠(とわ)に…一緒に。愛しています)


 ああああ!


 一夜は悲しみの悲鳴をあげ、美琴の亡骸を自分の中に取り込んだ。

 その日、涙が枯れ果てる事は無かった。 





 一夜は美琴の運命を変えれるはずだった。

 美琴を神殿から連れ出し、自由にさせてあげれるはずだった。

 目を離さなければ、こんな事にはならなかった。


 後悔と自責の念で一夜は我を忘れ、美琴を殺した者を探し、暴れ続けた。

 美琴を苦しめた人間も、悪霊も、全てを壊し、壊し尽くして自分も死のうと考えていた。

  

 ある月の綺麗な夜、ふと、月夜に照らされた美しい微笑みを思い出した。

 急に虚しくなった一夜は、呆然と立ち尽くしていた。


 ザッ、ザッ、ザッ。


 誰かが近づいてくる足音がする。

 既に何もする気力が無くなっていた一夜は、そいつを殺そうとは思わなくなっていた。


「星詠み…」


 そいつは、美琴の側に仕えていた運命を占う星詠みだった。


「巫女は…蘇る」


 一夜は、その一言に目を見開いた。


「嘘だ。美琴様は亡くなられた。亡骸は私の中に…」


 言いかけて言葉を詰まらせる。

 枯れ果てたはずの涙は、まだ溢れ出てきた。


「魂は…転生する。新たな肉体に宿るだろう」


 信じても良いのだろうか? 

 そんな、一夜にとって都合の良い話を…。

 そもそもなぜ、星詠みは一夜にそんな事を告げるのか。


「お前は巫女と約束をしたのであろう。次の定めの巫女を…」

「育て…強くする」


 急に力が湧いて来るような気がした。

 ただ、美琴との絆を強く感じていた。

 

(まだ、繋がっているのですね…)


 正直、半信半疑だった。

 もし、本当にまた巡り合えるのならば、他に何を望む事があるのか。

 そして一夜の長い旅は始まった。

 いつ、どこに現れるかも知れぬ、魂を探す旅が。

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